第668話 エルヴィス伯爵と夕霧。
朝霧(黒)が入ってからそれほど時間はかからず森の奥から人影が見えてくる。
と、武雄は森に近づきながらトレンチコートを脱ぐ。
「タケオ、呼びましたか?」
森との狭間で夕霧が武雄を見上げて聞いてくる。
「ええ。朝霧(黒)から聞いているかもしれませんが、この地を治めている伯爵と話をしてください。」
武雄はそう言いながら夕霧にトレンチコートを羽織わせる。
「?・・・タケオ、これは吸収して良いの?」
「止めてください。
折角作ったのですから・・・夕霧、私と会う時はいつものままで良いですが、他人に会う時はそういった服を着ることが礼儀になりますからね。
今日は私のコートを羽織って皆に挨拶をしましょう。」
「タケオ、私は服を持ってないのですが。」
「今度買ってきてあげますよ。」
武雄が「そういえばそうだね」と苦笑しながら言うのだった。
「じゃあ皆の所に行きましょうか。」
「わかりました。」
武雄と夕霧がエルヴィス爺さん達の元に行くのだった。
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「エルヴィスさん、こちらがこの森で一番古参のエルダームーンスライムの夕霧です。」
「初めまして・・・伯爵・・・様?」
武雄達が皆の元に着く時には全員が起立していた。
「うむ、初めてお目にかかる。
この地を治めるエルヴィス家の当主のエリオット・ヘンリー・エルヴィスという。
そしてこっちが。」
「初めまして夕霧殿。
タケオ様の婚約者でエリオット・ヘンリー・エルヴィスの孫のアリス・ヘンリー・エルヴィスです。」
「僕はスミス・ヘンリー・エルヴィスです。」
「はい、初めまして。」
「うむ、すまぬの。
こっちが執事兼家令の」
エルヴィス爺さんが各々紹介するのだった。
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机の周りにはエルヴィス爺さんと武雄、そして夕霧が座っており、他の面々は立って聞いていた。
ちなみに夕霧達の立場は一応はミアの部下になり、エルヴィス家の面々からは下位になるが皆に対して様や殿の敬称を付ける必要はないと決まった。
そして皆も夕霧に対しては敬称を付けない事が決まったのだった。
そこには「種族が違うんだし、敬称の有無を気にしていたらしょうがない」という考えがあった。
ミア曰く「好き好きで良いのではないですか?あ、私は皆様には様付けでいきますので。」という後押しがあったりする。
「ふむ。
夕霧、今回は事前説明をせずに開墾をしてすまなかったの。」
「いえ、伯爵。
いきなり開墾してきた事には驚きましたが、結果として私達種族の安住の地域を頂いたのです。
これは今までのスライム達からすれば画期的な事です。
さらにタケオが言っていた私達スライムと共存をして頂けるという文言を頂いていますので出来る限り協力はします。
ですが、タケオにも言いましたが私達は非力ですので争いには協力は出来ません。」
「うむ。
だからこそ共存が必要じゃろう。
わしらはお主達スライムの居住地区を脅かすつもりはない。
逆にお主達スライムが森を監督してくれると言ってくれている事に感謝しておるくらいじゃ。」
「感謝ですか?」
「うむ。
森は貴重な資源じゃ。
わしら人間にとっては水源であり、キノコのような作物も取れる。さらには木を切り出し住居も作れたりする。
森が無くては今の生活を維持は出来ん。
その森を育み、管理してくれるスライムを保護するのはわしらの生活を守る為には必要な事じゃと思うからの。
さらにタケオの提案でお主達から体液を売って貰い、それを加工し生活の質の向上を目指そうと思っておる。
そして加工品の売上の一部をお主達へ還元し、お主達スライムの居住地区の確固たる地権を守る為に使わせて貰おうと思っておるからの。
わしらはあくまでお主達スライムとは共存が望みじゃ。こちらからはお主達の臨時の食料と万が一の際の武力の寄与を行い、お主達からは北部の森の管理と他種族の監視と体液の販売じゃの。」
「はい、その辺はタケオから聞いています。
私達からは何も不満はありません。
伯爵はそれで構わないのですか?」
「うむ。わしらもそれで構わない。
あくまで共存が望みじゃ。あえて対立を好む物ではないの。
お互いに持ちつ持たれつの関係が理想じゃ。」
「わかりました。
私達も人間と争う事を望んではいません。
今後も私達種族が人間と共にこの地で過ごしていける事が何よりです。」
「うむ。
確かミアの部下であるコラの組織に参加するのだったの。
北の森の鳥をとりあえず監視しているようじゃが?」
「はい。
現状はどういった生活をしているのかの確認をしています。」
「うむ。夕霧の感覚では、その者らはコラ達の傘下に入りそうかの?」
「わかりません。
鳥達は空に君臨し、ほぼ外敵が居ない状態で過ごしています。
そういった者は他種族の下に付くとは考えない方が良いかも知れません。」
「確かに。だが選択肢が力による屈服しかないのはのぉ・・・それに鳥に交渉が通じるかという問題もあるかもしれぬの。
フレデリック、タケオ、どう考える?」
「はい、主。相手がどんな種族であってもまずは交渉に望まないといけないでしょう。
私達は野蛮な戦闘種族ではありません。まずはお互いの妥結点を探るべきです。」
「相手が望む要求が何かを探り、万が一、交渉が決裂した際はその場で戦闘もあり得ます。
今必要な事は相手の情報を集める事かと思います。」
フレデリックと武雄が進言する。
「わしもそう思う・・・戦闘は最終手段じゃの。
傷つけられた者達は遺恨しか残らんと思うしの。
何とか友好的な関係を築かないといけないの。」
「「はい」」
エルヴィス爺さんの言葉に武雄とフレデリックが頷く。
「伯爵、タケオ、他の森にまで調査範囲を広げて何か居たら監視をしますか?」
夕霧が聞いてくる。
「・・・近隣にどんな種族が居るのか知っておく必要はあるでしょうが、今の所の監視対象は森の西にいる鳥のみですね。
フレデリックさん、ちなみに近隣の森にはどんなのが居るのでしょうか?」
「そうですね・・・噂の域を出ない者が居たはずです・・・確か・・・
あ、いや、今は話さない方が良いでしょう。
余計な情報ですので事前情報なしで実際に調査して何が居るのかを確認する方が良いでしょう。
夕霧様、他のスライム方に近隣の森の調査をして頂いても構いませんか?」
「私達は平気。」
フレデリックの言葉に夕霧が頷く。
「夕霧達エルダームーンスライムクラスはまだ行かない方が良いでしょう。
まずはスライム達に何が居るのかの確認をして貰い、その情報を元に皆で交渉の優先順位を付けてからでも良いかもしれません。」
「確かにそうですね。
酷な話になってしまいますが、我々と話し合いが出来るエルダームーンスライムクラスが先頭を切って調査に行く事も今の所ないでしょう。」
武雄の言葉にフレデリックも頷く。
「うむ、ではタケオよ。
近隣の森への調査を依頼する。」
「はっ!
うちの部下にお任せください。」
「夕霧様、タケオ様が言うように戦闘をする必要はありません。
何が居るのかの調査をしてください。」
「わかった。
シグレやハツユキと話して決めることにします。」
夕霧が頷く。
「あとは話さないといけない事は・・・
フレデリック、小屋の方はどうなっておるかの?」
「はい。現在、夕霧様達への4樽の置き場と体液用の樽の置き場、試験小隊の休憩所ですが」
フレデリックが現在の建設状況を話し始める。
その後も武雄達は雑談をして交流を深めるのだった。
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