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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
2.魔王様は抱き枕を所望する
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16.温泉旅行の夜

温泉バスツアーへ行きました。

女子トークです。

 待ちに待った土曜日。


 初夏の雲一つ無い、澄んだ青空が広がった絶好の旅行日和。

 香織が当選した温泉旅行のツアーは、有名旅行会社が企画した避暑地を巡るバスツアーだった。

 都会の雑踏と暑さを忘れさせてくれる自然豊かな名所でマイナスイオンを浴び、名産食材を使った美味しい昼食にワインの試飲をして、久々に都会から離れてのんびりと観光が出来た理子は大満足していた。


 休憩と買い物を兼ねて立ち寄った道の駅で売店から外へ出た理子と香織は、ベンチに座ってソフトクリームを食べているカップルを見て足を止めた。


「まーくんと来たかった?」


 同じバスツアーに参加しているカップルを見ていて、時折、香織が寂しそうにしているのは気付いていた。

 急な仕事が入らなければまーくんと一緒だったのに、と香織が寂しく思うのは当然だとは分かっている。


「ぶっちゃければまーくんと来たかったけど、理子と二人でバスツアーって初めてで楽しいよ」


 正直に言う香織は、苦笑いを浮かべた。


(香織の気持ちも分かるかな。私も、ちょっと羨ましいもの)


