第742話 悩める者達。(ミシンとベアリング。)
ここはステノ技研の製図室。
「・・・」
鈴音は一人図面を見ながら悩んでいた。
「あぁぁ・・・このスライムは良いわ~♪」
テトが朝霧(青)に腹ばいに乗りながら室内をうろうろとしている。
正確には朝霧が室内を掃除しているので、テトは上に乗って満喫しているだけだ。
テトがエルヴィス爺さんやフレデリックにタマの通訳をした際に朝霧を1体譲り受け鈴音管轄になっている。
更にその時に鉛筆と消しゴムを貰って気兼ねなく鈴音は製図をしている。
「・・・」
鈴音はテトを気にする事もなく。書いては消し、書いては消しをしている。
鈴音が今悩んでいるのはミシンの機構概要だった。
実際の試作や細やかな動きを考えるのは鍛冶屋組合長が作った工房『サテラ製作所』が引き受ける事は鈴音との交渉で決まっていた。
余談だが、鈴音は初めての交渉だったが、周りの支援のおかげで何とか出来ていた。
そして現状ではミシンの試作をしてくれる運びになっている。
鈴音はその機構素案とも言うべき各所の動きを図面に書き込む作業を今している。
針の上下運動を司る機構は何とか想像が出来たので問題はないが武雄が懸念したように下糸を巻き込む方法が思いつかずに悩んでいた。
「はぁ・・・これは難しいね・・・」
鈴音が一人愚痴る。
そして先日ラルフ店長の店の奥で仕立ての見学をした事を思い出し始める。
「手縫いは上下に糸を通していく・・・でもミシンはそもそも下側と上側に糸があって各々が縫っていく・・・違うなぁ。
そうじゃないんだよね・・・上糸は針の先端で上下に行き来している。
あくまで上下運動・・・そう上下運動なんだよね・・・」
鈴音がブツブツ言い始める。
テトはその様子を見ながら「まだ大丈夫そうかな?」と思っている。
・・
・
「!?・・・」
鈴音が何やら閃く。
「そうか、上下に動く・・・針の先の糸が貫通した時に下糸が通せれば・・・
あぁ・・・どうやって下糸が通せるんだろう・・・
出来ても1㎜にも満たない隙間で・・・んー・・・でもこれしか下糸を巻き込めないよね・・・
下糸を上糸に通せれば・・・うん。上の糸で引っ張れば下も縫えるね!
そうそう、うん!これはいけるかも!」
鈴音がミシン実用化に一歩踏み出すのだった。
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こっちはステノ技研の1階のテイラーの魔法具商店。
「ん~・・・」
ゴロコロゴロコロコロ・・・
テイラーが棒ベアリングの試作品の主軸を回している。
「テイラー、ベアリングは上手く行きそうだな。」
仁王がその様子をカウンターに座りながら言ってくる。
「そうだね。
それにしてもベアリングは随分と軽く回るね。」
「そういう物だからな。
テイラーはこれが使えると思うか?」
「ん~・・・実際に幌馬車とかに着けてみないとわからないなぁ。
それに鉄製円柱の径の精度が出せるかだね。
それと荷台の荷重に耐えれるかによるだろうし。」
「・・・耐えれなかったらどうするべきだと思う?」
「そうだね・・・そもそもの硬度が足らないか荷重を分散するしかないね。」
「ほぉ。
なぜそう思うんだ?」
仁王が楽しそうに言ってくる。
「硬度が足らないのは致し方ないけど、それでも耐えられないならそれはそもそも1、2箇所では支えられないんだよ。
なら支える箇所を増やすしかないだろう?」
テイラーがさも当然のように言う。
「ふむ・・・じゃあ。車軸の荷重配置図の概算は出来そうだな。
まぁ、そもそもタケオとスズネなら時間さえあれば出来るから問題ではないか。
ならテイラーが用意しておくのはこのベアリングの鉄製を作り、最大許容荷重の試験と荷台の採寸図か。」
仁王が考えながら言う。
「・・・ニオ、今何を言ったの?」
「ん?ベアリングの試作と試験を考えたが、何か違ったか?」
「いや・・・そうじゃなくて・・・鉄製のベアリングをもう作るのかい?」
「うむ。
そもそもテイラーが言っておっただろう?『粘土で再現してから鉄製の物に挑戦する』と。
粘土が出来たから次は鉄製。そして試験だな!
それにタケオが戻って来た時にある程度試験できていないと幌馬車に取り付けられないだろう?
戻ってから試験しては時間がかかりすぎるな。」
「それはそうだけど・・・どこに作って貰うかだね。」
「ん?あのサテラ製作所に頼むのだろう?
タケオもそう言っていた。」
「ふむ・・・この時点で作ってもらうか・・・これはスズネさんに頼んで一緒に行ってもらうしかないね。」
「そうだな・・・だが、今日明日は止めた方が良いだろうな。」
「どうして?」
「今、スズネはミシンの概要図を作っているからな。
一区切りするまで待った方が良いだろう。
テイラーはその間小銃改4を作らないとな。」
仁王が言ってくる。
「シリンダー部分も歯車も確か明後日にブラッドリーさん達から来るんだったね。
それを貰ってから覚えたての魔法刻印と宝石を入れる作業だね。」
「上手く行くかな?」
「ん~・・・一応、図面上での見直しは数回しているけどね。
各部品への魔法刻印は問題ないと思う。
不安は最終的に組み上げた際の手直しが上手く行くかだね。」
「安全策は出来ているのか?」
「キタミザト様が触れる所のシールドは弾丸とかとは別の独立した宝石を使うから身体への影響はないだろうし、小銃改シリーズは実は直接の魔力を注入していなくてね。
最初に宝石を噛ませてから魔力供給されるようにしているんだよ。
なので万が一、逆流しても宝石が砕けて使えなくなるだけでキタミザト様には影響はないとしているんだよ。」
「良く考えている物だな。」
「ははは、ボイドさんが不思議がっていたね。
『何でここに宝石を入れているのか?』と最初聞かれたよ。
説明したら納得してくれたけどね。」
テイラーがその時の光景を思い出しながら苦笑する。
「そうか。
とりあえずは当面はテイラーは小銃改4の拳銃作成だな。」
「そうだね。」
テイラーが頷く。
「ん?・・・テイラー、お客さんだ。」
仁王が店の扉を見ながら言う。
「え?・・・人影はないけど?」
「良いから開けてやってくれ。」
「はいはい。」
テイラーが店の扉を開けると。
「きゅ♪」
「ニャ♪」
そこにチビッ子達が来ていて右手を上げて挨拶をしてくるのだった。
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