第460話 エルヴィス伯爵邸がある街の日常。(ヒルダの食の探究。)
「んー・・・」
ヒルダは今日のお題をクリアして自由時間にリンゴを眺めていた。
「あら?ヒルダ、今日の宿題は終わったの?」
洗濯を終えた料理長の妻が戻って来てヒルダを発見する。
「うん。お母さんに言われた野菜の仕分け方法をやっておいたよ。」
「どれどれ・・・まぁちょっと雑だけど及第点かなぁ?」
料理長の妻がカットされた野菜を見ながら言う。
「言われた通り各野菜の葉の部分と芯の部分は別々にしたよ?」
「そうね~。でも野菜によって固い芯の位置が変わるからね。
ほら、これはまだ葉の部分に若干残っているでしょう?
これは伯爵様達には出せないわね。」
料理長の妻は不出来なカットをされた物を取り上げてヒルダに見せる。
「うぅ・・・厳しい・・・」
「家庭料理なら良いんだけどね。
職業として・・・料理人としてなら細部までこだわらないといけないわ。
使わない物は使わない、使う物は使う。ちゃんとさせないと良い料理は出来ないわね。」
「でも例えば本来なら野菜の芯を使わない料理でもワザと芯を使うという事もあるのでしょう?」
「あるわね。
でもヒルダはそれをまだ使う段階ではないわね。
まずはちゃんと仕分けられる事を学ぶのが正解よ。
で、その次にワザと仕分けないで作る方法を学ぶのよ。」
「ええ?仕分ける方法を知ってからワザと仕分けない方法を知るの?
無駄じゃないの?」
「無駄ではないかなぁ?
ちゃんとした料理としての作り方を知っておかないと派生物は作れないわよ。
なので、今は一から王道の作り方を教えているのよ。
それも細部まで徹底してね。」
料理長の妻が笑いながら言う。
「はぁ、早く料理が上手くならないかなぁ?」
「ん?ヒルダ、そんなに急いでなりたい物があるの?」
「別に・・・伯爵様の所の料理人くらいにはなりたいかなぁ。」
「んー・・・お父さんと同じで良いの?」
料理長の妻はヒルダに聞く。
「酒場で働くのも・・・なんか違うと思うんだよね・・・」
「伯爵様の所の料理人や酒場以外にもスイーツ店やレストランがあるじゃない?」
「んん~・・・なんか違う気がする。」
ヒルダはリンゴを眺めながら呟く。
「そうかぁ・・・違うかぁ・・・
ヒルダは料理人になりたいの?」
「いろいろ料理を作ってみたいの。
料理人と言うと毎回、朝昼晩の食事を作っている感じなんだけど・・・
個人に向けての料理も作りたいしスイーツも作りたいし、持ち運べるサンドイッチとかも作りたいし・・・」
「ほんと何でも作りたいのね。
でも商売としてはどうかなぁ?
結局はどこかに所属するなら酒場ならツマミや煮込みだし、レストランならコースだし、スイーツならお菓子だし・・・
どれかに集中する事になるわね。
まぁそれらすべてを出来るのは伯爵様の屋敷くらいかなぁ?」
料理長の妻も悩みながら言う。
「お母さんたちはどうやって伯爵様の料理人になったの?」
「ん?聞きたい?」
「うん。」
「伯爵様の所は定期採用をしていないのよ。
採用している料理人が抜ける時ぐらいしか採用しないわ。
その時に街全体に募集要項が配られるの。
で、店の推薦を持っている者のみ採用試験を受けられるわね。」
「そうなんだ・・・じゃぁどこかに就職しないと試験すらも受けられないんだね。」
ヒルダが呟く。
「ええ。だって身元不明の旅人を採用するわけにはいかないじゃない?
それに下積みをしていないと、料理器具の清掃も上手く出来ないような新人を採用するわけにはいかないからね。」
「料理が上手いだけじゃないんだ。」
「違うわよ。
あそこに所属している料理人は発想はもちろんだけど。
調理器具を丁寧に扱ってそして清潔に保てる人達しかいないわ。」
「そっかぁ・・・」
「それに各店が推薦するだけあって味の感覚も確かだしね。
ドレッシングやソースは大体舐めただけで使われている食材がわかるぐらいにはなっているわよ。」
「ふぇ・・・それは凄いね。」
「それだけ物を知っているという事ね。」
「じゃあ、キタミザト様は?」
「天才。」
料理長の妻は即答する。
「やっぱり・・・」
「味、発想、調理方法・・・すべてが私達の格上に存在しているわね。
それにヒルダのラザニアとプリンで思い知ったけど、どちらも別方向の発想なのよ。」
「そうなの?」
「ええ。ラザニアはまずパスタを板状に使ったでしょう?
まずそこがおかしいわ。」
「ん?なんで?」
「トマト系のソースと絡める為にパスタを細くすることでソースと一緒に味を楽しむのよ。
なのに板状にしてはそもそもソースと絡められないから本来なら味が薄いはずなの。
それを確か・・・ホワイトソースだったかしら?
あれで味を濃くしている。私達が考える物と逆なのよ。
パスタにどうやってソースを多く絡められるのかという発想をしているのに、絡められないならソースを濃くすれば良いとは普通ならないわよ。
まぁあの料理を食べた後ならそういう発想もありだとはわかるけど・・・」
「そうなの?」
「ええ。そしてプリンはタマゴを加熱すると固まるという当たり前だけど皆が気にしない食材の特性を生かした料理なのよ。
あんな発想は出来ないわ。」
「でも当たり前なんでしょう?」
「ええ。
ラザニアもプリンも言われてみれば当たり前の発想なのよ。
誰もが見ていたり考えたりしていても形に出来ていない事をいとも簡単に作り出してさらには美味しいときた・・・まさに天才ね。」
「んー・・・キタミザト様の下で料理人になったら楽しそうだね。」
「ええ、ヒルダなら楽しめるでしょうね。
だけどベテランになればベテランになるほど自分の腕と舌の感覚を大事にするからね。
毎日、概念を壊されたら・・・泣いちゃうかもしれないわね。」
料理長の妻はため息をつく。
「お父さん、良く泣かないね?」
「あぁ、お父さんは図太いし、新しい物好きだからね。」
「私の性格はお父さん譲り?」
「ええ。外見は私に似て良かったわ。
さてと、ヒルダが切った野菜を使ってお昼にしましょうか。」
「うん。」
ヒルダ親子は楽しそうに調理を始めるのだった。
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