13.魔王からの返礼
会話文が多いです。
絞り出すように答えたテオドールを、シルヴァリスはフンッと鼻で嗤う。
「ただの、テオドールだと? 笑わせる。貴公は、今のアネイルの内情を知っているのか? 病に罹った余命少ない第一王子は王位継承者から外され、第三王子テオドール殿は行方不明。第四王子はまだ幼子だ。今では第二王子が次期国王とみなされている。この第二王子は、随分と野心家らしいな」
苦虫を噛み潰した様なテオドールの表情から、アネイル王家には色々とどろどろした、お家事情があるらしい事が読み取れる。
重い会話を交わしている魔王と王子に挟まれた形の理子は、居心地の悪さからシルヴァリスの胸元にしがみついていた。
「軍備を増強して、新たな兵器や魔道具の開発、禁術にも手を出しているようだ。そして、我が国に同盟を持ち掛けてくるとは、随分豪胆な考えだとは思わぬか?」
「なん、だと?」
驚愕の表情を浮かべたテオドールは、自身を落ち着かせるためにギリッと下唇を噛んだ。
「暗黒時代後の条約で人族の国とは中立関係を貫く我が国へアネイル国王の名代として第二王女を送り、我か宰相あたりを引き込もうとしたのは浅はかな考えだと思うがな」
「妹は畏れ多くも、魔王陛下に魅了の術を使ったのですね。正に身の程知らず、愚か者の極みだ。妹は兄上の傀儡ですから、兄上の指示によるものでしょう。妹の力を利用し、兄上は父上すらも操っています。三年前、魅了の力に屈し無かった俺は邪魔者とみなされ消されかけた。だから……」
だから、出奔した。
異変に気付き、逃がしてくれたウォルトとエミリアがいなければ生き残れなかった。否、逃がしてもらったのではない、自分は戦わず逃げたのだ。
自嘲の笑みを浮かべた、テオドールの青い瞳が暗く陰る。
テオドールを護るように、ウォルトとエミリアが彼の左右へ来た。
二人に構わず、シルヴァリスはさらに続ける。
「軍備の増強や人族同士の争いは魔族には関係は無い。だが、各国に散らばる暗黒時代の遺産を軍事に使おうとするのは、さすがに目に余る行動だ」
「それで……貴方は、俺に父と兄達を討てと?」
暗い瞳のまま、テオドールは顔を上げた。
暗黒時代の遺産を軍事に利用するなどと信じられない話だが、この地下ダンジョンで自分は証拠を目の当たりにしていた。
各国でこの様な事を行っているのなら、国際問題に発展する。
「先日、第二王女を蔑ろにしたと、アネイル国王から抗議の書簡が届いた。あの不敬な王女を殺さなかった事に感謝せずに、謝罪どころか抗議をしてくるとは。クククッ、余程第二王子とやらは我に国を滅ぼされたいとみえる」
クツクツ笑うシルヴァリスは魔王そのものの恐い笑みで、理子の背中は恐怖で寒気がした。
もう下ろして! 懇願を込めて見上げてみても、恐い魔王は素知らぬ顔でいる。
こんなに深刻な話を、部外者の理子が聞いてもいいのだろうかと不安になる。
とんでもない話に、テオドールは痛むこめかみを押さえた。
魔王に喧嘩を売るような真似をするとは、如何に必要以上に自信家の兄とはいえ馬鹿か命知らずとしか思えない。
それとも、魔王に対抗する手段でも見付けたのか。
「さて、テオドール王子。聡明な者ならば……国を、民を救うためにはどうするのが良いのかは理解出来るだろう?」
問われて、テオドールは頷いた。
否、魔王から発せられる圧力に頷かざるえなかった。
「貴公が王座を挑むならば、我は手は貸そう」
一瞬で威圧感を消したシルヴァリスに、テオドールは大きく目を見開く。
横に控えるウォルトとエミリアも驚きに体を揺らした。
「魔王陛下が、俺にお力添えを?」
魔王は、魔族は人族の争いに関わらないという条約がある筈。
自分が魔王から支援を受けたなら、他国が黙ってはいない。魔国、魔王と繋がりたい者達は多いのだから。
「我の寵姫を助けてもらった礼だ。返礼ならば、条約も関係有るまい」
