第740話 エルヴィス家の客間。(スライムの素体の話。)
ここはエルヴィス家の客間。
エルヴィス爺さんといつもの面々がのんびりとしているのだが。
「ん~・・・?」
エルヴィス爺さんがメガネをかけながらガラスに挟まれた紙を覗き込んでいる。
「・・・」
夕霧達は文字が読めない為、エルヴィス爺さんの反応を待っている。
「私もやっておいてなんですが・・・これは大変ですね。」
フレデリックもメガネをかけて覗き込みながら言ってくる。
「そうじゃの。
彩雲が持ってきた濡れている手紙1枚をどう見るかで検討した結果、ガラスに挟む事にしたのじゃが・・・
フレデリック、これはハワース商会と書いてあるのかの?」
「はい。ハワース商会向けの・・・受注・・・個・・・いや数量ですね。
えーっと・・・ウィリアム殿下・・・ジェシーお嬢様でこれが数量なのか。
・・・主、面倒ですね。
解読に時間がかかりそうです。
明日の朝までには終わらせます。」
「・・・うむ。彩雲は手紙の輸送には不向きなのがわかったの。
もしくはもっと大きく書いてこないといけないの。」
「伯爵、すみません。」
彩雲が残飯が入った桶の上に立ちながら頭を下げる。
「いやいや、彩雲を責めたわけではないのじゃ。
それに手紙を運ぶというのは初めてなのじゃろう?
これは試験だからの成功もあれば失敗もある。
今回は失敗じゃった。
じゃが・・・水が入らなくて軽い物なら紙に体液が染み込まずに運べるだろうかの。」
エルヴィス爺さんが苦笑しながら言う。
「そうですね・・・今の所、水が入らないというと・・・
この小瓶ですかね。」
フレデリックが客間の棚にある小さい小瓶を持って来る。
「ふむ・・・もう少し小さいのが無かったかの?
タケオも直に持たせたのは空を飛ぶのに軽い方が楽じゃからじゃろう?」
「現状ではこれですね。
明日の朝にでも一番小さい物を買ってきますので、取り込んで飛べるのかの試験をしましょう。」
フレデリックが頷く。
「さて、彩雲が見聞きした事は夕霧も共有したのじゃの?」
「ん、問題なく。
ジーナが寄宿舎に入り防衛行動時のみ戦闘をする事。タケオが王都とこの屋敷との間にスライム専用通路を作り、伝文とスライムとの2通りの連絡手段を持ちたい事。スライムを集めたい事はわかりました。」
「うむ、そうじゃの。
さっきの説明では、アズパール王国全土のエルダームーンスライムとエルダースライムを一気に北の森に集めてしまうという計画を実施するみたいじゃの。
それに夕霧、エルダースライムが動物の死骸を吸収したのちに擬態が出来るようになるという説明をしたと言っておったの。」
「はい、言いました。
ですが、頭部が完全な状態で9割以上の原型を1体のエルダースライムが取り込む事がそもそも時間的に難しいです。
北の森では皆で取り込んでいるので擬態する条件を満たしたエルダームーンスライムは居ないです。」
夕霧が頷く。
「そうかの・・・
ちなみに初雪が一番新しいエルダームーンスライムじゃったの。
取り込んだのは何年前かの?」
「・・・?」
初雪が首を傾げる。
「そうっスね・・・確か魔物の攻勢があった時だったっスよね、夕霧?」
「ん。確か・・・人間の集落が出来始めていて、そこに魔物がなだれ込んで一気に通り過ぎた時だから・・・」
夕霧と時雨が悩む。
「ちなみにその時はこの街はあったかの?」
「「無かった!」」
夕霧と時雨が声を合わせて言う。
「んー・・・という事は初代様辺りまで戻るの。
この辺で向こうから攻勢があったのは2代目が最後じゃ。
初代様の最初の頃は違う場所に本拠地の村を作っていたはずだし、本格的にここに街を作ったのは2代目じゃったはずじゃ。」
「という事は何年前っスか?」
時雨が聞いてくる。
「少なくとも90年前じゃ。
夕霧、初雪が人型に擬態が出来るようになったのはいつかの?」
「ん・・・確か・・・18回冬を越えたぐらい前だったかと。」
「18年ですか。
夕霧様、取り込んですぐに擬態が出来るようになるわけではないのですね。」
