05.それは恋の予感?
前回の続きです。
分けたのに長くなってしまいました。
昼休憩時に伊東先輩と打ち合わせし、理子は待ち合わせ時間の夜7時ギリギリにお店の前へ着いた。
「山田さん、こっち」
店先に立って待っていた一つ先輩の山本さんが、理子の姿を見付けて片手を上げる。
職場では、かっちりとボタンを止めてシャツを着ている長身の彼が勤務時間外だからか、第二ボタンまで開けて少しワイシャツを着崩しているのは新鮮に見えた。
「すみません、遅くなりました」
「いいって。本当に後輩って大変だよね」
軽く頭を下げた理子に、山本さんは爽やかな笑みを返す。
カランッ
若者向けのお洒落なカジュアル創作料理レストランの店内へ、山本さんに先導されて入る。
週末金曜日の夜ということもあり、フレンチカントリー風の店内は若者グループやカップルでほぼ満席となっていた。
煉瓦と白い漆喰の壁にはカントリー風を演出する小物や食器が飾られて、次は友人の香織と食べに来たいなと思う。
案内された先、間接照明が照らす壁際のテーブル席には既に男女が向かい合わせで座っていた。
「すみません、お待たせしました」
二人に向かって頭を下げる理子に、一つ後輩の田中君と、“夕食会”を計画した伊東先輩が「お疲れ様」と会釈を返した。
「みんな早目に着いただけだし、謝らなくてもいいわよ」
にこやかに笑う伊東先輩は、職場でのブラウスにスカート姿では無く、白のカットソーに黒色スカート、黄色カーディガンを肩に掛けて、目力を抑えた可愛らしいメイクのためにぱっと見は別人みたいに見えた。
普段はきつめな印象がある女性がふんわりした印象に変わるのは、ギャップ萌えというのか可愛らしく感じる。
(凄い気合いの入り様……本当に田中君を落としたいんだ)
状況に合わせて化粧を変えて、自分を魅力的に見せるだなんてとても真似出来ない。
「山田さんはこっちね」
勧められるまま理子は伊東先輩の隣の席に、山本さんは向かいの席へ座った。
「はい、どうぞ」
大皿に盛られたサラダを伊東先輩は人数分小皿へ取り分ける。
「ありがとうございます」
先輩にやらせるとは気の利かない後輩みたいで、理子の気持ちはモヤモヤする。
手出ししたくても、食事会の間は伊東先輩が良い女アピールするために、事前打ち合わせで「取り分けは伊東先輩がやる」という事になっているのだ。
でも、サラダの上に乗せられている生ハムが田中君だけ山盛りなのはあからさま過ぎて笑えない。
「……で、その店の夜限定パフェが旨かったんですよ」
「夜パフェかぁ私も行ってみたいなー」
主な会話は伊東先輩と田中君がして、理子と山本さんは邪魔にならない程度に相槌を打つ。
「じゃあ、この後一緒に行きましょうか?」
「えぇ~いいの?」
田中君からのお誘いに、待ってましたとばかりに伊東先輩の瞳が輝く。
夜パフェという、素敵なフレーズに私も興味はあるのだが自分から「行きたい」と言う勇気は無かった。
「山田さんと山本さんはどうですか? 二次会に、夜パフェを食べに行きませんか?」
何も知らない田中君に話を振られて、どう断ればいいのかと理子は返答に困る。
一緒に行けば伊東先輩との関係が苦しくなる、だが、キッパリ断って角が立つのも苦しい。
「私は……」
「俺はパス。悪いけど甘いものは苦手なんだよ」
理子の言葉に被さる形で山本さんから断りの台詞が発せられる。
「それは残念ね。田中君、二人で行きましょうよぉ」
明るい伊東先輩の声には残念な響きが全く含まれておらず、山本さんは苦笑いを浮かべた。
店内の雰囲気は良く、パスタもピザもワインも美味しいのに、早くお開きになりたいと感じるのは田中君以外は茶番を演じているからだろう。
「それじゃあ私と田中君はパフェを食べてくね」
「また来週からよろしくお願いしま~す」
「はい、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
“食事会”を終え、理子達は店を出て二手に別れて行動することになった。
夜パフェを食べに行く、伊東先輩と田中君が並んで歩く姿は仲の良いカップルそのもの。
二人の後ろ姿が道行く人の間へ消えてから、理子と山本さんは顔を見合わせた。
「お疲れ」
「美味しかったけど、疲れましたね」
やっと解放された、そんな思いが表情に出てしまいお互い苦笑いする。
「一応、先輩に協力するために参加したけど、伊東さんに気を使いまくって大変だったね。田中もデレデレして、あーいうタイプがいいのかよ。俺は怖くて無理だな」