漸く、シルヴァリスは抱き抱えている理子の方へ視線を向ける。
後ろで一纏めに括っていた理子の髪を解くと、シルヴァリスは手櫛でそっと鋤いた。
***
転移魔法で遺跡の外へ出ると、中へ入った時は昼前だったのに、すっかり陽は傾いていた。
神殿の外に設置されていたお土産物と軽食の屋台は、地震の影響か営業時間が終了したのか店仕舞いされていて、理子はお昼ご飯を食べ損ねたと肩を落とす。
地下に落ち、ドラゴンゾンビに襲われ、魔王が来たことで頭が飽和状態となり空腹感が無いのは幸いだった。
未だにシルヴァリスに抱き抱えられている状態で、お腹が鳴ったら理子の精神は耐えられない。
「何か食べたい」とシルヴァリスに言いたいところだが、まだテオドール達が一緒のため言えない。
彼等が成そうとしている事に比べたら、理子のお気楽な悩みはあまりにも小さいのだから。
回復魔法で傷を癒し、血と埃を落として身綺麗になった彼等は、シルヴァリスがアネイル国の国境の町へと転移させるらしい。
「リコ、ありがとう。君に出逢えてよかった。君が切っ掛けをくれたから、俺は逃げるのを止められそうだ」
遺跡地下でのシルヴァリスとのやり取りで、何かを吹っ切ったテオドールは清々しい顔付きになっていた。
「私は、何もしていませんよ?」
普通に遺跡見学していただけだし、むしろドラゴンゾンビを倒したシルヴァリスの方が感謝されるべきだ。
「それでも、ありがとう」
首を傾げる理子に、テオドールは王子様の輝く笑顔で頭を下げた。
「じゃあ、私も腹を括って師匠と対決してくるね!」
地上へ戻る直前まで魔王の魔力に当てられて元気が無かったエミリアだが、地上の光と空気に調子を取り戻したようで大きく胸を張る。
「エミリアちゃん頑張ってね。ウォルトさんも気を、って、むがっ」
言葉の途中で、理子の口は伸びてきたシルヴァリスの手のひらで塞がれてしまった。
剥がそうとシルヴァリスの手を理子が引っ張っても、口を覆う手のひらは剥がれてくれない。
「駄目だ」
睨んでも駄目らしい。何故か、ウォルトに対してシルヴァリスは棘がある気がする。
手のひらで塞がれたまま、理子はウォルトに視線で謝っておいた。
転移魔法で国境の町まで転移して行くテオドール達を見送った後、空はもう夕暮れの茜色になっていた。
「ふぅ……」
捻って腫れてしまった右足首に回復魔法をかけてもらった理子は、漸くシルヴァリスの腕の中から解放された。
(今日も長くて濃い一日だったな)
一体、いつになったらゆっくり休むお盆休みを過ごせるのだろうか。
安堵したせいか、理子のお腹は空腹を訴えだす。
昼食兼夕飯を食べるなら、まだ食べていないこの地方の名物料理を食べたい。
「シルヴァリス様、私はお城に戻らなきゃ駄目ですか?」
「当たり前だ」
即答されて、理子はぐっ、と言葉に詰まる。
魔王様相手にごねても無意味だと、彼との付き合いの中で学んだ理子は「はぁー」と溜め息を吐いた。
「もう少し観光したかったな。せめてシルヴァリス様と一緒に、水の街ステンシアに行きたかったのに」
唇を尖らせて拗ねたように、残念がって呟いてみる。
魔国へ戻ったらシルヴァリスは魔王に縛られてしまう。
魔王じゃないシルヴァリスとデートらしい事をしてみたい、その思いを込めて理子はじっと赤い瞳を見上げた。
「……一日だけだ」
理子の狙い通り、仕方ないという心の声が聞こえてきそうな笑みを浮かべてシルヴァリスは了承する。
何だかんだ言って理子を甘やかす魔王は、下手なお願いよりこう伝えた方が聞いてくれる。
「ステンシアへ行き、観光とやらをしたら戻るぞ。腹も空いているのだろう」
転移するために、理子の指をシルヴァリスの長い指が絡め取る。
「本当!? シルヴァリス様! ありがとう!」
空腹を隠していたことに気付いてくれたのも、観光を許してくれた事も嬉しくて、理子はシルヴァリスの腕に抱き付いた。
魔王様がウォルトに冷たいのは、ヒロインをおんぶしたから。