10.旅は道連れ?
遮光効果はほとんど無いカーテンの隙間から射し込む陽光。
夏の朝日の眩しさに、ベッドに横になっていた理子は身動ぎする。
薄い上掛けを手繰り寄せて、理子の意識は徐々に覚醒していく。
ゆっくりと目蓋を開いて、暫く木目の天井を眺めた。
此処は何処だろうか。霞がかって呆けた思考のまま、理子は室内を見渡した。
「あれ……そうか、宿屋だっけ」
腕を伸ばした先には温もりは無く、久しぶりに一人で寝ていた事を思い出した。
お盆休み三日目。
美味しい家庭料理が自慢の宿一階の食堂。
今朝の朝食メニューは、魚のすり身を団子にしたスープ、サラダ、オムレツ、ロールパン、ヨーグルトという一般的な、けれども一人暮らしの理子にとっては豪華な食事が並ぶ。
魔王城のご飯も贅と料理人の技が凝らされていて凄く美味しかったけれど、やはり庶民的な味付けだと安心して食べられる。
「うーん、美味しい」
ここに珈琲があればもっと幸せなのに。
次にこの世界へ来た際に、ドリップ珈琲を持ち込もうか。そんな事を考えていると、二階からツインテールの少女が食堂へやって来るのが見えて、理子は笑顔で手を振る。
「エミリアちゃんおはよう」
声をかければツインテールの少女、エミリアは理子の手前でピシリッと固まった。
「エミリア、ちゃん?」
信じられないといった表情で、エミリアは理子を見る。
固まるエミリアの後ろからやって来た、ウォルトと金髪の青年も動きを止めた。
「ちゃん付けしたら駄目かな?」
思った以上のエミリアの反応に、理子は眉尻を下げた。
もしや、低い背丈と控え目な胸元のせいで、何時も実年齢より幼く見られているのかもしれない。
ちゃん付けをしたせいで、彼女の自尊心を傷付けてしまったのか。
「駄目じゃないけど、何か、その、子ども扱いされているってか、あの」
しどろもどろで、目を泳がせるエミリアの頬がほんのり赤く染まっていく。
「ぶふうっ! エミリアちゃんって柄じゃないからな」
理子とエミリアのやり取りに、後ろに立つウォルトが堪えきれず吹き出した。
「おい、ウォルト、笑うなよ」
そう言う金髪の青年も、ププッと笑いを噛み殺している。
「ちょっと!!」
戸惑いの表情を浮かべていたエミリアの目が吊り上がり、頬が違う意味合いの赤へと染まっていく。
「ウォルト! テオドール!」
「エミリアちゃんっ落ち着いて」
男二人に飛び掛からんばかりのエミリアを、椅子から立ち上がった理子は慌てて静止する。
「私が余計なことを言ったから、ごめんね」
素直に謝れば、エミリアはフンッと横を向いてしまった。
横を向いたエミリアは照れたのか、耳まで赤くなっていたのが可愛い。
大人しくなったエミリアは、何故か理子の隣に座る。
理子の向かいには、耳が隠れる程度のさらさらの金髪、青色の瞳の涼しげな目元の魔王様とは真逆な爽やかな青年が座った。
理子に向かってニコリッと微笑む。女子が憧れる王道な王子様といった美青年だ。隣に並ぶのが厳つい黒髪短髪のウォルトのせいか、金髪の青年がキラキラ輝いて見えた。
「おはよう。君が、リコ?」
高からず低からず、よく通る声に不覚にも理子の胸がドキッと高鳴った。
「あ、はい」
「俺は、テオドール。ウォルトとエミリアと一緒に旅をしている冒険者だ」
朝日に照らされた青年の髪がキラキラ煌めく。
眩しくて目を細めた理子に、テオドールは優しく微笑んだ。
***
町外れに建つという古代の遺跡。
地図上では近くに思えたため、理子は歩いて行くつもりだった。
その事を朝食を食べながら、テオドール達に話すと呆れ半分で驚かれてしまった。
町外れの遺跡といっても、小高い丘の上にあるらしく徒歩では半日はかかるらしい。
しかも、魔物も出るという。エミリア曰く「雑魚よ! 雑魚!」らしいが。
一般人の理子からしたら、雑魚でも魔物との遭遇は死活問題になる。
偶然にも領主からの依頼で遺跡を調査しに行くという、テオドール達に観光乗り合い馬車があることを教えられ、無理をせずに馬車で向かうことにした。
観光乗り合い馬車は、馬とロバの中間の様な動物二頭が牽く大型馬車で、理子達を含めて十五人の観光客が乗り込んだ。
馬車に乗るのが初めての理子は、煉瓦で舗装された道を行くガタガタ揺れる振動が新鮮で、瞳を輝かせて幌の隙間から見える海沿いの景色を眺める。
外の景色を眺めながら馬車に乗る女性グループをこっそり見ていた。旅装束の若い四人の女性達は皆、腰に細身の剣や鞭、杖を挿しているから冒険者か。
