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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
1.鈴木君(仮)とお喋り
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11.はじめまして? 麗しの君

 洗面所で一頻り泣いた理子は、涙でぐしゃぐしゃになった顔をキレイに洗って、冷凍庫から取り出した保冷剤で腫れぼったい瞼を冷やした。


 辞職の準備に必要な物を調べようとダイニングの椅子に座る。

 携帯電話を操作して、画面に表示された時間に気付いた理子は焦った。


 23:55


 もうすぐ日付が変わってしまう。

 何時も、日付が変わると同時に魔王が話し掛けてくるのだ。


(どうしよう。どうやって誤魔化そう)


 泣いたせいで声が掠れてしまっているのは、風邪をひいた事にするとして、昨夜不在だったのは何て説明しようか。




「リコ」


 考え込んでいる時に名前を呼ばれた理子は、ビクリッと肩を揺らしてしまった。


「昨夜はどうした?」


 防音シートを貼った壁から、低音の落ち着いた魔王の声は耳に心地よく響き、胸に溜まった重たい物が溶けていくようだ。

 いつの間にか、魔王に気を許してしまっていたのか。

 たった一日、この声を聞けなかっただけなのに寂しかっただなんて。


「あ、昨日は……」


 何て言おうか。

 考えているうちに、昨夜、一人で会社に残って黙々と作業をしていた虚しさが甦ってくる。

 ツンッと目の奥が痛くなり、理子は一旦言葉を切る。


「仕事、終わらなくて」


 先程いっぱい泣いたからもう泣きたくはないのに、口を開こうとする度に涙が溢れる。

 どうしようどうしよう。弱っている事は誰にも知られたくないのに。


「……何があった?」


 魔王の声が低くなる。

 彼も理子が泣いているのを気付いたらしい。


「何にも、」


 ない、と続けたいのに、口を開けば声に嗚咽が混じる。

 これ以上はもう無理だ。話していられない。


「ごめ、なさい、もう……寝ま、」

「駄目だ」


 壁越しの声だけなのに、魔王の言葉には刃物を彷彿させる鋭さがあった。

 防音シートを貼った壁がビリビリと細かく振動する。

 何事かと、理子は座っていた椅子から立ち上がった。


「今までは……干渉されたとしても、お前の魂の輝きが勝っていたため特には害はないと、放置していたが……弱らせ、泣かすのならば、赦せぬ」


 怒りを含んだ魔王の声が部屋いっぱいに響き渡る。


「っ!」


 部屋の床が軋んだ音をたて、古代ギリシャ文字の様な文字が書かれた円、魔方陣のようなものが理子を中心に浮かび上がった。


 魔方陣の文字が朱金の輝きを放つ。

 逃れようと魔方陣から飛び退いたのに、朱金の光が理子の足から全身に絡みつく。

 何処かへ引きずり込もうとする力を感じて、抵抗を試みた理子の視界は真っ白に染まった。




 ***




 目の前が真っ白に染まり、視界0のまま私は長いトンネルを落下していた。


 何が起こったのか、トンネルの出口が何処へ通じているのか、全く分からない。

 分かるのは魔方陣に吸い込まれる直前、一瞬だけ夢で見た黒いローブを纏った女の歓喜の笑い声がした事だった。




 ぼよんっ



「うぎゃっ」


 長い穴は急に終わり、トランポリンのような場所へ落下して理子は呻き声を上げた。


 強い光により失明したのかと思うほど、何も見えなかった視界もぼんやりと戻ってくる。

 霞んだ視界が捉えたのは、自分が落下した白いシーツで整えられたトランポリン、いやベッド?

 今は夜なのか周囲は薄暗く、青白い光が仄かに周りを照らしていた。



 此処はどこだろうと、首を動かした理子はビシッと固まってしまった。


 薄暗い空間の中でも刃物の如く鋭い光を放つ銀髪と血のように赤い瞳、青白い燭台の明かりに照らされている白磁の肌。

 生まれてから生きてきた24年間で、見たことがない程綺麗で幻想的な男性がベッドサイドに立っていた。


 無言のまま理子をじっと見詰める男性と目が合った瞬間、背中がざわりと泡立つ。

 とんでもなく綺麗なその人は、襟に銀糸で模様が縫い込まれている黒いバスローブのような寝間着を着ていて、寝間着の合わせから見える白い胸元に理子はドキドキしてしまった。

 西洋人に近い系統の外見ながら、彼から醸し出している妖しい色気にくらくらする。人間離れしている美貌とはこういうことか。

 天蓋付の広いベッド、装飾も豪華な家具が置かれた此処は、もしかしなくても男性の寝室なのか。



「誰、ですか?」


 恐る恐る口を開けば、男性は僅かに笑う。


「我とは先程まで話していただろうが」


 男性の声を聞いて、理子は大きく目を見開いた。


「魔王、さま?」

「ああ」


 頷く男性の声は確かに聞き覚えのある、低い、耳に心地よく響く理子の好きな声だった。


 何で魔王の処へ? と、ポカンと口を開けた理子は、思わず上半身を仰け反らせて彼を見上げてしまった。

 何故ならば、予想に反して鱗も尻尾も無かったから。


「トカゲじゃない」

「トカゲ?」


 男性、もとい、魔王の整った眉がぴくりと動く。


「どんな豪胆な女が現れるかと楽しみにしていたが」


 魔王の白くて長い指が伸びてきて、固まる理子の顎を掴む。


「まるで小動物だな」

「小動物?」


 小動物ってどんな例えだ?

 無表情で告げる魔王を、理子は困惑しつつ見上げた。

 顎を掴まれたまま、これ幸いと理子はじっくり魔王を観察する。

 近くで見れば見るほど、彼はとんでもなく綺麗な男性だった。

 そうして気が付いた。


「角がない」


 魔王の頭部には、燐光を放つ銀髪しか見当たらず、角らしきものは生えて無い。


「羽根もないし」


 背中は位置的に見えないが、羽根や突起物の様なものは生えて無いようだ。


「……お前は何を期待していたのだ」


 顎から指を離した魔王が呆れた目で理子を見下ろす。


 口を開きかけた理子は、そこでやっと今の自分の姿を思い出して、一気に頬に熱が集中した。


「み、見ないで!」


 慌てて横を向いて、魔王の視線から顔を背ける。


「ひどい顔になっているから!」


 忘れていたが、散々泣いた後だった。

 両目蓋は泣いたせいで腫れぼったいし、強く擦った鼻は真っ赤になっている。

 髪もぐしゃぐしゃ、服も仕事から帰ってきたままのブラウスにスカートという状態だった。


「確かにひどい有り様だな」


 顔を背けて見せないようにする理子に、魔王はうっとりするくらい綺麗な笑みを向ける。


「だが、我には可愛らしく見える」


 吃驚して顔を上げた理子の目元から鼻にかけてを、魔王の大きな手のひらが覆う。


(冷たくて、気持ちいい……)


 彼の低めの体温が手のひらから伝わって来て、その心地良さに理子の浮腫んだ目蓋が重みを増す。

 まだまだこの綺麗なお姿を堪能したいのに、理子の意識は急速に闇へと沈んでいった。

魔王様はトカゲではありませんでした。銀髪赤目のやたらエロいお兄さんです。

そして、ヒロインは24歳です。


長くなったので一旦切って、次話に続きます。

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