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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
3.私と魔王様のお盆休み
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15.二人きりの長い夜

甘口です。

 夕飯を食べ終わった後、すっかり日は暮れて夜の帳が下りていた。


 この後、魔国へ戻るものだと思っていた理子の手を引きシルヴァリスが向かったのは、海辺にかかる桟橋を渡った先。海中に支柱を立てた上に建つ白壁に赤い屋根のお洒落な建物だった。

 建物の中へ入れば、此処は何かの受付場所らしくカウンターと長椅子が二台並んでいる。


 カウンター越しに、口髭を生やして日に焼けた小太りの中年男性が理子達をにこやかに出迎えた。


「やあ、リンダから話は聞いてるよ。新婚さんなんだってね。一番離れた所を押さえておいたよ」


(リンダとは誰? 一番離れた所とは何の事なの?)


 男性の話が理解できずに、理子は隣に立つシルヴァリスを見上げた。


「隣に気を使わないで大声を出せるからね」

「それは助かる」


 意味深な笑みを浮かべる中年男性とシルヴァリスのやり取りを聞いて、何となくどういう事か分かってきた理子は回れ右をして逃げ出そうかと思った。

 だが、足を踏み出した途端、右手首をシルヴァリスにガッシリ掴まれてしまう。……これで、彼からの逃走は不可能となった。




「おかしい……何でこんな事になったんだろう」


 波の音が聞こえる潮と木の香りがする室内で、理子は長椅子に足を抱えて座り太股の上へ乗せたクッションに顔を埋めた。

 まさか知らぬ間に、水上コテージを予約されていたとは思わなかった。


 海外リゾート地を紹介する旅番組で、芸能人が泊まっていたのを見て憧れた事もある茅葺き屋根の水上コテージ。コテージの内装は、シンプルな天蓋付きベッドや広い浴室とトイレも完備、という先日泊まった宿屋より充実したものだった。

 部屋のテラスから直接海に降りる階段がついているため、泳ぎたくなったら何時でも海に飛び込める仕様になっている。


「やっぱり謀られた、のかな」


 水上コテージの手配は、理子が薬膳ジュースを飲んで悶絶している間に薬膳ジュースの売り込みをしていた中年女性経由でシルヴァリスが依頼したという。

 いくら気を許しているとはいえ、拗らせまくった感情を持った相手とお泊まりとか少々、否かなり緊張する。


「相手は魔王なのに、すっかり油断してた。私ってチョロイな」


 そう、油断しきっていたのだ。

 今までも魔王は、何重もの策を使って理子を囲い込んで逃げ道を無くしていったのに。


(でも……)

 

 シルヴァリスと二人っきりのお泊まりが、嫌じゃないと思っている自分がいるのだ。

 迫られたら拒める自信は無い。拒まなければ、体の関係を持ったら死ぬのに。


 悶々と悩ませている原因、シルヴァリスは只今入浴中。波の音に混じって聞こえるバスルームからの音に、理子は恥ずかしくなってテラスへ続く大きな窓に視線を移した。



「綺麗ー」


 空には数多の星が煌めき、大きな満月が海を照らす。

 昼間の澄んだエメラルドグリーンの海とは違った、静かな海は満月の光で黄金色に輝いていた。


「海って、こんなに綺麗だったんだ」


 理子の口からホゥと感嘆の息が漏れる。


「いつの間にか、私は景色を見る余裕も無くしていたんだなぁ」


 社会人になってから、無遅刻無欠勤、頼まれた仕事は「勉強のため」と笑顔で引き受けて、ずっとがむしゃらに働いてきたと思う。

 頑張って働けば認めて貰える。でも、何時しかゆっくり時を楽しむ時間を忘れてしまい、眉間に皺ばかり寄せていた。

 特に、数ヵ月前は酷かった。自分の心身の限界にも、周りの気遣いも全く分からずにただ一日をこなしていた。

 自分が壊れかけている事に気付かせてくれたのは、異世界の魔王。

 軋む心を助けてくれたのも魔王。


(私は、彼とどうなりたいのだろうか。好き、だとは思う。でも、どうしたらいいの?)