確かに、伊東先輩が時折田中君へ向ける肉食獣の目は怖かった。
夜パフェの後、二人がホテルへ行ったと聞かされても別段驚かないや。
「山田さん、珈琲とデザート食いに行かない?」
「山本さんは甘いものは苦手じゃないんですか?」
さっき彼は、苦手だと言って田中君の誘いを断っていたが。
「俺、甘いものは大好き。あの二人と行くのは嫌だったから。食後のデザートは美味しく食べたいし」
そう言って山本さんはニッと笑う。正直過ぎる返答に、理子はプッと吹き出してしまった。
繁華街は給料日後の週末の夜ともあって、仕事帰りの人や若者達で賑わっていた。
道行く若者達は酒が入っているのか大声で騒いでいる者もいて、私は成るべく山本さんの影に隠れるようにして歩く。
「夜の街は久しぶりで、新しいお店が出来てるし歩いているの楽しいですね」
最近は飲み会も減り、残業続きで街へ出てくる事も無かったため、理子はキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていた。
「山田さんっ」
焦った山本さんの声と同時に、二の腕に手を回され、ぐいっと彼の方へ引き寄せられる。
何事か理解する前に、よそ見をしていた理子のすぐ側をフラフラ走る自転車が通り抜けた。
「大丈夫?」
自転車にぶつかりそうになったのを助けてくれたんだ、と理解した理子はお礼を言おうと顔を上げた。
山本さんの焦げ茶色の瞳に至近距離から見下ろされて、ドキリッと心臓が跳ねる。
「あ、ありがとうございます」
軽く密着した状態は恥ずかしくて離れたいのに、山本さんは腕を離そうとはしない。
「流石に金曜日の夜は人が多いな。じゃあ」
ぽつり呟くと、山本さんは二の腕を掴んでいた手を離して、そのまま下へと下がった大きな手のひらが理子の手を握る。
「!?」
「こうすれば危なくないだろ?」
ニカリッと白い歯を見せて、山本さんは爽やかに笑う。
筋ばった大きな手のひらが私の手のひらと重なり、長い指が絡まる。
(ど、どうしよう。いきなり恋人繋ぎ!?)
蒸し暑いし手汗が気になるし、これは、普通に手を繋ぎにくいから指を絡ませているだけ。
人が多くてはぐれないためなのか。理子が注意力散漫になっているからか。深い意味はないはず。
あれこれ理由を考えながら、理子は顔に熱が集中するのを感じた。
山本さんに手を繋がれ辿り着いた先は、繁華街から外れた裏通りの奥、外観は昔ながらの喫茶店だった。
店内はジャズが流れ、壁面や間仕切りに本棚が設置された所謂、ブックカフェ。
アンティークなダークブラウンの皮張りソファーに座って、好きなスイーツや彼の飼っているハムスターの話など、たわいもない会話をして過ごした。
外見はスポーツマンな山本さんは、意外にも本の虫でモフモフなハムスターが大好きな事を知り、彼への好感度が急上昇したのである。
「駅まで送ってくよ」
カフェを出て、地下鉄の駅に着くまで、当たり前のように山本さんと繋がれる手。
こんな風に手を繋いでいたら、道行く人からは付き合っている様に見えるのかも、とこそばゆい気分になって絡まる指にぎゅっと力を込めた。
「山田さんの髪っていい匂いがするね」
横断歩道の信号待ちの間、山本さんは繋いだ手はそのままで、もう片方の手を伸ばして私のハーフアップにした髪に触れる。
「そ、そうかな」
山本さんの言動が恥ずかしすぎて、まともに顔が見られない。
彼は少ししか飲酒していないのに、おそらくアルコールに弱い人で酔っているんだろう。
「山田さん、おやすみ」
「おやすみなさい」
改札口の手前で、繋いだ手はゆっくりとほどかれた。
(さっき食べた、チーズケーキのラズベリーソースが口の中に残っているみたい。何だろう甘酸っぱい気分。これって、まさか)
改札口で別れた山本さんの表情が、どこか名残惜しそうに感じたのは気のせいだろうか。
終電間際の地下鉄電車に乗り、自宅へ辿り着いた時には日付が変わる直前だった。
駅まで走って来た理子は、息を切らせてながら玄関扉を開けてパンプスを脱ぐ。
「っ!?」
部屋へと上がりバッグを床に下ろした瞬間、足元に召喚の魔方陣が展開して理子はハッと息を飲む。
「ちょっと、待って」
走ってきたため汗だくで、まだお風呂に入っていない。
手足をバタつかせて抵抗するが、理子の体は魔方陣から放たれた朱金の光に絡めとられてしまうのだった。
パンパカパーン!
山本さんは気になる先輩へランクアップした!
伊東先輩と田中君のその後は、ご想像にお任せします。




