第774話 合同新兵訓練。
ゴドウィン伯爵領の広い平原にゴドウィン伯爵軍、テンプル伯爵軍、エルヴィス伯爵軍の新兵が揃って軍事訓練が行われていた。
そしてそれらを一望する場所にゴドウィン伯爵とその配下の新騎士団長が見守っていた。
今日は全体行進(突撃を含む)訓練がされていた。
「・・・テンプル伯爵軍の新兵は出だしが少し遅れているな。」
「そうですね。
ですが、ゴドウィン伯爵軍のが割と早いとも見えますね。
なので総じていえばバラバラです。」
「ふむ・・・エルヴィス伯爵軍は・・・あれが正規の動き出しだな。」
「ええ、流石に実践経験部隊ですね。
皆の息が合っていますし、落ち着いています。」
「はぁ・・・普通は新兵は早くなるか遅くなるか・・・はたまた両方か。
小隊単位ですら息を合わせられなくて怒られるのにな。」
「ええ。あ、行進が終わって・・・怒っていますねぇ。」
騎士団長が苦笑する。
「・・・『合同訓練を企画しているゴドウィン伯爵に恥をかかすのか』とかなんとかか。」
「はい。
テンプル伯爵軍の兵士長も皆の前に立って何やら怒っていますが・・・」
「あっちは『最前線ではないからと気を抜くな』とかか。」
「ですね。毎年お決まりの文言でしょうけど・・・
ん?エルヴィス伯爵軍は整列させて横を確認していますね。
声を荒げているようには見えませんが・・・」
「・・・整列の間隔を見ているのか?
確か明日は防御訓練だったか?」
「はい。うちの魔法師部隊総勢5部隊による一斉射撃の防御ですね。
盾の準備は終わっています。」
「そうか・・・ならエルヴィス伯爵軍はその間隔の確認だな。
盾を装備すると間隔が命だからな。」
「はい。開け過ぎず詰め過ぎずが行進訓練の基礎ですので。
それに初めの方は通常の間隔が防御戦での間隔だとは教えていませんし。
慣れるように仕向けているだけですからね。」
「それ・・・初めから教えた方が良いんじゃないか?」
「んー・・・どうでしょうか。
まずは行進の速さを教え、間隔を教え、防御を教え、戦闘を教えるのが基本となっています。
1年が経過し、どれも教えているはずなのですけどね・・・
これが小隊単位なら出来ていても総勢300名だと出来ないんですよね。」
「そういう物か。」
「その為の合同訓練です。
明日は魔法師が攻撃側です。不測の事態に備え回復薬の準備と魔法師の配置等々は済ませていますが、明日の朝一で幹部達で最終確認をする予定です。」
「そうだな。訓練で大けがをする必要はないだろう。」
「はい。威力は抑えますので死者は出ないでしょうが、気を引き締めます。」
「あぁ、そうだな。
両伯爵から預かっている新兵だ。成長させて返さないとな。」
「はい。」
ゴドウィン伯爵と騎士団長が頷くのだった。
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一方のエルヴィス伯爵軍第16新兵小隊、第17新兵小隊が整列していた。
そこに第15魔法小隊の面々と兵士長が列間隔を見ている。
「そこ!1歩前に出ている!腕立て20回!」
「はっ!」
言われた新兵がすぐにその場で腕立てを開始する。
「・・・そこ!左に1歩ズレている!腕立て20回!」
「はっ!」
「そこ!1歩後ろにズレている!腕立て20回!」
「はっ!」
「そこ!前に」
地獄の腕立て伏せが開始される。
・・
・
一通り修正した列を前に第15小隊と兵士長が横に並んでいる。
「んー・・・兵士長どうでしょうか。」
第15小隊長が兵士長に聞いて来る。
「・・・後ろに20歩、反転20歩でこの位置に。
そこでもう一度しよう。」
兵士長が命令する。
「はっ!
総員回れ右!」
小隊長が号令すると新兵が180度回転し、後ろを向く。
「20歩前進!」
・・
・
「総員!回れ右!」
「20歩前進!」
・・
・
「総員整列!」
号令と共に止まった列が皆修正して行く。
「直れ!気を付け!」
号令され。第15小隊の面々が確認していく。
「そこ!1歩後ろにズレている!腕立て20回!」
「はっ!」
「そこ!1歩前にズレている!腕立て20回!」
「はっ!」
・・
・
「んー・・・今度はどうでしょうか。」
第15小隊長が兵士長に聞いて来る。
「良いだろう。
第16小隊長!第17小隊長!次の指示があるまで小休憩して良い。
次も全体行進だな。次は列を乱すな。」
「「はっ!」」
そう言い終わり兵士長は皆の元から離れ他の指揮者が居る詰め所に向かう。
後ろでは「総員休め!今のうちに所用を済ませろ!次は上手く終わらせろ!」
と指示と激励が飛んでいる。
・・
・
「失礼します。」
各伯爵軍の指揮官やゴドウィン伯爵家の軍務局の人員が詰めている小屋にやって来る。
「アバン・デビット兵士長、お疲れ様です。
席にどうぞ。今は各自休憩になっているのですね。」
と兵士長が勧められた席に移動すると文官がお茶を持って来る。
「はい、ありがとうございます。
今年は怒る事が少ないのですよね・・・」
兵士長が誰ともなく言う。
「はは。エルヴィス家は最近襲撃がありましたからね。
いやぁ、あの時はうちも一報が来た時に一斉招集がかかりました。」
ゴドウィン伯爵家の文官が言ってくる。
「そうでしたか。
一斉招集は訓練できないですね。」
「ええ、各自で即応できるように準備はしていますが、一斉は中々・・・
エルヴィス家ではどうですか?」
「うちも一斉は・・・あの日はキタミザト卿が居てくれて助かりました。」
「はは、報告は私達も見ました。
凄い奇才ですね。そしてそれを行動した貴方方も流石でしょう。
私達も見習わないといけないと思っています。」
「いえいえ。行動できたのは訓練の賜物です。
あれでも死傷者が数十出る算段をキタミザト様もされていました。」
「そうでしたか。それはまた・・・
我らも同様な襲撃があった際にちゃんと動けるよう訓練するしかないですね。
それと回復戦法と名を打った戦術をご教授頂けませんか?
どうも報告書だけでは機微がわからなくて・・・我らも試験運用してみようと思っています。」
「あ!私もお願いします!是非!」
その場にいた別の隊員も聞きにくる。
「はは。はい。では一から説明していきましょう。」
兵士長は「これは私は休憩ではないな」と苦笑しながら魔王国に面した貴族の指揮官達の共通認識を深めるのだった。
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