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彼女の事情

 翌日早朝、祖父母宅を出発する。じいちゃんのサムズアップと、ばあちゃんの微笑みが何を意味しているかは考えたくない。

 瞳とはまともに会話できていない。ということは誤解も解けていないってことだ。なんかいろいろ問題だけが積みあがってゆく。頭が痛い。

 なんかぐるぐると考えていたら酔った。乗り物酔いなんて何年ぶりだろうか。子供のころドライブに出かけるとき、テンション上がりすぎて酔っていた気がする。

「祐一さん、大丈夫?」

「うー、なんとか」

 今はサービスエリアで休憩中だ。車の後部座席で横になっている。窓を開けて外の風を入れる。熱気をはらんだ空気だけど、今となっては妙に気持ちいい。

 昨日はいろいろ考えてなかなか眠れなかったことも関係あるのだろうか。最近は便利になったもので、酔い止めとかがコンビニで買えるらしい。

 母が買ってきてくれた薬を飲んで、少しぼーっとしているといつの間にか寝てしまったようだ。気づいたら見慣れた景色が流れており、自宅周辺であることを理解した。

「あ、もう着くんだ」

「そうだな、祐一、良く寝てたな」

「あー、ごめん。昨夜あんま寝てなくて」

「そうか、まあ、後ろを見ればわかるが……」

 振り向くとほかのみんなも眠っていた。運転交代もなしに父はずっと車を走らせていたようだ。と言っても免許を持っているのは伯父さんだけで、まだ高2の俺は免許を取れる年齢に達していない。

「まあ、あれだ。祐一、悩みがあるならいつでも聞くからな?」

「え? うん、ありがとう」

 夕べ寝れなかったというのをどうも深刻にとってくれたらしい。

「あと半年もすれば3年に上がる。そうなれば次は進路だ。まあ、いろいろ大変な時期になる」

「うん、そうだね」

「なんかやりたい事とかはないのか?」

「そうだね、まだちょっとぼんやりしてる」

「そうか……まあ、なんでもいい。お前はまだ何にでもなれるからな」

「なににでも?」

「そうだ。今のお前はまだ可能性の塊だ。当たって砕けるのも一つの正解かもしれないぞ?」

「うん、本当に砕けたらどうしようって思わなくもないけどね」

「失敗を恐れて、まったく行動をしないのは、あらゆる行動の中で最低最悪だということは理解しなさい。まず何かをしてみなければうまくいったはずのことまで最悪の結果になる。仮に同じ結果になったとしても、自分でそれに向かったのか、ただ見過ごしたのか、大きな違いだと思うぞ」

「うん、何となくわかる」

「何をするにしても、悔いだけは残すな。あの時こうしていればよかったとか。泣くに泣けないぞ」

 父の激励にいろいろと考えさせられた。今俺が一番大事なことは何だろう。考えれば考えるほど一つのことに集約してゆく気がするのだ。

 

 瞳とは気まずいままだった。何とか話しかけようとするんだけど裂けられている雰囲気がありありとしている。

 夏休みの宿題を友人たちで集まってするという話になり、瞳も参加することになっていた。

 そしてなぜか、来たのは香織だけだった。ちなみに場所は俺の部屋である。一応エアコンがあるしということが理由だった。いっそ図書館かどこかにすればいいと後から思ったが、どうも季節柄かなり混んでいるらしい。

