98回死んだ勇者
「お前、これで何回目だよ……。もう勘弁してくれよ……マジで」
呆れた声で俺に話しかける神父。
神父が呆れる理由は俺にも痛いほど分かる。
だって俺は……、
98回、神父の手によって生き返されたのだから。
俺は勇者だ。
この世を支配しようとする魔王を倒すため、全人類の希望たる唯一の存在。
人々の期待を一身に背負う勇者なのに、俺は魔王によって98回殺されている。
別に弱いわけでもないし、魔王が怖いわけでもない。
だが俺には魔王を倒せない……。
自分でも驚いている。まさかそんな理由で魔王に勝てないなんて。
だがこれが現実であり、自分自身の力ではどうにも出来ない!
だって魔王って、
めっちゃ可愛いんだもん‼
俺は魔王を一目見た瞬間恋に落ちた!
一目惚れった奴だ!
人間が魔物に恋をする。そんな非現実な出来事がまさかあるなんて!
しかもそれを自分が体験するなんて‼
あの雪のような白く透き通る肌。
艶のあり輝きまくるブロンドの髪。
ルビーのような赤く眩しい綺麗な瞳。
バッファローのようなたくましい二本の角。
そして今にも折れそうな華奢な体なのに、はち切れんばかりの胸を持ち、全ての男を釘付けにするような魅力的なスタイル!
まさに完璧‼
魔王であるが完全に美女!
まさに俺の理想の女性!
最初はきゅんきゅんする自分の気持ちに戸惑った。でも恋ってやつは突然やって来る!
どんな強靭な心や肉体を持っている奴でも、その気持ちには逆らえない……。
とは言え俺は勇者。魔王に惚れたとはいえ何度も倒そうとしたさ。でも魔王を目の前にすると攻撃はおろか、動くことさえ出来ない。
だからいつも瞬殺される。
98回も俺は惚れた相手に殺され続けたのだ。
だが後悔はない。だって自分が惚れた相手を殺さなくて済むのだから。
相手を殺すぐらいなら俺は何度でも死のう!
そう、それが恋の力さ‼
「……ス。……ロス。おいグロス‼」
「ふぇ⁉ は、はい!」
「何ボーっとしてんだよ! 国王様がお呼びだ!」
魔王の事を考えてニヤけている俺は、神父の怒鳴り声で我に返る。
「生き返ってすぐニヤけるなんて気持ち悪い奴だな! さぁ一緒に来い!」
教会のベットに寝そべる俺を強引に起こした神父は、力強く国王の元へ連れて行った。
「グロス君困るよ~。君これで何回目? 10回や20回ならまだしも、君これで98回目だよ⁉ どんだけ死ねば気がすむの⁇」
王座に座る国王は俺を見ながら呆れ顔である。
国王ばかりか、その場にいる全員が呆れている。
98回も死ねば誰でもそうなるのは分かるが、さすがに視線が痛い……。
「君強いよね? 確かレベル99だよね? 武器も最強だよね? そんな君が何で負けるの? 何で98回も死ぬの? ねぇ何で? 教えてくれるかな? えぇ‼」
ネチネチ質問攻めしてくる国王。
国王のおっしゃる通り俺のレベルは99。
勇者として最高のレベルである。
武器も、「勇者の剣」「勇者の盾」「勇者の鎧」「勇者のマント」「勇者のベルト」「勇者のブーツ」「勇者のポーチ」「勇者の下着」とまさに勇者づくしで最強である。
まさに歴代の勇者の中で最強を誇る俺‼
よって不思議に思うのも無理はない。でも言えない。魔王に一目惚れして倒せないなんて口が裂けても言えない。
「ねぇ聞いてる? 何での? 何で君はめちゃくちゃ強いのに死んじゃうの? 君の強さでも倒せない魔王なの? そんなに魔王は強いの? ねぇ何で? 何でよ⁉」
冷たい視線を俺に浴びせながらしつこく聞いてくる国王に俺は誤魔化すように、
「つ、次は必ずや倒してきますから!」
「それ何回目よ? 前もその前も、ずっと前からそう言ってるよね?」
「こ、今回は絶対に倒しますから!」
「まぁ、いずれにしても次また負けたら困るの君だけどな」
「えっ?」
「では改めて伝える! 勇者グロス・シオンよ! 魔王バジディリーナを倒してこい!」
「か、かしこまりました!」
国王の言う、「俺が困る」部分が気にはなったがとりあえず俺は再び……いや、99回目の魔王討伐に向かった。
城の兵士たちはもちろん、街中の国民達全てに睨まれる俺。
「またあいつ死んだんだろ?」
「あんな弱い奴、誰が勇者に選んだよ! まだうちの母ちゃんの方が強いぜ!」
「いい加減違う勇者に変えたら? 生き返らせるにも税金使ってるんでしょ? お金の無駄使いよね」
「あ~あ、あいつが勇者じゃこの世界も時間の問題で無くなるな……」
俺に対する陰口がそこかしこから聞こえてくる。
こんな思いも死ぬ度に経験するが、何度経験しても胸が締め付けられるほど苦しい。
確かに俺はこの世界の運命を託されている。
だから本当は魔王を1日でも早く倒してこの世界に平和を取り戻さないといけないのだ。
でも魔王の前に行くと胸がきゅんきゅんしてダメなんだよな……。
だがもう、本当に、次こそは本当に魔王を倒さねば!
こんなことを何回も繰り返してはダメなんだ!
自分の置かれている状況と、魔王への想いとで葛藤する俺は、再び……いや、99回目となる魔王討伐に向かうのであった。