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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
3.私と魔王様のお盆休み
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07.好機逸すべからず

 雲一つ無い青空、眩しいくらいの強い陽射し、吹き抜ける風は潮の臭いがする。

 目の前には海が広がり、理子が立っている桟橋の先には海鳥が止まっていた。

 海風によって翻るドレスの裾を手で押さえる。


「此処は……?」


 ゆっくりと振り返って周囲を確認する。

 理子が立っているのは船着き場のようで、他にも桟橋が並びすぐ近くには石造りの建物が二棟、少し離れた場所には大きなドーム型の建物が建っていた。

 ドーム型の建物の奥には石造りの建物が建ち並んでいるのが見える。


「此処は港町?」


 まさか、見知らぬ場所へ来てしまうとは想定外だった。

 理子の中で困ったという戸惑いと、城から出られて観光が出来るのでは、という高揚感が湧き上がってくる。


(すぐシルヴァリス様に見付けられちゃうだろうし、自由気ままに出歩いてもいいよね?)


 折角、異世界へ来たのだし、身の丈にあった範囲でのファンタジーな世界を楽しみたい。

 この町へ来てしまったのは、そう、事故なのだ。後でシルヴァリスに怒られない、はず。

 水鏡の間に残してきたベアトリクスが責められないか心配だが、彼女なら自分で乗り切れる。大丈夫だろう。


 建物が建ち並んでいる方へと歩き出した時、丁度、石造りの建物から出てきた男達が理子に気が付いて、怪訝そうに顔を見合わせた。


「お嬢様、もう船は出ちまいましたよ。次の便を待つのでしたら、あっちの待合所でお願いします」

「あ、ありがとうございます」


 近付いて声をかけてきたのは、頭にバンダナを巻き、汗と砂で薄汚れたシャツを着た浅黒く日焼けをした筋肉質の如何にも海の男、といった風体の男だった。

 お嬢様と呼ばれてから、理子は今の自分の格好を思い出した。

 港には似つかわしくない綺麗なドレス姿。

 良いところのお嬢様風なのに、お供の者を連れていないのは訳ありだからかと、不審がられているようで注目されているような視線を感じる。


(どうしよう。着替えなきゃ目立つかな)