「リコ」


 ぼんやり海を眺めて思考に耽っていた理子は、弾かれるように振り向いた。


「お前も入るがいい」


 バスルームから出てきたシルヴァリスは、濡れたアッシュグレーの髪を無造作にタオルで拭いていた。

 濡れた髪と僅かに上気した肌が色っぽくて、理子はなるべく彼の方を見ないように顔を背けた。




 ***




 タイル張りのバスルームには、魔石が動力になっているシャワーとバスタブが設置されていた。

 タイル張りの床が濡れているのが、ひどく生々しくて理子は赤面する。

 この街に来てからおかしい。ずっと、シルヴァリスを意識しているのだから。

 今まで以上に、彼の視線を手を指を、息遣いですら、身体中で意識していた。

 困った事に、魔王じゃなくてシルヴァリスを男として意識しているのだ。


 スッキリしない気分で入浴を済ませた理子は、コテージに用意されていたガウンを羽織る。


「あ、」


 ガウンを羽織ってから気付いた。……下着が無い。

 明日は穿いていた下着を洗えばいいが、今はどうしたらいいのか。


(同じ下着を続けて穿くのも、まさか裏返しに穿く訳にはいかないし、シルヴァリス様はどうしたのかな。ま、まさか、ノーパ……)


 それ以上のことを考えるのは放棄した。

 下着無しは恥ずかしいが、パイル生地のガウンだから下着無しでも分からないだろう。多分。



「来い」


 下着無しのせいか、若干風通しのよくなった気分で戻ってきた理子をシルヴァリスは手招きする。


 ふわりっ

 やわらかな風が理子を包み込んで、濡れた髪を乾かしていく。

 仄かに髪から香るのは、ジャスミンの、軽く陶酔させるような甘くエキゾチックな花の香り。

 さらさらと髪を鋤くシルヴァリスの指先が、時折頬を撫でるのがくすぐったい。


「あの、シルヴァリス様はずっとこのままでいるの?」


 アッシュグレーの髪からも私と同じジャスミンの香りがして、何時もと違う橙色の瞳に見詰められて凄い恥ずかしい。


「フッ、この姿の方がお前の反応が面白いからな」

「もー!」


 息遣いが感じられるくらい、近付かれて理子は焦る。

 ガウンの下に下着を着けてないのを知られたら、状況的にも精神的にもマズイ。

 離れたいのに、シルヴァリスは理子の腰を抱き寄せて長椅子へ座った。

 腰に回された腕のせいで、互いの肩と肩が密着する。

 髪を鋤く指先が頬を滑り顎を掴むと、理子の視界は上向きに固定されてしまった。


「初めてお前の姿を目にした時は、草臥れたボロ雑巾のような女だと思った。草臥れた女がどう変化するか、最初は半ば戯れで試していたのだが……漸く……これならば壊れはしないな」


 何かを確認するように、理子の瞳の奥を見るシルヴァリスの台詞は前半は失礼で後半部分は、意味が分からない。

 知らない間に、魔王が何かしていたのかと理子は体の変化を思い起こしてみても、何も浮かばなかった。

 ただ、上から見下ろすシルヴァリスの視線はひどく甘ったるく、これは危険だと頭の片隅で警報は鳴っていた。それなのに、橙色の瞳を見ていると彼に逆らえなくなる。


「貴方は狡い」


 つい、口から言葉が漏れ出ていた。


「私を目一杯甘やかすくせに、逃がしてはくれないもの」


 そう、彼は狡いのだ。

 たとえ謀られて利用されたとしても、こんなにどろどろに甘やかされてしまったら、許してしまうじゃないか。

 選択肢は与えると言いつつ、逃げ場など与えてくれ無い。

 解放されたと少しの間自由を楽しんだとしても、結局は魔王の手のひらの上で転がされていて、すぐに捕らえられてしまった。

 今なら分かる。

 理子を甘やかすのは、親愛とか愛情よりも強い、独占欲からだと。

 依存する心地好さを覚えさせて、魔王から離れられないようにするためだと。

 今だって、腕の中へと閉じ込めて逃がしてはくれないのだから。


「俺が、逃がすと思っているのか」


 色彩を変化させて、人臭くなったと感じていた橙色の瞳に鋭い光が宿り、すうっと細められる。


 色彩を変えて人臭くなったとは、訂正しなければならないと理子の背中が寒くなった。

 たった一日半傍を離れていただけで、こんな飢えた肉食獣みたいな目で見詰められて、どうしたら良いのか分からない。


 下手な事を答えたら監禁されかねないと、理子は顔をひきつらせて「ううん」と僅かに首を振るのがやっとだった。

お泊まりは魔王様の企みです。

そして、魔王様はヒロインが下着を身に付けて無いのは分かってます。


タイトルはそのままな感じ。思い付かなかった...

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