14.まだ月曜なのにやたら疲れる
連休明けの月曜日ってツライ。
連休明けの月曜日。
ただでさえ月曜日はエンジンのかかりが遅く憂鬱だ。今日は、朝から雨が降っているせいで、湿気と蒸し暑さで職場の空気は重い。
(またやってる……)
他部署のトラブルもあってなかなか仕事が進まない上に、先日のお食事会後から晴れてお付き合いを開始したらしい伊東先輩と後輩の田中君が二人でアイコンタクトをしているの見る度、理子のイライラは増していく。
気分転換を兼ねて給湯室でアイスコーヒーを作り、自由に飲める用に保冷ポットへと注ぐ。
「手伝うよ」
給湯室の出入り口に立っていた山本さんがすれ違いざまに、理子の手からスルリと保冷ポットを抜いて持った。
「山田さん、今日の夜は暇?」
他の同僚に聞こえないように、耳元で訊かれ心臓が跳ねる。
「ごめんなさい。今日は先約があって」
「そっか、じゃあ俺が出張から帰って来たらまた誘うね」
ニカリッと歯を見せて笑い、山本さんはアッサリと引き下がる。
無理強いはしない、爽やかで優しい男性。
彼と仲良くなってお付き合い出来たら毎日幸せだろうに、どうして誘いを断ったんだろうかと自分でも首を傾げる。
何故、ポットを持ってくれた時に彼と手が触れて焦ったのだろうか。
***
電車のガード下にある居酒屋は、月曜日なのに仕事帰りのサラリーマンで賑わっていた。
職場の湿気は気になったのに、居酒屋の湿気と熱気は気にならないのは不思議だ。
「ふーん、山本さんといい感じじゃない。チャンスなのに断って良かったの?」
ビールジョッキを片手に持った香織に、給湯室での出来事を伝えれば彼女は目を細めて溜め息を吐く。
「今日の夜は香織とデートの約束でしょ」
先約を優先する、とか偉そうに言っても実は、山本さんと二人きりになるのが不安だっただけと自覚していた。
「フラグより女の友情かぁ理子愛してるっ」
「山本さんはイイ人って分かっているんだよ。だけど、私は……」
もしも、山本さんが同僚以上の関係を望んだらどうする? 殺人監禁宣言をした魔王が何をするのが分からない。
それ以上に、自分の気持ちが分からなかった。
「色々あったから迷ってるの? それとも他に好きな人がいるの?」
香織の言葉に頭の中が真っ白になる。
好きな人と言われて脳裏に浮かんだのは、銀髪赤目の嫌味なくらい綺麗な男だったからだ。
「まーくんったらヒドイんだよ~」
酒が入り素面の時よりも饒舌になった香織は、仕事の愚痴からついには婚約者への愚痴を吐き出す。
理子からすれば、婚約者のまーくんは優しくて香織一筋で羨ましいくらいだ。しかし、彼女には細かな部分が気に入らず不満があるらしい。
「それは仕方ないよ。ノロウイルスは大変だし、入院するくらい重症なら代理での出張は許してあげなよ」
今、香織が愚痴っているのはノロウイルスに感染し、酷い嘔吐下痢症状で入院となった同僚の代理で出張へ行く事になった不満。それは仕方ないでしょと、理子は苦笑いをしてしまう。
例え、懸賞で当たった温泉旅行に行けなくなったとしても、緊急の仕事なら仕方がないと思うのだが。
懸賞で当たった旅行ならキャンセル料も無いだろうし、いっそのこと他の人と行けばいいじゃないか。
「親孝行として、お母さんと一緒に行けばいいじゃない?」
「母さんと行っても楽しくない。じゃあさ、理子は暇?」
冷酒の入ったコップをテーブルに置いた香織は、ずいっと上半身を乗り出した。
「私? 暇と言えば暇だけど」
温泉には行きたい。
しかし、理子が不在だったせいで寝不足で不機嫌になった魔王は何て言うか。
事前に伝えれば、誰か添い寝をしてくれる女の人を見付けるかな。
まったく一人寝が寂しいとか、お子様で困った魔王だ。
考え込んだ私に、香織は意味深に笑う。
「もしかして、山本さんとデート?」
「デ、デートじゃないよ。ただ、私でいいのかなって思っただけ。香織が良ければ一緒に連れて行って」
棚ぼた的な誘いを受けて、理子と香織は温泉旅行の話に花を咲かす。
たまにはゆっくり女同士で温泉に浸かって、魔王に喚ばれずに一人布団で眠りたいものだ。
