第869話 武雄の散策。6(寄宿舎。)
ここは寄宿舎の203号室。
「着きましたね。」
武雄が室内を見回している。
「はぁはぁはぁ・・・しょ・・・所長疲れました。」
ベイノンが訴えかけて来る。
「ほんと・・・移動には何にも疲れないのにこの部屋にこの執務机を入れるのがこんなに大変だなんて・・・
引っ越し業者は凄いですね。」
オールストンも疲れた顔で言ってくる。
そう、持ち運ぶのに体力は何も問題ない男性陣。
なのに寄宿舎の階段から廊下、そして部屋に傷を付けないようにして入れるのに苦労していた。
「右を持ち上げろ」「下を上げろ」「一旦上に持ち上げてから左に倒せ」等々皆で考えながら運んでいた。
「はい、お疲れ様です。
ジーナ、机はどこに置きますか?」
「一応、窓際でお願いします。
あとは4月に引っ越して来てからベッドとかを買いに行こうかと思っていますので、その際に移動させます。」
ジーナが10㎏の豆が入った袋を両手で抱きかかえながら言う。
「それで良いでしょう。
その辺の価格調査は私が出立して以降にしなさい。
キタミザト家の経費で落としますからね。
上限はありますが、ジーナが欲しい物を買いなさい。」
「ありがとうございます、ご主人様。」
ジーナが礼をする。
ジーナがクローゼットの中に穀物を置いている時に。
皆が室内に車座になって休憩していた。
「所長、先ほどの話ですが。」
アーキンが聞いて来る。
「コロバル商会ですか。
・・・何か気になりますか?」
「所長が割と簡単に引いたのが気になります。
もっと食い込んでいくかと思ったのですが。」
アーキンが言うと他の面々も頷く。
「・・・後援組織がハドリー家でしたね。」
「ええ。
所長への『慣例の暴行』をした者達です。
今は王都から退去されていますが。」
「あそこで出て来た名前が現状の貴族や店主なら文句を言いに行こうかと思っていましたが、すでに王都には居ません。
文句を言う相手が居ないのですから諦めたまでです。」
武雄がヤレヤレと手を上げながら言う。
「その後に何か提案をしようとしていましたが?」
アーリスが聞いて来る。
「それは・・・あの組織を『どう使うのか?』という事ですね。」
「裏稼業に首を突っ込むと?」
「それは見方や考え方の問題です。
結局の所、ああいった裏稼業の方々を一掃する事は出来ません。
世の中には『必要悪』という物があります。
今の者達を一掃しても新たに生み出されて来ます。
なら既存の者達を使って情報を得ることが望ましいと思うのが普通です。」
「ですが・・・所長、それは危険があるかと。」
「それは当然です。
やるかやらないかの判断をするのももちろんですが。
やるのならどういった情報を得るのか。
その真偽をどう見極めるか。
見返りは何を出すのか。
取り込まれる恐れはどの程度なのか。
王都内の文官、武官にどのくらい影響があるのか。
・・・結構事前に想定しないといけない事が多いでしょうね。」
武雄が腕を組んで考えながら言う。
「所長は入り込んでいると思いますか?」
アーリスが聞いて来る。
「入り込んでいないと思う程、王都に夢を見ていませんよ。
それに・・・私は襲撃を受けた立場ですからね。
上位機関の者がああいった行動をするのに末端の裏稼業の組織が真っ当にしていると思うわけないでしょう。」
武雄が苦笑する。
「まぁ・・・その通りでしょうか。」
アーリスが難しい顔をさせている。
「どこまでそういった他人の意思で動く者が入っているのかは知る由が無いです。
王都守備隊、王都第1騎士団、王都第2騎士団、各王家騎士団・・・最高峰の部隊であろうが、各貴族の兵士達であろうがです。
選定方法が間違っているとかそう言った事ではないです。
入る前から知り合いだったかもしれませんし、その要職に就いたから近づいて来たのかもしれません。
金銭の授与なのか、家族的に何かあるのか・・・要因なんて人それぞれでしょう。
権力を持った者にある共通した注意事項が喚起されます。
それを要約するなら『高価な物を持って来る者には気を付けろ。美女が近寄って来たら気を付けろ。甘言を言う者には気を付けろ』となります。
近づいて来る者は何かしら意図がある。それが良い事であるか悪い事であるかは各々が判断するしかありません。
その辺は経験や知識で補うしかないでしょうけどもね。」
武雄が言う。
「そうですね。
所長ならどうしますか?」
「高価な物は提示されても1回蹴ってから私が欲しい物を手に入れます。美女は婚約者が立ち合いの下に謁見でしょうか。甘言はされたらもっと良い甘言を相手にして私に有利にします。」
「それが出来るのは所長だけですよ。」
ブルックが呆れる。
「ふふ、そうではないですよ。
私の価値基準が金銭や高価な物品ではないだけです。
それに男を落とすなら美女を差し向けるのが最短であるのは今も昔もこれからもでしょうけどね。」
武雄が笑う。
「美女かぁ・・・」
ブルックが周囲の男性陣を見渡す。
「うん、奥さんにチクってやる。」
「「「何もしてないぞ!」」」
「いや・・・そこは『何もするわけない』でしょうが。」
アーキンが他の男性陣をため息交じりにツッコむのだった。
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