二章 19 「無能術」
ローゼの屋敷に戻ったタクミ達一行は避難していた人々に戦いの終結を伝えた。
歓声を上げる人、安堵から座り込む人と様々だったが皆が喜びをあらわにしていた。
「タクミ様。」
屋敷に戻ってきたタクミにマルクが声をかけてきた。
「ローゼお嬢様を無事連れ帰ってくださいまして真にありがとうございます。本当になんとお礼をしたらいいのか・・・」
「お礼とかいいんだって!マルクさん。もともとそのつもりでウルガンドには来たんですから。だからマルクさんが気にしないでください!」
「ありがたきお言葉。本当に感謝しかありませぬ。」
「マルク、心配かけてごめんね。」
ローゼがマルクに申し訳なさそうに声をかけた。
「こうして無事に帰って来てくれたのですからそれで十分ですよ。さあ皆さんお疲れでしょう。あちらにお部屋を用意しましたのでどうぞ休まれて行ってください。」
マルクに案内されて用意してあった席に座るタクミ達。
「今回はウルガンドの危機を救っていただきありがとうございます。ベルトール家の当主に代わって感謝申し上げます。」
ローゼが皆にむけて頭を下げた。
「ローゼ様、頭をお上げください。今回の事は我々が独断で行ったことですのであなたが気に病むことはありませんよ」
ドズールが口を開く。
「いいえ。それでも貴方達が来てくれなかったら今頃このウルガンドは奴らに蹂躙されていたことでしょう。本当にありがとうございます。」
「それでこれからはどうするんだ?」
タクミがローゼに質問した。
「そうね・・まずはウルガンドの復興にしばらくはかかるでしょうね。また邪神教徒の軍が攻めてこないとも限らないし。」
「しばらくは人手が必要でしょう。アーバンカルから軍と復興に必要な人手を派遣しましょう。これで邪神教徒も迂闊にはウルガンドに攻めてくることはないでしょう。」
ドズールが提案した。
「それは助かります。長い間戦いが続いていたのでこれからが大変かもしれないけど頑張っていくしかないわね。タクミ達はこれからどうするの?」
「俺は・・・えーっと・・」
タクミは気まずそうにドズールの方を見た。
「まあ、タクミの今回の行動は重度の命令違反を犯したのは間違いない。本来なら魔法騎士団を解雇となってもおかしくないものなんだが・・・結果として狂魔六将の一人を討伐した上に街を一つ救えたんだ。タクミの今回の事には目をつぶってやろう。」
「マジか!?良かったぁー!てっきりクビになったとばかり思っていたからな。」
「良かったねタクミ!」
レミがニコッとタクミに笑いかけた。
「だが次はないと思えよ?」
浮かれているタクミにドズールがクギをさした。
「それはそうとタクミ。気になっていたのだけど・・・さっきのベルモンドとの戦いで見せたあれって一体どういうことなの?」
ローゼがタクミに質問した。
「あれって・・・ああ。あの無能術の事か?」
「無能術?」
その場にいた皆が口をそろえて聞いた。
「そうよ。あんな魔法見たことも聞いたこともないわ。エドワード大魔導士様の魔力をもらったとも言っていたわね?詳しく教えてもらえるかしら?」
「そうだな・・・俺はあの時ローゼ達と別れてから爺さんと一緒に修業を始めたんだ。その中で俺が魔法を使えないのは俺の中にある魔法回路っていうものが、この世界にある魔法とうまくつながらないのが原因だってあの爺さんは見抜いたんだ。それでこの刻印を俺につけたんだ。」
そういうとタクミは胸元の刻印を見せた。
「この刻印をつけたことによって俺は魔力を使って魔法を使えるようになったんだ。でも魔法を使っていくうちに精霊術以外の魔術があることに気づいたんだ。」
「それがあの無能術っていう魔術なの?」
「ああ。あれは俺の中にあった異質な魔法回路とこの世界の精霊術が特別な反応を起こした結果生まれたモノだって爺さんは言ってたぜ。まあ無能術なんて名前は俺が勝手につけたんだけどな!」
「だからって人の魔力を奪うなんてありえるの?」
「人の魔力を奪うだって?」
