第826話 ライ麦の交渉をしてみよう。
「さて、これで麦茶は出来ますか・・・
料理長、穀物の仕入量は誰が管理するのですか?」
「私ですね。」
料理長の言葉に武雄は動作を止める。
「・・・ヴィクター、マイヤーさん達と協力して王城周辺の穀物問屋、販売店でライ麦の販売価格と産地を調べなさい。」
「はっ!」
「ジーナはヴィクター達からもたらされた情報を元にスミス坊ちゃんとアリスお嬢様と話し合ってエルヴィス伯爵領から直接卸す場合の価格を決めなさい。」
「わかりました、ご主人様。」
「タケオ様、王城に直接卸すのですか?」
スミスが不思議そうな顔を武雄に向ける。
「はい。」
「でも取引している問屋があるのではないですか?」
「あるでしょうね。
でも料理長はライ麦については全品種揃える為だけに買っていると宣言しています。
現状の取引を止めろというわけではありませんから問題ないでしょう。
あと麦茶の需要としては・・・まぁ毎日1kg使うとして、月に30kg、年360kg、大体セリーナ殿下の子が3歳になるまでと考えるなら4年は必要でしょうか。
やはり新たにライ麦を長期間購入しないといけません。
ならエルヴィス伯爵領で生産されている穀物を、全体から見たら少量かもしれませんが納入先を確保して農家を支援したいと思ったまでですよ。」
「なるほど。」
スミスが頷く。
「さらに殿下達が飲み始めると他の者達も飲み始めて価格が少し変動するかも知れませんね。
そこをどう考えるか・・・あ。」
武雄がスミスを見ながら何か閃く。
「・・・そこはかとなく嫌な予感が・・・」
スミスが怯える。
「スミス坊ちゃん・・・いや、エルヴィス家次期当主殿。
ライ麦を王城に直接卸す事を進言致します。」
「タケオ様、改まってなんですか?」
スミスがジト目で見てくる。
「いえ、良く考えたら穀物の販売は私に権限が無さそうですから交渉は出来ないと思うのです。
なので次期当主殿、代わりにしてはどうですか?」
「?・・・タケオ様はいろいろ価格の話をしていますよね?」
「私が発案して作って貰った物については、ですね。
作物は基本的にはエルヴィス家管轄でしょうね。
それにこういう割りと楽な交渉からしてみると良いかもしれません。」
「ですが、僕はまだ未成年で、ちゃんとした交渉なんてした事ないですよ。」
「そうですか。じゃあ今回が初体験ですね。」
武雄はそんな事をさらりと言ってくる。
スミスは何を言っても武雄は考えを変えないだろうと確信する。
「はぁ・・・タケオ様、失敗したらどうするのですか?」
「どうもしませんね。
スミス坊ちゃん、ライ麦は王国内では人気がなく食べられていないのでしょう?
今までだって大規模な納入なんてされていない物が今回王城では採用されないだけです。
元々なかったのですから失敗しても痛くもないです。
むしろ仕入れてくれるのなら販路を1つ作ったという実績が出来るだけですね。」
「ん~・・・」
スミスがうな垂れて考え込む。
「・・・物事は分け隔てなく唐突に始まる。」
武雄がボソッと呟く。
「あ!」
スミスが顔を上げて武雄を見る。
「丁度お姉さん方が集結していますね。
そこに助力を請うてみましょうか。
料理長にどういう風な説明をするのか、提示金額と納入量をどうするのか、相談してみると良いでしょう。」
武雄が朗らかに言う。
「タケオ様は一緒に考えてくれないのですか?」
「私は麦茶作りがありますからね。
ここを離れませんよ。
エルヴィス家4姉弟で考えてみてください。
あ、必要な資料や助言が欲しいなら相談に来ても良いですが・・・その際はジーナを伝言に寄こしてください。
ジーナ、大丈夫ですか?」
「はい、ご主人様。畏まりました。」
ジーナが礼をする。
「料理長はどうでしょうか?」
「構いません。
どちらにしてもまだ買うかもわからないのです。
交渉で良い条件が示されるなら自分の裁量内で購入を決めさせて貰います。」
「はい、ありがとうございます。
ではヴィクター、ジーナ、スミス坊ちゃん、行動をしなさい。
あ、ジーナ、3時間後くらいに麦茶の試作を持って行くと伝えてください。」
「「はい。」」
ヴィクターとジーナが返事をする。
スミスはガックリとしながら頷くのだった。
・・
・
スミス達が去って。
「さてと、ちょっと外します。」
腕を組んでいた武雄が料理長に言ってくる。
「はい、わかりました。
どちらに?」
「専売局と経済局に行ってきます。」
「わかりました。
器具は何を用意しておきましょうか?」
「とりあえずフライパンと茶器を3セット程。あと小さめの器を数個ですね。」
「わかりました。」
「ではまた後程。」
武雄が厨房を後にする。
「さて・・・今の残り予算はいくらだったかな。」
料理長も動くのだった。
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王城内の皇子妃達が居る部屋にて。
「失礼します、戻りました。」
「失礼します。」
ジーナとスミスとマリが許可が出されて入って来る。
「あ、おかえり。
ジーナちゃん、タケオ様に伝えた?」
「はい、3時間後に試作品を持って来ると言っておい・・・あ・・・」
ジーナが固まる。
「ん?どうしたの?」
アリスが聞き返す。
「いえ・・・コノハ殿が言った作り方をお教えするのを忘れました。」
「??でもタケオ様は作ると言ったのでしょう?」
「はい。」
「ならわかっているんでしょうね。」
アリスが苦笑する。
「タケオも麦茶を作る気だったのかな?」
コノハが首を傾げている。
「はい。妊婦と子供の為に作ろうとは思っていたと仰っていましたが。
で、アリス様、ジェシー様、レイラ殿下、ご主人様より依頼があります。」
「なんでしょう?」
「うん?」
「何々?」
アリスとジェシーとレイラが聞き返す。
「スミス様が王城の料理長とライ麦の納入について金額と数量の交渉をする事になりました。
助力して欲しいとの事です。」
ジーナが真面目に伝えるが、その場の面々は固まっている。
「・・・タケオさん、相変わらず早いわね。」
セリーナがため息交じりに言う。
「ウスターソースを思い出すわ。」
ローナもセリーナと同じ顔をさせながら言ってくる。
他の妃達や子供達とエリカも微妙な顔をさせている。
一様に「いつものタケオさんだ」という呆れた表情なのだが。
「はぁ・・・わかりました。
スミス、皆の前に座りなさい。
それとジーナちゃん、厨房でのやりとりを聞かせてくれる?」
ジェシーが場を仕切り始めるのだった。
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