第672話 64日目 シモーナの旅路。2(魔王国王都に到着。)
「街に入る事を許可する。」
門前横の詰め所でシモーナの通過書類にドンっと大きい捺印をして外見が2足歩行のトカゲの兵士が書類を渡してくる。
「はい、どうも。」
シモーナは書類を受け取り、懐にしまうと詰め所を後にし、馬を繋いでいる厩に向かう。
・・
・
「ふぅ・・・馬での移動も楽じゃないね。
荷物がなければ自分で走った方が早いのに・・・」
そうぼやき馬を引きながら街の門を潜る。
と、眼前に真っ白な建物が並び屋根も色が統一された街並みが広がっている。
そして遠目にもわかる巨大な城も街並みの奥に見えていた。
「はぁ・・・また大きくなってない?」
シモーナは城を見ながらため息をつく。
魔王国王城はほぼ毎年改築・増築工事をしている。
というよりも工事をしていない時がないぐらい毎日毎日。なんでそんなことになったかと言えば何代か前の王が設計図を描き「いつまでかかっても構わない!絶対に完成をさせろ!でないと街を天災に襲わせてくれるわ!わはは!」という呪いとも言える退官時の宣言を残していったのが始まりだ。
数年が経ち、誰かが拡張工事の中止要請を次代の王に進言した所、山がなかったところの村の地面が隆起し噴火を起こしたり、長雨が異様に続く日々があり地滑りや土石流が頻繁に起こったりと城の拡張工事を中止させようとするとその都度天災が起こるという結果に皆が震え上がっているからなのだが。
「・・・金持ちのやる事はわからんさね。」
事情を知らないシモーナは城を見ながら再びため息を付くのだった。
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魔王国王城から城門近くのオープンカフェにて。
「~♪」
優雅にお茶をする1組が居る。
「陛下。」
「~♪」
「・・・陛下。」
「~♪」
タローマティの小声の呼びかけにヴァレーリが無視をしてお茶を飲んでいる。
「ダニエラさん。」
「何ですか?タローマティさん。」
ヴァレーリが満面の笑みをタローマティに向ける。
「・・・面倒臭い・・・
仕事をしに戻らなくて良いのですか?」
「明日は年末ですよ?
年末まで仕事をする者なんていません。
それに今日は明後日の準備で皆バタバタしていますからね。
私の仕事はありませんよ。」
「いやいやいや、来る前に執務室を覗いたら机の上が大変な事になっていましたよ?」
「・・・知らんわ、そんなもん。
おっと。
平気ですよ。皆さん優秀な方々ですから問題は起きません。」
ヴァレーリが一瞬本性を出してしまうが、すぐに取り繕う。
「・・・やっぱり面倒臭い・・・
で、今日は何をしに街に来たのですか?」
「そうですね。
陛下用の寝酒の購入ですかね。」
「そうですか。
まぁ城に帰ったら幹部の皆さんの説教は確定でしょうかね。」
「それはそれですよ、タローマティさん。
何か言われたら斬ってしまえば良いのですから。」
「いやいやいや、それこそ一大事ですからね!?
退官までやっと1年なんですから!」
「長かったなぁ・・・やっと自由の身だなぁ・・・」
ヴァレーリが遠くを見ながら呟くのだった。
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シモーナは宿でこの後来る商隊分の部屋の予約等々の雑務を終えてから街中の1軒の店に入っていく。
「あら?シモーナさんじゃない?
お久しぶりね。」
店の奥には2足歩行の白いトカゲが執事服を着てカウンターに座り、だみ声で声をかけて来る。
「おばさん、お久しぶり。
なんで今日は執事服なの?
前はドレスにハマっていたのに。」
「今はこれよ。
執事服がこの街の流行よ!」
「ふ~ん。
うちが仕入れている物の売れ行きはどう?」
「そうねぇ、あまり良いとは言えないけど悪いとも言えないわ。
そこそこ売れているわね。なので来年もよろしくね。
それにしても普通は年始の会合で会うのにね。
直接来たという事は何か面白い物を仕入れたの?」
「ええ。なんでもアズパール王国のエルヴィス領で今度新種の酒を作り始めたんだって。
ウォルトウィスキーというらしいのよ。」
「へぇ~、新酒かぁ。人間もやる物ね。
試飲した?」
「まだなの。
こっちに向かう日の朝に来てね。
『魔王国で売れるか確認して欲しい』て依頼なのよ。」
「何本持ってきたの?」
「とりあえず5本。明後日到着する商隊にあと15本ね。」
「じゃあ1本買うわ。
ここで飲んでみましょうか。」
「流石!話が分かって助かるわ!
あ、おばさん、酒弱いんでしょう?」
「違うわよ、酒に溺れるのが趣味なのよ。」
「変な趣味ね。
あ、これ先方から!飲み方の方法が書いてあるの!」
「はいはい。
これを集めるのね、ちょっと待ってなさいね。」
白いトカゲが奥に引っ込んでいくのと同時に。
「ごめんください。」とメイド服を来た2名の女性が入店してくるのだった。
・・
・
「あら?ダニエラちゃんじゃない。
陛下用の寝酒?」
奥から氷やら水やら果物をお盆に乗せ戻って来た白いトカゲがヴァレーリとタローマティを見つけて声をかけて来る。
「はい、おば様。
陛下より新しいお酒を調達してくるように言われましたので。」
ヴァレーリが恭しく頭を下げる。
「侍女も大変ね。
そうだ。シモーナさん、この子達にも飲ませて良いかしら?」
「それはもうおばさんのですよ?」
「そう?悪いわね。
ダニエラちゃん、丁度このシモーナさんがね。
隣国から来た新種の酒を持ってきたのよ。
なんでもウォルトウィスキーという麦の酒らしいわよ。」
「おぉ!新種!それは飲まない手はないですな!
あ・・・陛下も興味を掻き立てられるかもしれませんね。」
「あぁ・・・ダニエラちゃん、もう手遅れよ・・・
あ、シモーナさん、こちらは陛下付きの侍女でダニエラとタローマティ。
ダニエラちゃん、タローマティさん、こちらはアズパール王国からの輸出入業をしているシモーナ・ヴィヴィアン・ファロン。」
「「「よろしくお願いします。」」」
3人は会釈する。
「ファロンと名が付いているという事はファロン子爵様の家系ですか?」
ヴァレーリが聞いてくる。
「あたしは当主の叔母になりますが、政治には向かないので商いを頑張っているのです。」
「そうなのですね。
売れ行きはどうですか?」
「細々としています。
ですが!この酒はたぶん売れる・・・はず!」
「?・・・はず?」
「到着したのがここへの出立の直前だったので試飲していないのです。」
シモーナが正直に言いながら苦笑する。
「それを売り込みにくるとは・・・いやはや・・・」
タローマティが苦笑する。
「先方が『自信作』と言っているのを信用しています。
それにあたしは酒が弱くて、あまり良し悪しがわからないのです。
なので酒に溺れるのが趣味なおばさんに利き酒をして貰って直接判断して貰おうかと。」
「あら?責任重大ね。
ダニエラちゃんも1杯飲んでいく?」
「当たり前です!」
「そう。飲み方が4種類あるんだけど何を飲む?」
白いトカゲがシモーナから渡された飲み方のリストをヴァレーリに見せる。
「全部で!」
ヴァレーリが満面の笑みで答えるのだった。