さっきの戦いを見ていなかったドズール達は驚きの表情をしていた。
「そうだな。それも俺がもともとは何の取柄もないからこそできたんだってさ。爺さんが言うには{何も持たぬ無能だからこそ何事にも縛られず、何者にも固執せずにその全てを取り入れることが出来るのだろう}なんて言ってたよ。ようは取柄の無さが極まりすぎた結果こんな魔術が生まれたってことさ。」
「なるほど・・・じゃあタクミはエドワード大魔導士様にもあの魔術を使ったってことなの?」
心配そうにローゼがタクミに聞いた。
「まあな。だけどあの爺さんは自分から魔力を俺に渡してきたからベルモンドみたいに苦しまなかったぜ?あとは俺らのような若い者の時代だからワシにはもう魔力は必要ないからってな。どこかで隠居生活を送るとか言ってたよ。だから安心しろよ!」
「そっか。なら良かったわ!なら今のタクミはベルモンドの魔法も使えるようになっているってことなの?」
「ああ。ただ基本的にはこの刻印を解放した時にしか人から奪った魔力は使えないみたいだ。あれは魔法の威力もすごいけど消費も激しいから長くは使えないんだ。だからあれは奥の手ってやつだよ。」
「ふーん。そんなことがあったのね。タクミがあんなに魔法を使えるようになっていたなんて正直驚いたわ。それでさっきの質問だけどタクミはこれからどうするの?」
「魔法騎士団もクビにならなくて済んだみたいだしとりあえずはアーバンカルに戻るとするよ。そして邪神教徒の奴等を捕まえることにするよ。」
「邪神教徒を!?なんでそんなこと思ったの?」
タクミの言葉に目を丸くするローゼ。
「俺・・・今回の戦いで思ったんだ。今回はなんとか勝つことが出来たけど他の街にはここと同じようなことが起きてるかもしれないんだろ?ならあんな危険な奴らを放っておくことは出来ないなって。だから邪神教徒も残りの狂魔六将も全部倒してやろうと思ってな!ダメか?」
「ううん。ダメなんてことないわ。ただなんだかずいぶん変わったなって思ったの。・・・そっか。なら私も協力するわ!」
「ハハハ。まあいろいろあったからな。でも協力するっていってもローゼもこれからウルガンドのことで忙しいんだろ?」
「そうね。すぐには難しいけど邪神教徒を倒すことは私の目的でもあるのよ。父の為にもそして・・・・私の姉の為にもね」
「姉?ローゼに姉ちゃんなんていたのか?」
タクミはウインズの屋敷で見た絵画を思い出した。
そっか、あの絵に映っていた赤ん坊がローゼで、後ろの方にいたのが姉ちゃんてことか・・・
「ええ。ラザリーという姉がいたわ・・・・」
ローゼの瞳が少し険しくなった。
「そういえば聞いたことあるわ。たしかウルガンドには凄い炎使いの姉妹がいるって。あれってローゼさんのことだったのね」
エリーが思い出したように言った。
「凄い姉妹って言っても、ラザリー姉さんは私なんか比べ物にならないほどに凄い魔法の力を持っていたわ。まさに私の憧れだったわ・・・でも5年ほど前に突然失踪してしまったわ。そして半年前にこの屋敷に現れたわ。それこそ狂魔六将の一人としてね。」
「狂魔六将だって!?ローゼの姉ちゃんが?なんだってそんなことになったんだよ!?」
「私にもわからないわ。あの時見たラザリー姉さんは全くの別人だったわ。あんなに優しかった姉さんがあんな冷たい目をしていたなんて今でも信じられないわ。そしてラザリー姉さんはその手で実の父親を手にかけたの・・・」
「もしかして狂魔六将の中の赤髪の冷酷魔女なんて呼ばれてるのは・・・」
「そうよ。私の姉さんの事よ。だから私はラザリー姉さんに真意を聞くためにも邪神教徒を倒さないといけないのよ!絶対に何か理由があるはずなんだから。だからウルガンドの復興が落ち着いたら私もタクミの力になるからよろしくね。」
ローゼはタクミに笑顔を見せた。しかしその笑顔はどこか無理をしているようだった。
こうしてタクミ達はローゼの屋敷を、そしてウルガンドを後にしてアーバンカルに帰還することにした。




