第766話 82日目 武雄とブルックの帰宅とハワース商会の家族会議。
「戻りました。」
武雄が王城内の部屋に戻って来る。
「おかえりなさい。」
室内に入るとアリスが扉前に陣取って待ち受けていた。
武雄は無言でアリスの前に正座する。
「タケオ様、楽しかったですか?」
「皆は楽しんでいましたが、私はそこまで楽しんではいませんよ。
まぁ多少は面白くはあったかもしれませんが。」
「・・・女性が居る店に行ったのですよね?」
アリスが訝しがりながら聞いて来る。
「はい、行ってきました。
そして行った所にブルックさんが居ましたよ。」
「はい?何でブルックさんが?」
「たまたま教えられた店が軍務局管轄の店でブルックさんが手伝いをしていました。
正式辞令はまだですので、手が空いていたので頼まれたそうです。
なので、私の横で座ってくれていました。」
「なるほど、それは安心ですね。
で、何もしていませんね?」
「手ぐらい握りましたけど。」
「ほぉ・・・」
アリスが目を細める。
「・・・こうやるんですけど。」
武雄が立て膝立ちになりアリスの手を取ってブルックにしたようにくすぐりだす。
「ひゃ!・・・タケオ様!」
アリスが手を慌てて引っ込める。
「これを周りに気づかれぬようにしてブルックさんと遊んでいました。」
武雄はまた正座に戻る。
「むぅ・・・」
「大丈夫です。これ以上をする気はないです。
言ったではないですか、アリスお嬢様の許可なく手は出しません。
・・・アリスお嬢様、同期と飲みに行っただけなのに怒られるのは理不尽です。」
武雄が堂々と言う。
「・・・殿方なのです、付き合いで飲みに行くのは全然構いません。
それに私は怒ってはいませんよ?」
「・・・」
武雄は「これはもう少しかかるな」ともう一度深いため息を付くのだった。
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武雄の相手をしていたブルックも会議室に寄ってから宿舎に戻って来た。
「ただいま~。」
ブルックが小声で言いながら室内に入って来る。
「おかえりなさい、ブルックさん。」
同室のアニータがまだ起きていて出迎える。
「あれ、まだ起きていたの?」
「はい。
今日の復習をしていました。」
「そっかぁ。」
ブルックはそう言いながら「部屋に誰か居るって良いなぁ」と思うのだった。
「どうでしたか?」
「ん?接客業務?」
「はい!」
アニータが「楽しかったですか?」と目を煌めかしながら聞いてくる。
「楽しいかと聞かれるとなぁ~。
お客の話を聞いてお酒を注いで・・・終わったら簡易報告書を書くだけなんだよね。
あ、所長達が来たわよ。」
「あ、所長が来たなら楽しそうです。
アリス様やジーナもですか?」
アニータが聞いて来る。
「ん~・・・あの店をどう説明すれば良いのかなぁ。
・・・今回は所長達新任の貴族方が来たのよ。
なのでアリス殿達は王城でお留守番ね。」
ブルックが苦笑しながら言ってくる。
「へぇ、大人の飲み会だったのですね。」
「まぁそんな所ね。
いろいろ愚痴を言っていたけど。」
「所長が愚痴を言っていたのですか?」
アニータが武雄が愚痴を言っているのが想像できないようで首を傾げる。
「所長は聞き役ね。
他の方々が愚痴を言っていたわ。
あそこも所長の情報源になりそうね。
また飲むようなことを言っていたし。」
「そうなんですね。
私もそういった所にお仕事に行くのですか?」
「ん~・・・所長がどう考えるかかなぁ。少なくともエルヴィス家ではなかったようだからないかなぁ?
でも接客を学ぶのも後々は良いかもしれないわね。
今は基礎をしっかりとやればその内教えるわよ。」
「はい、わかりました。」
アニータが頷く。
「さて、湯浴みしてこようかな?