「ん、バラバラ。すぐになる者もいるし、なかなかならない者もいる。
初雪は長い。普通なら人間を取り込んでから他の死骸を取り込んでしまうので他のになる確率が高くなる。
でも街の裏側だったからか魔物の死骸は皆で取り込んでいた為、初雪は人型になれました。」
「ふむ・・・これから先、人型であるという事は有利になると思うが・・・人型は難しいかもしれぬの。」
「・・・主、ウィリプ連合国に行くタケオ様に頼みますか?」
フレデリックが難しい顔をさせながら言う。
「それは・・・タケオに『人間の暗部を見ろ』と言うものじゃ。
それにそんな場所があるのかどうかすらわからん。
・・・敢えて探すような物ではないしの。」
エルヴィス爺さんもフレデリックと同じような顔をさせながら答える。
「確かに・・・そうですね。
なら、夕霧様達の探索結果が良い方向に行く事を望むしかないでしょう。」
「うむ。
こちらから言う必要はない。
タケオが思いつき考え、そして実施するなら追認すれば良いとするかの。
彩雲もタケオに聞かれない限りは言う必要はないからの。」
「伯爵、何を聞かれないと答えてはダメなのかが、わかりません。」
彩雲が首を傾げる。
「ふむ。
端的に言うとタケオにエルダースライム用の素体の調達を依頼するかということじゃな。
アズパール王国では死体を扱う魔法行為自体が禁忌とされておるし、そもそも人身売買も認めておらん。
わしもする気はない・・・じゃが、夕霧達を見ていると人型の有用性がわかってしまってな。
出来ることなら今後の数体は人型であった方が便利じゃろう。」
「ん、それは言えます。
人型なら街中も気にせずに歩けますから。」
「そうっスね。」
「人型は街中は便利。移動なら鳥型が便利。」
「確かにそうですね。」
夕霧達が頷く。
「うむ。じゃが、わしはの。
いくら有効な手立てがあろうと我が国の国民そして領民として生きた者の亡骸や墓を掘り返すという辱しめをする気はない。
この考えはわしだけでなく、アリスやスミスもそうじゃし、タケオやフレデリックも持ってくれている普遍的な価値観だと思っておる。
そういう意味ではわしの領内に居たとして今後人型になれる可能性は少ないじゃろう。」
エルヴィス爺さんが語る。
「?・・・伯爵、ウィリプ連合国なら良いの?」
初雪が聞いてくる。
「そうじゃの。そこがわし達人間種の悪い所じゃ。
苦楽を共にする自国民には優しく、敵対している他国民には厳しい。同じ人間種なのにの。
夕霧達よ、これは独善的な考えじゃ。
今わしの代では夕霧達が居てくれる。
じゃがスミスの子、孫の代で夕霧達が存命なのかは不確かじゃ。
なら今、未来の為に他国の奴隷の亡骸を手に入れ、エルダースライムに与え、後々に人型のエルダームーンスライムになる可能性を高めることで、今タケオが作り出そうとしている情報網を引き継ぐ政策をするべきだと思っておる。
領民に対しては絶対にしないであろう行為を考えてしまっているのじゃ。
他国の奴隷だから命は軽く、自領の民だから命が重い。
その考えは奴隷制を取っているウィリプ連合国の者達と大して変わらん。
そしてわしは判断が出来ん。タケオに投げてしまおうとしている。
タケオが買うと決めればその業の半分は肩代わりしてやるがの。じゃがその全てを背負う事を拒否したのじゃ。
浅ましいの。言う事は言って覚悟は半分しか持てんのじゃ。
わしは器が小さいの。」
エルヴィス爺さんがシミジミと言う。
「主、それでもその両方を考えられるのであれば十分に人として器は大きいでしょう。
そしてタケオ様も同様に大きい器を持っています。
その2人で支えきれない業であるならその分は私が肩代わりしましょう。」
フレデリックが言ってくる。
「そうじゃの。その時は一緒に背負おうかの。」
「ええ、未来の繁栄の礎になれるのであれば喜んでお受けします。」
エルヴィス爺さんとフレデリックが苦笑し合うのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。




