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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
3.私と魔王様のお盆休み
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*ベアトリクスという令嬢①(魔王と寵姫について)

番外編、ベアトリクス侯爵令嬢のお話です。

 ロゼンゼッタ侯爵令嬢ベアトリクス。

 幼い頃から、強い魔力を発現していたベアトリクスは父親からの期待を一身に受けて育った。

 ベアトリクスが生まれた時は、妻を喪った悲しみよりも娘の魔力の強さに感激して涙を流していたと、乳母から聞いた時は呆れたものだが最上級の教育を受けさせてもらったのには感謝した。


「ベアトリクス、お前は魔王様の妃になるために生まれてきたのだ」


 物心つく頃、確か8歳頃からずっとお父様に言われていた、「魔王の妃になる」という台詞。

 父が居ない所で訂正してくれる乳母や母の実兄であるキルビスが気にかけてくださらなければ、自分こそが魔王妃になる女だと思い込んだ痛々しい高慢な女になっていたと思っている。


 魔王の片腕として魔国を動かしている宰相キルビスと父親は同い年の従兄弟でもある。ベアトリクスを魔王妃にするのは、キルビスに対する屈折した劣等感を抱いていた父の歪んだ願望でもあったのだろう。

 父が妃に拘りだした少し前、強い魔力を持ち妃の有力候補として名前が挙げられていた伯爵令嬢が夜伽の末に魔王の魔力に耐えられず亡くなり、魔貴族内で強い魔力を持つ未婚の娘がいなくなったのも父の拘りに拍車をかけていった。


「ねぇキルビス伯父様。わたくしは魔王様の妃にならなければならないの?」


 初めて父から魔王妃になるようにと言われた翌日、中庭のベンチに並んで座っていたキルビスにベアトリクスは問うてみた。

「僕の娘同然」と宣うキルビスは、忙しい仕事の合間を縫ってベアトリクスの顔を見るために、時々屋敷へ来てくれる。

 問いにキルビスは思いっきり嫌そうに顔を歪めた。


「ベアトリクス、僕の可愛い娘をあんな女や部下に対して鬼畜な扱いをする、冷酷くそ魔王の妃になんかにさせる訳ないじゃないか」


 宰相職に就いているのにキルビスは魔王を散々扱き下ろす。

 お陰でベアトリクスの中では、お会いした事は無い魔王の評価は最低となっていた。


「キルビス伯父様にそこまで言われるとは、相当な方なんですね。あと、わたくしは伯父様の娘ではありません」


 いくら訂正してもキルビスはベアトリクスを娘扱いする。

 いい加減訂正するのが面倒だし止めて欲しい。

 亡くなった母と髪の色以外はそっくりだという、ベアトリクスを可愛がってくれるのは分かるが毎回訂正するのは面倒なのだ。


「アイツが不在だったから、僕が妹の出産に立ち会ってへその緒を切ったんだ、僕の娘同然でしょ? 後で君の父上には、僕がきつーく言っておくからね。まぁ、いくらアイツが君を推しても、あのくそ魔王は妃を娶ることは了承しないだろうけど。余計な事を言った時に、くそ魔王の機嫌が悪かったらアイツ消されるかな」


