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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
2.魔王様は抱き枕を所望する
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17.傍らに据える姫

2章終話。

 やわらかな陽射しが降り注ぐ午後。

 魔力により四季折々の花が咲く庭園では、ガーデンテーブルにティーセットを広げて魔王とアネイル国の王女は談笑をしていた。


 否、談笑しているのは王女のみで、魔王は無表情を崩さずに彼女の話に相槌を打つ。

 無表情を貼り付けた魔王の顔の裏には苛立ちが見え隠れしており、遠巻きに様子を窺っていた兵達はいつ魔王が力を解放するか内心冷や汗を流していた。


 人族の支配する大国アネイルの第二王女、サーシャリア姫は大使としての用は済んだというのに、未だ自国へ戻らずに居座っているのは思惑あっての事だ。

 なるべく穏便に、適当に言いくるめて帰そうと王女一向の相手をしていた宰相のキルビスは、王女に嫌気がさして彼女を殺そうと暗躍しかけたため仕方無しに魔王が相手をする羽目となった。


「魔王様」


 魔王を上目遣いに見詰めている王女の瞳は潤み、色香を含んだ魔力の光を放つ。


 魔王は口の端を僅かに上げた。

 魅了の魔法。人の身にしては強い魅了魔法の使い手だと、王女の力はすでに見抜いていた。

 人族か力の弱い魔族だったら、王女の瞳に囚われただろう。

 一国の王女が魅縛の力を持つ魔王に魅了魔法を使おうなど、全くもって愚かとしか思えない。


 魅了魔法の効果を得られ無い事に、王女は頬に指を当てて微笑むと小首を傾げる。


 その仕草に魔王は眉を顰めた。

 自分をどう見せれば可愛らしく見えるのかを知っている、狡猾な女。




「友達と温泉旅行に行くから部屋に居ません。だから喚ばないでね」


 満面の笑みで言う女は、狡猾な女とは違い魔王に媚びる事はしない。


「お土産を買ってきますね」


 不細工な抱き枕とやらを持ち込んだ女の事だ、土産など録でもない物を持ってくるに決まっている。

 だが魔王にとってその女、理子の裏表が無い笑顔がたまらなく愛おしい。




「魔王様? 魔王様、どうなさったの?」


 上目遣いで見上げてくる水色の瞳と視線が合う。

 魔王と視線が合い、途端に王女は頬を赤らめた。


「わたくし、魔国へ来て魔王様にお会い出来て本当に良かったと思っていますの。魔王様ほど美しい方にお会いしたことはありませんもの」


 水色の瞳が更に煌めいた。魅了魔法が効かない魔王に対し、王女は瞳に魔力を強めてじっと見詰める。


「サーシャリア姫には優秀な婚約者殿がいると聞いていたが?」


 魔法の効果を高めるようとしているのかしつこく見詰めてくる王女は、魔王の視線と声色に含まれる冷ややかさには気付かない。


「婚約者など、父上が決めた者。わたくしが父上にお願いすれば、直ぐに婚約は解消できますわ」


 くすくす、笑う声は聞く者によって、鈴を転がした様な、と評されるだろうが魔王にとっては不快にしか感じない。


「ましてや、わたくしが魔王様の妃となるのでしたら、父上もお喜びになるでしょう」


 妃になると言いきった王女に、魔王の苛立ちは一瞬で霧散し、怒りは無となる。

 すぅーと、魔王は目を細めた。


「妃だと?」

「はい」


 自分が我の隣に据われるのだと自信に満ちた声に、笑いが汲み上げてきた。


「くくくっ……愚かな女だ」


 込み上げてくる嘲笑を抑えずに、魔王は両肩を震わす。


「貴様を妃に据えるだと? 厚顔無恥とは正しく貴様のような女の事だな」


 この女が王女じゃなければ、直ぐに引き裂いていただろう。

 今まで魔王にすがり付いて寵を乞う女はいたが、こうもあからさまに妃の座をねだり、妃となるのが当然と宣う女が存在するとは。


「ま、魔王様?」


 明るかった空に暗雲が立ち込め、庭園が陰っていく。

 冷笑を浮かべて嗤う魔王に王女は狼狽える。だが、もう遅い。


「サーシャリア姫、従者達と共に祖国へ戻るがいい。戻って王に伝えろ、貴様の娘程度の女に、我を籠絡させようなどと二度と思わぬ事だな、と」


 これ以上の魔王、魔国への不敬は滅亡につながる、と暗に含む。

 呪文詠唱も印も無しに、魔王は王女の足元へ転移魔方陣を展開させる。


 異変に気付いた王女は、音をたてて椅子から立ち上がった。