彼女達の視線は一様にテオドールを凝視しているのだ。
「エミリアちゃんエミリアちゃん」
理子は小声で、隣に座るエミリアに耳打ちする。
「テオドールさんってモテるんだね。さっきからあちらのお嬢さん達が熱い視線を送ってるよ」
今気づいたという風に、エミリアは女性達をジロリと見る。
「ああ、いつもの事よ。リコも惚れたの?」
「惚れたって、美形だなって思うよ。でも、美形は観賞用に限るかな。テオドールさんって王子様みたいね」
さらさらの金髪に青い瞳、スラッとした痩身の男性が近くに居たら、そりゃあ注目されて当然だ。
人外美貌の、色気の塊みたいな魔王のおかげで美形耐性が付いてなければ、理子でも彼に見惚れていただろう。
女性達の熱い視線を送られているテオドールは受け流しているし、隣のウォルトも特に気にしてもいないようだ。
ヘラリと私が笑えば、エミリアは目を丸くする。
「リコって変わってるよね」
つまらなさそうな口振りなのに、エミリアの表情は何処か楽しそうだった。
乗り合い馬車が到着したのは、小高い丘の上に建つ白亜の神殿だった。
元の世界でいう、古代ギリシャの神殿に似た白い石造りの神殿は観光客向けにきちんと整備され、観光客が馬車から下りるとガイド役の男性が近寄って来た。
「あれ? 行かないの?」
遺跡の中へ入り、ガイドに先導される観光客とは逆の方向へ向かおうとするテオドール達へ理子は声をかけた。
「俺達はこの先から地下へ潜る。遺跡には観光じゃなくて調査に来たからな」
ウォルトが指差す方向は規制の柵が置かれており、観光客が入れないようになっていた。
この柵の奥に地下への階段があるのだろう。
「馬車が町へ戻る時間には間に合わないと思うから、君は俺達を待たずに先に帰ってくれ」
今までは優しげな青年の顔をしていたテオドールの表情が、引き締まった戦士の顔へと変わる。
「リコ、自警団がいるとはいえ、人気の無い場所には近寄るなよ。あと、立ち入り禁止区域には近寄るなよ。魔物が出るからな」
「ウォルトあんた何時からリコの父親になったの? さっさと仕事を終わらしてくるから、リコは観光を楽しんでね」
片手に杖を持ち、ツンデレ少女から魔術師の姿となったエミリアは自信満々に胸を張った。
***
神殿を警備する兵に領主からの依頼書を見せ、地下へ続く階段を降りれば上とは雰囲気がガラリと変わる。
苔の生えた石壁と地面は剥き出しの土という、カビ臭いダンジョンとなっていた。
ほとんど光源がないため、エミリアが魔法の明かりを灯す。
魔法の明かりは便利だが、魔物に此方の居場所を知らせてしまう欠点がある。
ダンジョン内の空気がざわめくのを感じ、テオドールはすぐに対応出来るようにと腰に差した剣の柄に手を当てた。
ふと、先を行くウォルトの歩く速度が速い事に気付く。
見た目に反して慎重に行動するウォルトが、急ごうとするとは珍しい。
「ウォルト、リコが気になるか?」
「あ、いや、俺達が動いたのがきっかけで、上で何かあったら危ないだろ? 魔族が乗り込んで来るかもしれないし」
テオドールに指摘されて気にしているのに気付いたのか、ウォルトは明らかに動揺する。
ウォルトの様子に、テオドールは違和感を覚えた。
いくら情に厚い男とはいえ、昨日知り合ったばかりの女をここまで気にするのは、少しばかり妙だ。
「確かに、魔族が来たら面倒だな。ただ、あの娘から感じた魔力……どこかで……?」
高位魔族の所有印を刻まれた、リコという女が内包する惹き込まれるような魔力。
以前、何処かで感じた事がある。
だがそれは、もっと強烈で畏怖する相手だったと思う。
その魔力のせいで、ウォルトとエミリアがリコに惹かれてしまっているとしたら……厄介だ。
思考の淵にいたテオドールは、ハッと顔を上げた。
「二人とも! 魔族の前に、片付けるのがあるわよ」
魔法を展開しようとエミリアが杖を構える。
「ああ、分かってるよ」
剣の柄を握って、鞘から引き抜いたテオドールも剣を構えた。
「はっ! 団体様かよ」
大剣を構えるウォルトがニヤリと不敵に笑った。
ザッザッ、と聞こえてきた足音の方向をエミリアの放った魔法の明かりが照らす。
其処に居たのは、朽ちかけた鎧を身に付け刃こぼれした剣や槍を持った骸骨兵達だった。
地上では、ヒロイン含め観光客は遺跡見学をしてます。