 妻が難産で三日三晩苦しんでいる中、父は愛人の家で寛いでいたらしい。

 その後、父はキルビスからきついお仕置きをされて、愛人は八つ裂きにされた……と乳母から聞いた。


「魔王に消されたら、正式に僕の娘になれるね」


 クックックッと、キルビスは暗い光を瞳に宿して笑う。


 暗い笑顔を浮かべるキルビスがいる限り、ベアトリクスが魔王様の妃になる事は無い、と子供心に感じた。




「ベアトリクス、お前は魔王様の婚約者候補なのだ。それ相応の行動をしなさい」


 ある日、礼儀作法の勉強が嫌で部屋を抜け出した事を咎める父の言葉にベアトリクスは首を傾げた。


「お父様? キルビス伯父様は、わたくしが妃になる事はあり得無いっておっしゃっていたわ」


 キルビスの名前を出した途端、父はキョロキョロと目を泳がせた。


「キルビスはそう言うが、今さら……撤回しきれないのだよ」


 正式に何も決まってはいない状況で、既に父は周りに「娘は魔王妃になれる」と吹聴して回っていたのだ。父と家の体面のために撤回は出来ないという。


 呆れて何も言えない、という感情をベアトリクスが知ったのはこの時だった。




 ***




 ロゼンゼッタ侯爵令嬢は魔王様の婚約者候補、と周囲が勝手に盛り上がってから約十年。


 城で催される夜会で何度か魔王とお会いする機会もあり、一度は父に連れられて御挨拶をしたが、魔王はベアトリクスを一瞥しただけで声を掛けもしなかった。


 初めて魔王と顔を合わせた時、ベアトリクスは息が止まる思いをしたのを覚えている。

 完璧すぎる美貌もそうだが、刃物の様に鋭く冷たく他者を威圧する強大な魔力に圧倒されたのだ。

 キルビスと一緒の時で良かった。一人だったら、魔王の発する魅了の魔力に飲み込まれていたかもしれない。

 その時に実感した。


(魔王様は、絶対に無理ですわ)


 魔王の強大な魔力を受け入れるのも自殺行為だし、完璧すぎる冷たい美貌は今まで出会った誰よりも美しいと思ったが、正直好みではなかった。

 好みでない相手を受け入れるのは苦痛でしかなく、いくら義務や家の名誉のためとはいえ自分の命を賭けてまで一か八かで子を孕みたくもない。

 そのため、キルビスからの情報はまさしく渡りに船だったのだ。



 何時もと同じく、屋敷の中庭のベンチに並んで座りベアトリクスはキルビスと談笑していた。


「アホ魔王が城へ寵姫を連れ込んだよ」

「まぁ、魔王様が?」


 今までそんな噂話も無く、密かに外見はとても整っているキルビスとの仲を疑っていた魔王が寵姫を囲うとは。

 ベアトリクスは純粋に驚いてしまった。


「嫉妬するかい?」

「嫉妬も何も、わたくしはあくまで婚約者候補。魔王様に認められてもいませんし、魔王様は完璧過ぎて伴侶の対象にはしたく無い方ですわ」


 きっぱり言い切れば、キルビスは嬉しそうに笑った。

 一見すると魔王様へ対する不敬な態度だが、不敬ながらも絶対的な信頼と忠誠心を抱いているのをベアトリクスは知っている。

 そんなキルビスが“寵姫”と認めた方に興味が湧いた。


「魔王様の寵姫様ですか。どんな方なのかしら?」

「意外な程、普通なお嬢さんだったな。可哀想なくらい、くそ魔王に執着されていたけど。まぁ気になるなら会ってみればいい。そうだな、明日にはセッティングをしてあげるよ」


 良いことを思い付いた、とキルビスは愉しそうに笑った。




「初めまして、寵姫様?」


 振り向いた女性は、黒髪に大きな黒曜石の瞳をしたベアトリクスが読んでいる小説のヒロインの挿し絵に何処と無く似ていた。

 今読んでいる小説は、異世界のとある島国の雅な貴族社会を舞台にした、身分差のある恋愛小説だった。


(これは! なんて、可愛らしい方なのかしらっ)


 所有印を付けられて魔力まで与えられているとは、彼女は魔王からの寵愛を一身に受けている証拠。

 冷たい美貌の魔王と小動物のように可愛らしい寵姫が並ぶ姿は、魅入ってしまうくらい素敵なんだろう。


(萌えですわ~)


 いつか覗き見てみたいと、ベアトリクスは御二人のいちゃラブシーンを妄想してこっそり口元を緩めるのであった。

宰相キルビスとベアトリクスは伯父姪の関係です。


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