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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
4.私と魔王様、時々勇者
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01.胸元の印

ここから4章となります。

 “後悔先に立たず”

 してしまったことは、後になって悔やんでも仕方がないとはこの事。


 異世界の水の街、ステンシアで甘い一夜を過ごした翌日、理子とシルヴァリスは魔国へ戻った。


 水鏡の力で転移した時は元気だったのに、シルヴァリスに散々弄られて気絶するまで解放してもらえなかったせいで、理子の足腰は力が入らず気力体力は空っぽ状態。

 城へ戻った理子は、立っているのがやっとの状態だった。



「リコ様! 良かった!」


 城の貴賓用応接室で待っていたベアトリクスは、目に涙を溜めて出迎えた。

 飛び付く勢いで近付いて来たベアトリクスだったが、理子の一歩手前まで来て急に足を止める。


「心配かけてごめんなさい。どうしたの?」 


 動きを止めたベアトリクスの顔に熱が集中し、ボンッと音を立てるように頬が真っ赤に染まった。


「あの、リコ様……い、いえっ、何でも無い、ですわ」


 何でも無いと言いつつ、ベアトリクスは目を泳がせる。


「お、お疲れの様ですから、わたくしはまた改めてお伺いしますわー!」


 頬を赤くしながら、ベアトリクスは逃げるように小走りで部屋から去って行った。


 何なんだ、と暫く唖然と扉を見ていた理子は、もしやと、ベアトリクスが凝視していた胸元を見やる。


「げっ!?」


 上手く服で隠したと思っていた胸元の赤い鬱血痕が、動いて少しだけずれた服の襟首の隙間からチラチラと見えていたのだ。

 一つや二つじゃない数の鬱血痕は、貴族令嬢にはさぞかし刺激的だっただろう。


 なんてものを見せてしまったんだと、恥ずかしくて理子は両手で顔を覆った。




 夕飯まで部屋でのんびり過ごす間、理子は一人百面相をしていた。

 先程、湯浴みをした際、キスマークを見られたくなくて一人で入れるからと主張したのに、やたら張り切ったエルザとルーアンに押し切られて、着替えのみ手伝ってもらうことになったのだが……


「これは……」


 理子の裸体を見た二人から、感嘆の声が漏れる。


「やはり、寵姫様はお妃様となられるのですね。魔力の質が変わられたから、もしやと思っていました」


 普段はあまり感情を出さないエルザが頬を赤らめる。


「魔王様と通じられたのですね」


 嬉しそうにルーアンも微笑む。

 通じられたと言われた理子は、恥ずかしくて着ようとしていたネグリジェをぎゅっと抱き締める。


「王妃様の証が……魔王様が与えられた印が付いていらっしゃいますもの」

「王妃様? 魔王様が与えた印?」

「「ええ」」


 うっとりとした瞳で、二人は戸惑う私の胸元を見詰めたのだ。




 魔王の寝室へ繋がる扉から部屋へとやって来たシルヴァリスも、湯上がりなのか素肌に黒いガウンを羽織り、白い肌に黒いガウンがやたら艶かしく感じて理子の心臓は跳ね上がる。


「来い」


 いつも通り理子を呼んでいるのに、声色に甘い響きが混じっている気がした。


 ふわり

 あたたかな風で濡れている髪を艶々に乾かし、シルヴァリスは理子の背に腕を回して抱き寄せる。

 髪から仄かに香る、フローラルで甘いラズベリーの香りが鼻腔を擽った。


「あの、シルヴァリス様。私に王妃様の印が付いてると侍女達に言われました。どういうことでしょうか?」

「ああ」


 シルヴァリスの長い指が伸びて、理子が着るネグリジェの胸元を飾る赤いリボンを引っ張った。


 しゅるり

 リボンが解けると同時に、ネグリジェがハラリと体を滑り床の上へ落ちた。


「きゃあっ」


 ネグリジェが落ちて身に付けているのはショーツのみ、となった理子は慌てて両腕をクロスさせて胸を隠す。

 あわあわする理子の肩を抱いたまま、シルヴァリスは押し潰した状態の胸の谷間を人差し指で撫でる。


 胸元を撫でる指の動きを目で追って、ハッと気付いた。

 胸の谷間、心臓の真上に、鬱血痕とは違う桜色の紋章のような痣がうっすら見てとれたのだったのだ。

 胸元を撫でていたシルヴァリスの指先が、理子の下腹を撫でる。


「俺の精を、魔力を胎へと受け入れたお前に妃の印を刻んだ。胎へと精を注ぎ続ければ、いずれこの印が真紅へ色付く。真紅へ変わった時にリコを俺の、魔王の妃とする」


 目を細めて嬉しそうにシルヴァリスは笑う。


「魔王の妃って、私は……」


 いくらシルヴァリスが好きだと言っても、まだ妃になることは了承していない。

 妃になるのは逃れられないとしても、覚悟する時間くらい欲しかった。


「ふっ、昨夜はあれ程までに俺を欲し、可愛らしくねだってきただろう?」


 耳元で低く甘い声で囁かれ、理子の全身は羞恥で真っ赤に染まった。

 昨夜は、媚薬でも盛られたのではないかと疑うくらいに自分はおかしかったと思う。

 おかしいくらい発情して、シルヴァリスを欲してしまうだなんて。


「嫌ならば、全力で拒んでみろ」


 耳朶を甘噛みされて力が抜けてしまい、よろめいた理子の体をシルヴァリスの腕が支える。


 艶を含んだ瞳で見下ろす赤い瞳に囚われてしまい、またしても麗しい魔王によって好き放題に蹂躙されてしまうのだった。




 ***




 異世界でお盆休みを過ごし魔王シルヴァリスに「好き」だと自分の想いを伝えて、彼を受け入れてどろどろに愛されてしまったのは半ば雰囲気に流されたとはいえ、自分の選択で後悔はしていない。

 

 生まれ育った世界では経験出来ない、濃い異世界での生活は終わり、今日から日常が始まるのだ。


「はぁ……」


 湿度が低い異世界の夏に比べて此方は朝から蒸し暑く、出社するのが嫌になる。

 理子は着替えをする為に、扇風機をセットした姿見の前に立ち溜息を吐いた。


 肌触りの良いネグリジェを脱いで下着姿となった自分を見て、恥ずかしくなって頬を赤く染める。

 胸元、腹部、太股の内側に無数に散るのは、赤い鬱血の痕。

 所謂、キスマークという赤い吸い痕。

 服で隠せない場所には付けなかったのは、彼なりの配慮だろうか。


 置き時計を見て支度をしなければと、ブラウスを手にとり羽織る。

 下ろしたままでは首が暑いからと、髪は後ろで一纏めに括った。

 後頭部を見るため、後ろへ回した手鏡を姿見に映して鏡越しで確認する。


「よし、大丈夫ね」


 耳の後ろも首の後ろも、キスマークは付けられてはいない。

 今日着ていくブラウスは、釦をきっちり閉めていけば胸元のキスマークは見えない筈だ。

 少々暑いが、膝下丈のスカートと厚めのストッキングを穿けば、太股の内側に散る、無数のキスマークも誤魔化せそう。


 色々あったお盆休みから頭を切り替えて、今日からまた仕事を頑張ろう。

 仕事用の黒い肩掛けのバッグを持ち、久々にパンプスを履いて気持ちを切り替えた理子は玄関扉を開いた。

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