翌日も仕事ということで早目に帰路についた理子は、帰宅して直ぐに浴室へ向かった。
入浴を済ませ、ベッドに腰かけていた時に召喚の魔方陣の気配を感じ、急いでに置いてあった冊子に手を伸ばす。
異世界にはこんな内容の本は無いだろうから、この冊子を魔王に手渡すためにと、腕を伸ばして何とか冊子を掴むことに成功し、魔方陣の朱金の光に飲まれていった。
ぼよんっ
相変わらずベッドの上へ落ちた理子は痛む鼻を擦りつつ、冊子を持ち込めた事にニヤリと口角を上げた。
上半身を起こして、何時も通りソファーに足を組んで座る魔王を見上げた。
「魔王様こんばんはっ」
挨拶をする私に向かって魔王は「ああ」と頷き、右手を差し出す。
「リコ、来い」
短く命じてくるのも、何時もの事。
ベッドの下に用意されている花の刺繍が入ったルームシューズを履いて、ソファーに座る魔王の元へ向かう。
ふわり
魔法の風が理子を包み込み、半乾きの髪をさらさらに乾かしていく。
艶々さらさらの髪から仄かに香るのは、ラベンダーのフローラルで柔らかで落ち着いた香り。
理子の髪の香りは、魔王の気分によって変わる。
(すっかり、髪の毛を乾かして貰うのが当たり前になっちゃったな)
ほぼ毎夜、魔王に乾かしてもらっていせいかありがたいことに理子の髪は何もしていなくても、美容院でトリートメントしたように艶々になっている。
「それは?」
ラベンダーの香りがする髪に触れて、ニコニコ笑顔になる理子の手元を魔王は見る。
召喚された時に急いで掴んだ冊子。召喚時に触れている物はこの世界へ持って来れるのだ。
「さっきまで読んでいたから一緒に来ちゃったみたい。これは、冠婚葬祭マナーbookです。今度、友達の結婚式でスピーチを頼まれているからマナー本を買ってみたの」
折り目が付いてしまったマナーbookの表紙を見せた。
文字は日本語で書かれているが、理子と繋がっている魔王は異世界召喚特典なのか、お互いの言葉と文字が理解できるのだ。
「付録に付いていた婚活特集の冊子、魔王様にあげます」
マナーbookに挟まっていた、一回り小さな冊子を魔王に手渡す。
「婚活?」
「私の住んでいる国の言葉。より良い結婚相手を見付けるための活動を婚活って言うの。役に立つかもしれないから、暇潰しに読んでみてください」
ニッコリ笑顔で言う理子に、魔王は冷笑を返す。
「不要だ」
ボッ、魔王の手の中に現れた炎が一気に冊子を燃え上がらせた。
一瞬のうちに冊子は灰と化して、消えた。
「あー! 私もまだ読んでないのにー」
いきなり燃やすだなんて、何て事をするんだ。
睨む理子に、魔王は片眉を器用に上げた。
「お前も必要無い」
「魔王様は必要無くても、私には必要なの。私だって素敵な彼氏が欲しいしいつか結婚したいし、だから、」
不貞腐れて横を向けば、魔王の指が理子の顎にかかり強引に上向きにされる。
「んっ」
下唇に噛み付くように重ねられた唇は、すぐに離れて二度、重なる。
「黙れ。その喧しい口を塞ぐぞ」
無表情のままで、背筋が冷えるくらいのワントーン低い声は、怒りを抑えているためか。
魔王から発せられる圧力に、ひっ、と叫びそうになる悲鳴を理子は何とか喉の奥へ押し込めた。
(ヤバイ。怒っていらっしゃる!?)
このままでは婚活冊子みたいに消されるか、鎖で拘束されるか監禁されるかもしれない。
謝り倒すか泣き落としか、どうしようかと半ばパニックになりかけて理子の顔色は赤から青に変わる。
半泣きになっている理子の耳元へ魔王は唇を寄せた。
「このまま朝まで虐めてやろうか」
低く、抗えない色気を含んだ声を耳から流し込まれ、理子の体の奥がぞくりと震える。
顎を捕らえる手にそのままに、もう片方の手のひらが理子の太股を這うように撫でた。
その手つきの厭らしさに理子の思考は爆発した。
「ぎゃああっ! 魔王のばかぁ~!」
泣き出した理子を抱き寄せて、魔王は肩を揺らして吹き出した。
セクハラ魔王様。
そろそろ鎖を作ろうかなと、考えてるみたい。
ヒロインは翌日になってから、温泉旅行の事を言い忘れたと気付きます。




