第538話 第二研究所の初顔合わせ。(戦術と戦略。)
「マイヤーさん、基本的にアズパール王国では戦術という物は採用していないのでしたよね?」
「そうですね。
基本的に各領主の兵が横並びで対応するのが通常です。
やったとしても小隊戦のような小規模で尚且つ平地で応対しているでしょうか。
それはカトランダ帝国、ウィリプ連合国、魔王国も同じようにしています。」
「ヴィクター達はどうでしたか?」
「私達も基本的には横並びでした。
また小規模での小競り合い程度ですし、マイヤー殿の言われる通りかと。」
「なるほど。
じゃあ、私が先の戦いでした500名を使っての戦術は本当に珍しいのですね。」
「はい。初代エルヴィス卿の時代の領地拡大中ならあるかも知れませんが・・・それでも小規模戦だと思います。」
「そうですか。」
「その辺の資料は私達が異動するまでに用意していきます。」
マイヤーが武雄に言う。
「お願いします。
さて、簡単に戦術と言いますが、私の中では1つに集約されます。」
「「「1つ?」」」
皆が前のめりの体勢で聞く。
「ええ。
多数で少数の相手と戦う事です。」
「それは当たり前なのでは?」
「はい、当たり前です。
戦場で味方を少数と当たらせ優位にさせる為に取るのが戦術であり、戦術を有効に実施するための下準備を戦略と言うのです。」
「戦略?」
ケイが頭を傾げる。
「戦略は戦術をするに当たっての事前準備を総称するものと考えると必要なのは3つ。
1つ目は情報。
相手の兵士数、兵種、指揮官の思考傾向、過去10年程度の気候でしょうか。
2つ目に地理の把握。
過去の戦争において選ばれた場所の傾向、エルヴィス領で用意出来る戦場の洗い出しと相手側で用意出来る戦場の割り出しですかね。
3つ目に予防線。
万が一、味方が瓦解した際の対処方法の確立、関以外の越境防止の対策、関の防衛能力の向上、隣接領との街道の整備、戦地への迅速な輸送体制の確立と備蓄。
とまぁ、簡単に考えてこのぐらいをやって初めて戦略だと思っています。」
「は・・・はぁ・・・」
皆が武雄から出てくる項目に呆気に取られる。
「試験小隊の戦術考察はまずは慣例と化している戦争を元に獣人2000名とオーガ500体がエルヴィス領に進攻したと想定することから始ましょうか。
どういう陣形でどう動けば最少人数で対応出来るのか。
相手が突貫してきた場合の対応方法はどうすれば良いのか。
相手の主力が左翼、中央、右翼、どこかに集中していた場合はどうするのか。
・・・まぁ想定の題材は多岐に渡るでしょう。
私がアンダーセンさんに頼んでベテランを選んで貰ったのはその経験を活かしたいからです。
勘とは何もない所から出てくるわけではありません。
同じことを繰り返ししてきた職人のみが使える物です。つまりは経験の蓄積からくる過去の類似体験を思い出すことを勘というのだと思います。
王都守備隊は戦争参加や他国への潜入をしていると聞いています。
その経験を元に戦術を考案してもらいましょう。
また戦略に関して言えば、1つ目の情報である相手の兵士数と兵種は、有事の際の強行偵察で私達が受け持つ可能性のある項目ですし、2つ目の地理の把握は戦術を考えるのに必要ですね。
これも試験小隊で資料の収集とまとめをする必要がありますのでそちらも対応してもらいます。
3つ目については領主であるエルヴィス家が考える物なので試験小隊は考えなくて結構です。」
「わ・・・わかりました。」
アンダーセンが頷く。心の中では「相当な量の資料が必要だし時間もかかりそうだ。」とガックリとしたが顔には出さないで答える。
「お、流石はアリスお嬢様ですね。
見事に私が言った事を箇条書きにしてくれています。」
武雄は疑似黒板と言っていた落書きを見て感想を述べる。
「腕が痛いですね。」
アリスが手をブラブラ振って「疲れたよ」アピールをする。
「ふむ・・・この中の項目で必要なのが・・・さっき言ったこれとこれと・・・」
武雄がアリスの努力の結晶の箇条書きを見ながら試験小隊がする部分以外を塗りつぶしていく。
「な!?私の努力が!」
「こうやれば試験小隊がするべきことのみが残りました。」
「キタミザト殿。
やりたい事はわかったのですが、黒塗りが所々にあって正直、見辛いです。」
「でしょうね。
黒板を使うとこの黒塗りの部分だけを消せるというのがあります。
なのでもっと見やすくなると思います。
まぁ、皆さんが反対しても私が使いたいので鈴音に作って貰いますけどもね。」
「タケオ様!黒板の説明の為に私の努力を消しました!」
「ええ。
後で何か買ってあげますから。」
「うぅ・・・私の努力が・・・絶対に買ってもらいますよ!」
「はいはい。
という訳で試験小隊と研究室のやることはわかりましたか?」
「「はい。」」
「何か他に聞きたい事はありますか?」
「「「・・・」」」
「ないのですか?」
「いや、キタミザト殿、今の内容を頭の中で復習するだけでも相当大変ですよ?」
マイヤーが苦笑する。
「そうですか。
まぁ、後々やっていきましょう。
皆で考えながら戦術の資料を作れば良いでしょうし。
数回やっていけばそれなりに資料の書き方が決まって来るでしょうしね。」
「え?キタミザト殿も書き方は知らないのですか?」
「はい、知りませんね。
なので一から皆で作っていけば良いと思いますよ。」
「はぁ・・・」
武雄の言葉に皆が「ちぐはぐだなぁ」と思うのだった。
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