 香織を見て瞳が一瞬固まる。けど次の瞬間には普段通りの表情を浮かべて駄弁り始める。

 しばらくはシャーペンを走らせる音と、たまにゴーッとエアコンが唸る音だけが鳴り響く。

 その日は特に何もなく、香織は思ったより進んだ宿題を手に、ニコニコで帰っていった。

 そしてなぜか瞳は俺の部屋にいる。最近はこの部屋に立ち入ること自体が少ない。実に珍しいことだ。


 テーブルに座っていた瞳がノートやテキストをまとめてカバンに放り込む。そして立ち上がろうともせずにじっと俺を見つめてきた。

 沈黙が場を支配するけれど、不快ではない。むしろどことなく心地よい。

 そんな沈黙を破ったのは瞳の方だった。


「あのね、なんて言いかけたの?」

「え?」

「私が香織さんとのことを言った後で、何か言いかけたよね?」

「ああ、それは……」

「うん」

「あの会話はありていに言えば、悪ふざけだ。じゃれてただけともいう」

「え? どういうこと?」

「なに、あいつがナメた口をきくからちとお仕置きをしたんだが、やりすぎてな」

「え、舐めた……? おしおきで?」

「待て、なんでそうなる?」

「やっぱり……」

「うん、間違いなく変な勘違いしてるからね?」

「もういい、聞きたくない!」

 大声を出すとか珍しいとか思っていたら、瞳の目に見る見る涙があふれだす。

「ってどこ行くんだ!?」

「ついてこないで!」

 ドアを開けて走り出す瞳。くそ、どうしろってんだ。

 ただ、ここで追いかけないのは絶対にまずい気がした。しびれる足に活を入れて走り出す。

「待てって! というか今逃げてもお前何の解決もしないだろ!」

「うるさい、来るな変態!」

「誰が変態だ!?」

「お兄ちゃんのばか!」

「ってお前、今なんて……?」

 そして大通りに飛び出す瞳。横合いから車が迫る。けたたましいクラクションの音と、急ブレーキの擦過音。スローモーションのように動く世界で、俺は何とか瞳を突き飛ばすことに成功した。

 助かった、そう思った刹那、体がバラバラになりそうな衝撃を受ける。

 ああ、俺が代わりにぶつかったのか。再びスローモーションな世界で、瞳と目が合った。その目は別の意味で泣きそうな顔をしている。できたら死にたくないな。好きな子を守って死ぬとかかっこいいけど、あいつを泣かせっぱなしにするのは格好悪い。

 そして再び背中から落ちたのか、衝撃が加わる。その一撃に俺の意識はあっさりと刈り取られ、視界は暗転した。

 お兄ちゃんと呼びかけるひとみの声だけ聞こえた気がした。

 

 目を覚ますと知らない天井だった。具体的には病院のベッドの上だった。なんか右手が動かないと思ったら瞳が縋り付いて寝こけている。足はぐるぐる巻きになっており、あー、折れたなと唐突に理解した。

 どうやら俺は2日間意識が戻らなかったらしい。俺が目を覚ましたことを知った瞳が俺に抱き着いてくる。「オウフ、ヤワラカイデゴザル。イイニオイデゴザル」とピンク色に染まり掛けた脳内を激痛が埋め尽くす。悲鳴も上げられず苦悶に気付いて、瞳はすぐナースコールをしてくれた。


「お兄ちゃん、ごめんなさい」

 そう言って縋り付く瞳をやさしく抱き返す。

「違うだろ? 俺はそんな言葉は聞きたくないな」

「えっと……」

 考え込むそぶりを見せた後、理解してくれたようだ。

「助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。というか、お前ケガしてないか?」

「うん、転んだとき擦り傷ができたくらい」

「そうか……んじゃ、一ついいか?」

「うん、なに? リンゴ剥こうか?」

「ちゃうわ。すごい勝手なことを言うけど黙って聞いてくれ」

「……はい」

「お前を無傷で守れなかった、傷ものにした責任を取って一生一緒にいたらだめかな?」

「それって……」

「うん、やっぱ俺、瞳が好きなんだわ。誰になんて言われても、お前に彼氏ができたって聞いても、あきらめられなかった」

「うん、嬉しい。けどね……私たちいとこ同士なんだよ?」

「そうだな」

「いとこ同士って結婚できないんだよ?」

 すごい沈黙が場を支配する。それを何か勘違いしたのか、瞳は目に涙をためている。

「マテ」

「え?」

「それ誰に聞いた?」

「香織さん」

「そうか、んで、そのことについて裏付けは取ったか?」

「え? どういうこと?」

「具体的にはだ。法律について調べるとか、したか?」

「してないよ?」

「お前勉強できるのに、なんで時々そんなに抜けてんだよ……」

 とりあえず枕元にあったスマホでググる。うん、出てきた。

「これ読んでみ」

「はい……えっと第734条 直系血族又は3親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない」

「よくできました。そしていとこの続柄の親等を調べなさい」

「4親等」

「はい、ここから導き出される結論は?」

「結婚……できる」

「そう、正解だ」

「う、うわあああああああああん」

 唐突に瞳が号泣を始める。俺は瞳を抱き寄せた。目が合う。視線が絡み合い、目が閉じられてゆく。そのまま唇が重ねられた。この時、今まで俺を悩ませていた15センチが0になった瞬間だった。

 ちなみにそのまま盛り上がってしまって瞳の服に手を突っ込もうとして、訪れたナースさんに生暖かい目で見られたのは俺たちの黒歴史である。

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