 好きな人と一緒に出掛けて、美味しいものを食べてみたいのは当然だ。仲良しな恋人達を見ると羨ましいと素直に思う。


「夜に飲むための地酒でも買ってくか!」


 黙ってしまった理子の腕を掴んだ香織は、出てきたばかりの売店へ引き返した。




 ***




 夕方になり、バスツアーのメインである本日の宿へと到着した。

 大正時代に建てられた、貿易商の別荘という洋館を改装したホテルは、和と洋が調和したとてもモダンな建物だった。

 外観はヨーロッパのお屋敷そのものだが、内部はアンティークと現代技術の機器が程よく纏まっており、ツアー参加者からは感嘆の声が漏れる。


 宿泊する部屋の鍵を解除し、扉を開けて香織は「わぁー」と声を上げた。


「可愛いー! お嬢様のお部屋みたいね!」


 白を基調とした家具、淡いピンクに小花柄のカーテンという、いかにも若い女の子の部屋といった内装に、普段はクールな香織のテンションは上がっていく。


「ベッドも天蓋付きで広いし可愛いね」


 二人余裕で寝られる、キングサイズのベッドは天蓋付きで、ベッドカバーはピンク地のフリル付き。

 旅行鞄を放ってはしゃぐ香織は、部屋の扉を開けて中を覗いていく。


「理子! バスタブは憧れの猫足だよ! 今夜は泡風呂にしようよ」


 きゃあきゃあ喜ぶ香織をよそに、理子はフゥと息を吐いた。

 内装も部屋の広さも雰囲気も違うのに、内装が似ている気がするのだ。


「ちょっと似てるな……あっちの方が広いけど」


 ほぼ毎日眠っている魔王の寝室と、この乙女チックな部屋が似ている気がするだなんて、妙な話だ。

 洋館の部屋は基本的に造りが似ているのか、と理子は首を傾げた。



 ホテルでの夕食は、食堂で和洋織り混ぜたフルコース料理を食べた。

 フルコースと言っても、堅苦しいものではなくお箸やビールも用意されており、ツアー参加者達は和気あいあいと食べていた。



 夕飯を済ませて本日の行程は終了となり、後は自由行動だ。

 宿泊客は各々の部屋へと戻り、道の駅で購入した地酒とワイン、つまみを丸テーブルに広げて部屋飲みを開始した。


「推理アニメとかサスペンスドラマだとさ、こういう洋館での夕飯の後に誰かが殺されるんだよね」


 ガタッ

 香織が言った直後、吹いた風によって窓ガラスが揺れる。


「こわっ! やめてよ」


 歴史ある洋館、静かな夜半、確かに事件が起こるには絶好のシチュエーションに、理子の背筋は寒くなる。



 ブーブーブー

 今度は、香織のスマートフォンが振動してメッセージの着信を告げる。

 スマートフォンの画面を確認した香織の眉間に皺が寄った。


「まーくん、まだ接待飲み会中だって」

「接待、というか交流を深めるためにの飲み会も仕事のうちでしょ?」


 このやり取りは何度目だろうか。

 接待飲み会が終わらないせいで、お休みなさいのやり取りが出来ない、と香織は嘆いていた。

 仲の良い彼女達が少しだけ羨ましくて、理子は苦笑いを浮かべる。


「どうせこの後はお姉ちゃんのいるお店を行くんだよ。まったく男ってやつは!」


 鼻息荒く言い放ち、香織は目を三角に吊り上げる。

 空になったガラスのコップに冷酒を注いで、香織は一気に煽った。


「理子はさぁ、どうなの?」


 急に話を振られた理子は「何か?」と顔を上げ、上半身を仰け反らせた。

 身を乗り出して問う香織の目が据わっていて、理子は若干引きつつも答える。


「将来性もあって、良きお父さんになれそうな山本さんに突っ走れない理由になっているのは、他に気になる人がいるからでしょ?」

「気になる人……」


 月曜日の仕事帰りに二人で飲んだ時に、そんなことを言った気もする。

 気になる人など「いない」と言いかけて、理子は小さく首を横に振る。

 そろそろ、ちゃんと向き合わなければいけない。彼にも自分の気持ちにも。


「うん。だから困ってる」


 気にしないようにしていたのに、毎晩強制的に彼方へ喚んでくれるから気になる気持ちが、惹かれていく心が抑えられなくなる。

 彼のことが気になってもっと一緒に居たいと、彼に触れて欲しいと思うのは、駄目なのに。


「どんな人なの?」


 俯く理子の沈んだ姿に、苛立っていた香織は何時もと同じ落ち着いた口調に戻る。


「知り合ったのは偶然なんだ。偶然、繋がっちゃった人。ムカつくくらい美形で色気があって意地悪だけど、優しい人。田島係長との事で参っていた時に、ずっと話を聞いてくれたの」

「へーそんな人がいたの? あの時に支えてくれた人なら、理子が好きになって当然じゃないの。もー教えてよ」


 最初はお隣の鈴木君だと思い込んでいたし、彼が魔王だと分かった後は自分でも現実味が無い状況だと思えて、誰にも言えなかった。

 今でもどうして異世界の魔王と繋がったのかが分からない。

 繋がった事には感謝しているけれど、時折、自分は夢を見ているのではないかとすら思ってしまっていた。


「ごめんね。その人、外人さんだし私とは住む世界も常識も違うの。今だけで今後は関わることもないって、女として見られていないと思っていたから」


 彼方は異世界だし住む世界も違う。人外とは言えずに外人さんにしておいた。


「外人さん? じゃあ、遠距離ってこと? ネット上で知り合ったの? 大丈夫? 騙されてない? 会ったことあるの? 理子はボケてるから心配なのよ」


 ネットで知り合ったと思ったらしい香織は、険しい表情のまま質問を投げ掛ける。


「遠距離、かな? ネット上じゃなくてちゃんと会ってるよ」


 毎晩、彼の寝室で会っている。とは言えない。

 納得しきれないのか、訝しそうな目付きのまま香織はテーブルへ頬杖をついた。


「美形の外人ねぇ、写真は無いの? お名前は何さん?」

「写真、そういえば無いや。名前は……」


 ハッ、と気が付いた。

 今まで気にしていなかったが、魔王の名前を知らない。

 彼を呼ぶのに不自由していなかったから、名前を聞くのを忘れていた。


「ずっと渾名みたいので呼んでいたから、聞き忘れていたっけ……」


 香織は「はぁ?」と呆れ果てたといった声を出す。


「やだ理子ったら、名前は基本中の基本じゃない。まぁ理子らしいっちゃらしいか。で、渾名って何よ?」

「魔王様」


 口に出して、理子は恥ずかしくなった。

 渾名が魔王様とか、此方の世界では色々拗らせた、ちょっとアレな人みたいだ。


「は? それは……外人さんだから、ちょっと変わった人なの?」


 吃驚したのか笑いを堪えているのか、香織も口元をひきつらせている。


「うん、そんな感じかな。私も最初は中二病を患っているのかと思ったし」

「魔王様はいくらなんでも無いわ。外で呼ぶのは恥ずかしいし、名前を教えてもらいなよ」


 分かってはいたが香織の反応から、此方の世界では魔王様呼びは引くと改めて分かった。

 次に召喚された時にでも、魔王の名前を教えてもらわなければ。


 眉間に皺を寄せて考え込む理子に、香織は柔らかく笑いかける。


「ねえ、理子。名前を教えてもらってさ、彼を魔王様じゃなくて名前で呼んでみてごらんよ。彼が喜んでくれたり好意的にとってくれたら、少なくとも脈はあるって事よ」

「私が、名前を呼んだら……?」


 ぱちくり、何度か目を瞬かせてしまった。

 魔王の名前を呼ぶのかと、想像して頬に熱が集中する。


「理子、顔真っ赤」

「もぉ~」


 茶化してくる香織に、理子の顔は更に熱を持つ。


 たかが名前を呼ぶだけなのに、一体どうしてしまったのかと、理子は熱い頬を両手で覆い隠した。




やっとこさ、魔王様の名前を知らない事に気づきました!


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