「えっ……? な、何をなさるの!?」

「貴様には不快な感情しか抱けぬ。魔王に対して魅了魔法など使うとはな」


 王女の足元の魔方陣から漆黒の鎖が伸び、上半身へ絡み付いていく。


「きゃあぁ!?」


 王女の上半身に絡み付いた漆黒の鎖は皮膚へ浸透するように消え、王女の魔力、魅了の力を封じていく。


「貴様など、魔力も秀麗さも、我の寵姫には遠く及ばぬ」


 魔王が嘲りそう告げれば、転移魔方陣によって強制転移されて行く王女の水色の瞳が驚愕に見開かれた。




 ***




 日付が変わるまで続いた二人だけの夜宴は、酔いと眠気が勝ったために終了となった。


 まーくんからの連絡が来ないと、半ば自棄になってアルコール度数が高い酒を飲み続けて酔い潰れた香織は、一足先にベッドで眠っていた。


 理子はテーブルの上と床に転がる酒瓶と缶をビニール袋に入れ、一纏めにして片付ける。


「魔王様、一人で寝ているのかな」


 呟いて、はぁと息を吐いた。

 屈んだせいか、酔いがまわったらしく視界がぐらぐら揺れる。

 揺れる視界に理子は堪らず近くの椅子へ座った。


「あれ……?」


 グニャリ、視界が歪み目を瞑ってこめかみを押さえる。揺れる感覚は続き、はしゃいで飲み過ぎたかと苦笑いした。



「えっ?」


 突然、俯く理子の肩に力強い腕が回されて、ぐいっと抱き寄せられた。


「酒臭い」


 驚く間もなく、理子の耳に聞き覚えのある低音で色気のある声が届く。

 酒臭いのは先程まで酒盛りをしていたからで、体臭ではない、と反論しかけてハッとなる。


「魔王様? 何で?」


 首を巡らせて見れば、今居るのはホテルの可愛らしい部屋ではなく、魔王の寝室だった。

 いつの間に喚ばれたのか。全く分からなかった。


「もしかして、魔王様は寂しくなったの?」


 寂しいから喚んだのかと、嬉しくなった理子はニヤニヤと笑ってしまった。

 魔王はむっと眉間に皺を寄せ、理子を睨む。


「黙れ」

「奇遇ですね。私も、寂しいなーって思っていたところなんです。魔王様と一緒だったらいいのにって」


 寂しいと思ったから魔王に会えたのか。

 それとも、これは夢で椅子に座って眠ってしまったのかもしれない。


「リコ」


 何だか名前を呼ぶ魔王の声が甘い。

 あまり回らない頭で、ボンヤリ考えていた理子の右頬に大きな手のひらが添えられる。

 アルコールのせいで火照った頬に、ひんやりした手のひらが気持ちよくて目を細めた。


 ふわりっ

 優しい風が一瞬理子を包み込む。

 風がおさまった後は、理子の体からアルコールやつまみの匂いが消え、爽やかなミントの香りが髪から仄かに香った。


「魔王様」


 右頬に添えられたままの魔王の手に、自分の手をそっと重ねる。


「私、魔王様の名前を知らない」


 頭一つ分背が高い魔王の赤い目を見ようと、理子はじっと彼を見上げた。


「魔王様のお名前は、何というの?」

「我の名だと? ああ、名乗ってなかったな」


 今やっとその事に気付いたと、魔王は微かに笑う。


「我の名は……シルヴァリス。シルヴァリス・ダノ・ルマルキア」


「シル、シルヴァリスさま? 綺麗な響きのお名前ですね」


 へらりと笑う理子に、魔王の赤い瞳が揺れる。

 長い名前、フルネームは一度では覚えきれそうにもない。ファーストネームだけは覚えようと、理子は何度か「シルヴァリス」と心の中で復唱する。


(私、魔王の名前を呼んだんだ)


 胸の奥がじんわりとあたたかくなった気がした。

 どうしよう、すごく嬉しくて笑顔になる。


「リコ、もう一度我の名を呼べ」

「シルヴァリス様」


 ふっと、魔王様、もといシルヴァリスが目を細めて微笑む。

 冷笑でも嘲笑でもない、優しいやわらかい微笑に理子の心臓はドキリッと跳ねた。


 右頬に添えられた手のひらが滑って顎を掴む。

 あっ、と思う間も無く、理子の唇に口付けが降ってきた。


 二度、三度とされる口付けに理子の頭はすっかりふやけてしまい、頬は熱を持って真っ赤に染まる。



「早く変容を終え、全て我のものとなれ」


 艶を含んだ赤い瞳に見下ろされて、近付いてきた唇は理子の頬を掠めて耳元で色っぽく、囁く。


 色気全開のシルヴァリス様に堪えきれず、理子は抱き締めてくる彼の腕にしがみついてしまうのだった。



魔王様のお名前は、シルヴァリス・ダノ・ルマルキア です。


次回から3章に入ります。


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