所長は気を使ってパイプを吸わなかったけど匂いが付いちゃったわ。
アニータ、寝て良いわよ。」
「はい。」
そう言ってブルックが浴室に向かうのだった。
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ハワース商会の応接室。
モニカとモニカの旦那と父親が書面を見ながら唸っていた。
3人が見ているのは武雄から彩雲とエルヴィス家経由で知らされた初日の売り込み状況(フレデリック清書版)。
「・・・はぁ・・・」
モニカが何度めかの壮大なため息をつく。
「これで初日なんだよな。
ウィリアム殿下、ジェシーお嬢様ことゴドウィン家、テンプル家、王都の2貴族・・・」
父親が難しい顔をさせながら言う。
「・・・専属部署を立ち上げますか?」
「部署はまだ難しいな。
だが、王家はあと3つ残っている。
それに付随する貴族も多いだろう。
もしかしたら町の雑貨屋から来るかも知れん。」
「・・・本当に来ちゃったわね・・・」
モニカはラルフやローが言っていた「死ぬ気で働かないと賄えない」という言葉を今噛みしめていた。
「今の在庫は10セットか?・・・見積依頼が早々に来るだろうからすぐに見積書と注文書を送って返信が来るのに・・・大体2週間の猶予があるな。」
モニカの父親が言う。
「月々の数が固定されないと事業化は出来ないわよね。
今は在庫を増やして対応するしかないか。」
「そうだな。それにこの調子で来られると空き時間はこの製作に振らないといけないだろう。
確か、執事の方が卵の殻の手配を早々にしてくれると言っていたな。」
モニカの父親が腕を組んで言ってくる。
「・・・貴方、お父さん。
部署としてではなくて、まずは専属係として2、3名くらい採用する?」
「新たに雇用をするか・・・
作る方は何とか出来るかもしれないが見積りの送付や材料の仕入と在庫の管理が必要なのはわかっているが、新人には荷が重いだろう。」
「中堅を専属に回して新人は家具の職人で採用しますか?」
モニカの旦那が聞いて来る。
「ふむ・・・モニカはどう思う。」
「ん~・・・全員中堅は難しいよ。なら中堅1に新人2で良いかもしれない。いつかは部署化したいし準備段階という感じで出来ないかな。
それに今年前半は全員で対応して今年半ばから専属が動けたらと思うな。」
「・・・家具の販売需要が多いのは世間が異動時の4月から6月、私達の場合は2月中には材料の仕入は終わる見通しだし、本格的に注文が来るのは3月だからそれまでに在庫がどれだけ作れるかかな。
そうすれば残りは3人で何とか予定を決めて空いている職人で作れるかもしれないですね。」
モニカの旦那が思案する。
「・・・んー・・・」
だがモニカの父親が悩んでいる。
「お父さん、どうしたの?」
「その予定はいつもの年の事だよな?」
「そうね。」
「確かキタミザト様の研究所が作られているよな。」
「・・・そこまで考えてなかった・・・」
モニカがガックリとする。
「キタミザト様と確か試験小隊があるのでしたよね。
それが数十・・・さらにヴィクター様とジーナ様がいたから・・・作業机だけで相当ですね。」
「本棚や特注品もあるかも・・・どうしよう、そこまで考えてなかったわ。」
「木材の仕入れは増やせそうか?」
「どうかな。品質が良いのは去年の時に押さえておいたから・・・ん~・・・
今から探すのは来年分だし・・・
あ、この間の北の森のがあるか。あれを一般用に回すなら出来そうかも。」
「・・・そっちで特需に対応するとして・・・
黒板系の実質の今年前半の作業期間はどのくらいだ?」
「・・・6週でしょうかね。」
「・・・マズいわね。やはり雇用を増やすか、皆の作業時間を増やすか・・・」
「これは年前半の在庫を60~70セット抱える気で皆の作業工程を考えないといけないな。」
「そうね。黒板やリバーシは作り置き出来るから出来るだけ作るしかないわね。
そして家具を作っている時は鉛筆とチョークを作るようにして行けば良いのかも。」
「ふむ・・・明日、皆で考えるか。
もしかしたら工程が短く出来る方法が思いつくかもしれないな。」
「そうね。5セットごとの製作工程よりも20セット作る時の作業工程の方が短縮できる事も増えそうだしね。」
「じゃあ、明日は朝から皆で会議ですね。
皆に言っておきます。」
「うん、お願い。」
「ああ、何とか軌道に乗せよう。」
ハワース商会も動き出すのだった。
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