 着ているのはシンプルなドレスとはいえ、この格好で町は歩けない。

 理子は肩に掛けているショールを掻き抱いた。



「あの、すみません」


 理子が話し掛けてくるとは思っていなかったのか、男達は吃驚した表情になる。


「服を買いたいのですが、私、この町のお店に疎いので、よろしければお店を教えてくれませんか?」

「「お店ぇ?」」


 世間知らずな深窓の令嬢に見えるようにおしとやかに言えば、男達はすっとんきょうな声を上げた。




 ***




 港町ヘルデル。

 この町で、船乗りから紳士淑女、冒険者まで、幅広い客層を相手に商売を展開している衣料品店ライトンの店主は、溜め息混じりにティータイムを中断して窓の外を見た。

 今日は月に一度しかない定休日だというのに、出入口の扉を力一杯叩く不届き者が来訪したのだ。


 後ろで一纏めにした褐色の髪に、白いものが少し混じった初老の男性は、鳴り止まぬノック音に根負けしてハンガーに掛けてある上着を羽織りながら一階の店舗へと向かった。


 出入口の扉にかけてある魔法の鍵を、店主が解錠したと同時に扉が開かれた。


「いらっしゃいま、せ?」


 不届きな船乗り達と一緒に来店した理子を見て、店主の目は大きく見開かれた。


「おーい、このお嬢さんが買い物をしたいんだと」


 扉を壊す勢いで叩いていた船乗りの男は、店主の肩をバシバシと叩く。

 馴れ馴れしい態度と肩を叩かれた痛みに、店主は顔を歪めた。

 普段なら船乗りへ怒鳴り返すところだが、今は珍しい客人が一緒のため唇を噛んでグッと堪えて初めて見る令嬢へ一礼する。



「案内ありがとうございます」


 少々強引だったが、案内してくれた上に定休日の店まで開けさせた船乗り達に、理子は頭を下げる。


「いいって、休暇を楽しんでなー」

「港にも顔だしてくれよー」


 船乗りたちと話しているうちに、理子は害がない娘だと判断されたらしく、家出娘として随分心配された。

 実年齢より幼く見られてしまう理子は、此処でも年端もいかない少女だと思われたらしい。

 何度も振り返り、手を振って去っていく男達。



 店内に残された理子は、渋面で見詰めてくる店主へと向き直った。


「すいません。買い取りはお願いできますか?」


 尋ねながら、理子は着ているドレスの裾を摘まむ。

 店主は戸惑いの表情のまま、理子の着ているドレスの品定めのため上から下へと眺めた。


「こんなに上質なドレスをですか? 貴女の大事な方からの贈り物でしょうに。いいのですか?」


 遠慮がちに問う店主に、理子はコクリと頷く。


「この格好だとこの町では目立つので。買い取っていただいたら、代わりの服を買いたいのですが」


「分かりました。ご用意いたします」


 店主は右手を胸に当て、恭しく頭を下げた。



 試着室でドレスを脱いだ理子は、用意してもらった服に着替えた。

 鏡に映る理子の姿は、膝丈のプリーツスカートのワンピースに袖が広がっている上着を羽織り、足元はニーハイ丈ソックスという、どこかのアイドルが着ていそうな体の線が出るような若い服装。

 異世界では町娘よりも冒険者、といった風に見える。


「ファンタジーだなぁ」


 腰に剣でも差したら、ちょっとした冒険者の出来上がりだ。

 元の世界では、恥ずかしくてニーハイソックスはちょっと履けないが、仕事上の知り合いも居ないこの世界ではあまり抵抗も無い。

 服だけではなく店主は、ショートブーツと斜め掛けポシェット、ドレスを売ってから今の服を買った残金を入れたお財布を揃えてくれたのだ。


 理子の脱いだドレスを手に取った店主からは「素晴らしい」と感嘆の呟きが漏れ、何度も売却確認をされたのは驚きだった。


「此処は港町ですから、多くの旅行者が行き交います。自警団が目を光らせてるとはいえ中には柄の悪い者もおりますから、裏路地には入らないようにしてくださいね」


 店主は周辺の地図を広げて危険なエリアを赤く囲み注意を促す。

 話を聞きながら、理子はこの店までの道すがら船乗り達から教えてもらった町の情報を頭の中で整理する。


 商業国家トランギアナの交易港の一つであるこの町は、豊かな海産物と他国からの輸入品目当ての旅人が多く、大通りを外れると治安はあまり良くないらしい。

 治安が悪いのは怖いが、町の名産品は海産物と織物で町外れには古代の遺跡があると知り、私は観光への期待で胸が躍っていた。


 店主から手渡された名産品リストの紙を、私はポシェットの中へと仕舞う。


「お嬢さんからは強い魔力の守護を感じます。ですが、若い娘さんの一人歩きは危険です。くれぐれもお気をつけてくださいね」


 何度も繰り返す店主の言葉から、彼は理子の身を本当に案じてくれているのが分かる。


「ありがとうございました」


 店頭で見送る店主に頭を下げて、理子は意気揚々と町へと歩き出した。




 鼻歌混じりで歩いて行った理子の後ろ姿が人の波に消えるまで、店主は窓から外の大通りを眺めていた。


「高位魔族の寵愛を受けたお嬢さんか。何も無ければいいが」


 人族と魔族が争っていた時代、魔族によって一度壊滅した歴史を持つこの国では、高位魔族がかかわる事案は教会へと伝える義務がある。

 しかし、魔術師として若かりし頃活躍していた店主は、理子に関しては余計な真似をしない方がいい、と第六感で感じとったのだ。


 理子が与えられている強力な守護の力。

 その力を察知出来ない愚かな者が、彼女に何かをやらかして、高位魔族の不興を買う事態にならない事を祈るのみ、である。

異世界観光始めました。

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