第459話 エルヴィス伯爵邸がある街の日常。(ウォルトとローの酒について。)
ローのお店にて。
「ローさん、ありがとうございます。」
「おやおや?
私は何もしていませんよ、ほほ。」
ウォルトはローの店で雑談をしていた。
「いえ、ウォルトウィスキーの全数買い取りと希望納入数を明示頂いたのでエルヴィス家の融資が受けられそうです。」
「ほほ。
それはよろしかったですね。
では、審査が通れば増産体制が組まれるのですね?」
「はい。
来年度の融資の決定が2月との事で『うちに決めて貰えるように説得してくる。』と北町の局長さんが言ってくれまして。」
「なるほど。
北町が動くのですね。
樽やライ麦は調達出来そうですかな?」
「はい。
皆が協力してくれると言ってくれています。
農家の方々は来年の作付面積を増やすために協議を始めるそうです。
それに林業も増産と植林をして、長い目で支えてくれる体制を取ってくれるとの確約を頂けました。」
「なるほど、なるほど。
生産の方は順調ですね、ほほ。」
ウォルトの報告にローも嬉しそうにする。
「ローさんの方はどうですか?」
「この街の飲食店に試供品を卸しましたが、評判がかなり良いですね。
販売前から予約が殺到していて完売しそうな勢いですよ。」
「え・・・それだと価格が高騰するのでは?」
「いえいえ。
定価での販売は確定事項なんです。
この3年間は暫定処置で各組合に卸す数を決めておく事になりそうですね。」
「え?そんな事が可能なのですか?」
「今回は特殊でしょうなぁ。
普段なら価格変動はある程度あって当たり前なんですがね・・・
この酒はキタミザト様・・・エルヴィス家が付いていて尚且つ地域振興がかかっている。
キタミザト様がこの酒で狙っているのは王国全土の販売を通してエルヴィス領の知名度を向上させる事。
あと北町の耕作面積を増やし、北町の領民の収入を増やす事。
総じてスミス様の時代に財政を潤す事。
その計画が我々にもわかっているのです。
この酒を買い占めたり高騰させて利益を取ったりといった事をすればおのずと計画がとん挫します。
その時のエルヴィス家が取るであろう制裁を皆がわかっています。
特に裏稼業の方々は相当このお酒の流通に気を使っていますね。
先の組合ごとに卸す数を決める案を持ってきたのは裏稼業の方々です。」
「普通逆なのでは?」
「いえいえ。
キタミザト様にアリスお嬢様、共に魔物1軍を追い返す力を持っている者が2名スミス様の近くに居ますからね。
その方々に反抗をするのは自殺志願者のみでしょう。
なので、これは表も裏もなさなければならない事業と化しているのですよ。
街ぐるみでこのお酒を王国全土に売る算段していますね。
そして上手く行けばこのお酒を今独占するよりも遥かに多くの実入りが期待できるのも長期的な魅力なんですよ。」
「それは・・・確かにそうですね。
売れるのでしょうか?」
「売れますね。」
ウォルトの質問にローはあっさりと答える。
「それにこれは上手いやり方ではあるのですが・・・私が全数を買う契約をしている事がウォルトさんのワイナリーを守る事にも繋がっているのですよ。」
「うちをですか?」
「はい。
つまりはウォルトさんの所からは他店に流れないので余計な仲買人が買いに来ないのです。
ウォルトウィスキーが欲しいならばあくまで私の所に来るか組合を通さないといけませんからね。
ウォルトさんが気を付ける事は・・・」
「従業員の待遇ですね。」
「ええ、そこさえ気を付ければ良いでしょうが・・・こればっかりはどうなるかわかりませんね。
まぁ・・・引き抜きが本格化するのは3年後の他領への売り込みをした後だと思います。
そこで仕込んでもあと3年の猶予があるのですからその間に引き抜かれた地域の市場を席捲させるのが一番かもしれませんね。」
「・・・なんと言うか・・・壮大な案というか・・・」
「数の暴力を使うのが市場の独占をする簡単な方法です。
そのためには品質を落とさずに大量生産をする努力が必要ですね。
新たに参加してきた物が価格面で太刀打ちいかないようにする方法もあり得ますね。」
「現状では価格を下げれるかはわからないですね。」
ウォルトが難しい顔をさせる。
「それは数年後のお話ですね、ほほ。
今は安定供給をして頂けるようにして貰いたいですね。」
「そこはちゃんと準備をします。」
「はい、よろしくお願いします、ほほ。
ちなみにですが、最近は他のワイナリーが新たなワインを売り込みに来ていますね。」
「新しいワインですか?」
「正確には今までお付き合いをして来なかったワイナリーが卸しませんかと話にきましてね。」
「いきなりですか?」
「ほほ。
売り込みは毎回唐突ですよ。
ただ今回は2軒連続でしてね。」
「それは・・・んー・・・何か情報があったのでしょうか。」
「あったのでしょうね。
私の店の下にこの街の酒屋3軒が統合される運びとなるのですよ。」
「3軒もですか?」
「ええ。ゆくゆくは他領にもウォルトウィスキーを販売させたいので酒屋を統合し、集中購買による低価格の実現と余剰人員を使って売り込みをかける計画があるのですよ。」
「集中購買による低価格・・・」
ウォルトはローの話の中でやはり価格に引っかかったようだ。
「ほほ。
ウォルトさん、仕入れ値を叩くわけではないですよ。
大量購入する事で輸送や書類整理で無駄をなくし、販売価格を少し下げようとする計画ですね。
まずはこちらで無駄をなくして価格を下げるよう努力をしますからね。」
ローが朗らかに言う。
「ローさん、すみません。
意外と今の価格も精一杯なので。」
ウォルトは汗をかきながら言う。
「ほほ、わかっていますよ。
現状でもブランデーよりも安く販売できるのです。
無理に下げる必要はないでしょうからね。
先ほどの話も類似品が出て来たらという話ですよ。」
「はい。」
「今は設備の増産が出来るようにして貰えればと思いますね。」
「わかっております。」
「お互いに頑張りましょうね、ほほ。」
ローとウォルトは酒の未来を楽しそうに語り合うのだった。
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