第419話 武雄の思惑。(懐中時計と小銃と鈴音について)
皆の所に戻るまでの間、歩きながら武雄は悩んでいた。
少し後ろには先ほどまで涙ながらに自分の事を一生懸命に話していた女の子がいる。
この女の子は鈴音と言うらしいのだが・・・
最初小銃や懐中時計を誰が発案したのか聞いたら「私が伝えました」彼女はそう言ったのだ。
「発案した」のではなく「伝えた」という所を最初に見落としていたと反省をする。
そもそも小銃や懐中時計について、一般人が普通は知らない構造を理解しているが不思議でしかたなかった。
鈴音の話を聞いてわかった事はいくつかあったが、一番の衝撃は小銃も懐中時計も現物がステノ工房の物置に眠っていたという事実だった。
そしてステノ工房の職人たちは小銃や懐中時計が何なのかを理解していなかったらしい。
ステノ工房を起業したステノという人物がどこからか入手したらしいのだが詳しい経緯はわからない。
わかっている事は冒険者組合の創設者から譲られたという事だけ。
そしてここでも冒険者組合の創設者・・・一体どんな人物だったのだろうかと訝しむ。
まずは懐中時計についてまとめてみようと思う。
ステノ工房の職人は1年に数回物置の整理と清掃をしていたそうだが、鈴音は拾われてきてステノ工房で働き出して数か月が経った際の掃除の時に 懐中時計が出てきて驚いたそうだ。
そして迷わずに分解と組み立てをベテラン職人2人で行っておりさらに驚いたそうだ。
フリップに鈴音が「これは何でしょうか?」と聞いた所。
「初代の遺品で毎年3回開けて掃除をしている」と言われ「何の為の機械なのか。どうやったら動くか・・・は、全くわからないが精巧な歯車が多く、分解と組み立てをすることでこの機械の凄さがわかり、職人として慢心せず初心に帰れるから掃除の際に開けている」と言われたらしい。
そして鈴音が「これは時計です。」と言い時計の概念を一生懸命に説明すると皆が「何ソレ?面白そう」と開発がスタートしたとのことだった。
ステノ工房がたどり着いた結論は時針と分針のみの時計を作るという事になった。
1秒に1回転する歯車を作り後は60回回ると6度動く分針用の歯車と3600回回ると30度動く時針用の歯車の組み合わせだと結論付けたとの事。
そこで1秒間に3回転する機構をどうやって作るのかが問題になり、フリップが指輪職人であるビセンテと意匠職人であるシントロンに声をかけたとの事だった。
そして開発から3年半で何とかこの懐中時計が出来上がったという。
小銃も冒険者組合の創設者によって持ち込まれたらしいのだが・・・
物置に置かれている間に銃床部分が腐っていたとの事。
この世界に来る前に銃の大まかな概要の勉強をしていた鈴音は皆に弾丸や薬莢の事、武雄がエルヴィス爺さん達に語ったような自分たちの歴史も伝えたそうだ。
そしてステノ工房は「魔法師でない者でも使える飛び道具」である小銃の開発を決意したとの事。
で、実は小銃本体の開発にはさほどの時間はかからなかったらしい。
一番の問題は弾丸だったそうだ。
弾丸は普通鉛か鉛に金属のカバーを付ける物らしいが・・・カトランダ帝国の指針で鉛の流通がなかった事で一旦頓挫するが、弾丸部分を流通価格が安い鉄を鋳造する事で解決してみせた。
また薬莢も製作が頓挫する。どうしても今の金属を叩いたりくり貫いたりの製造では作れなかったのだ。
そこで皆で話し合っている時に鈴音が「そういえば私が居た所では重い物を上から乗せて変形させていましたね。」とプレス加工の技術を皆に伝えたという。
正確にはプレス加工での絞りという技術なのだが・・・その言葉に全員が驚きさっさと試作を開始したとの事。
そして鉄製の薬莢が出来上がったというのだ。
小銃開発の最大の難問は「火薬」の製造だった。
この世界は魔法という便利な物がある為、薬が全くと言って良いほど発達をしていない。
有っても回復ポーション系くらいらしい。
その中でビセンテに協力してもらい火薬に必要な硝石・硫黄・炭の3種類の火薬の調合を始めたそうだ。
そして開発から3年で生産が出来る段階まで持ってきたというのだ。
ちなみに小太刀は鈴音が鍛冶職人として初めて作った商品なのだと教えてくれた。
そして小太刀、懐中時計、小銃という3種類をステノ工房のラインナップに加えたのだが・・・結果は見向きもされなかった。
・・・この3工房はもしかして天才職人集団なのかな?と武雄は思う。
柔軟な発想ととりあえず作ってみようとの身軽さ、そして懐中時計と小銃の同時開発が出来る心の余裕と確かな腕。
新しい事に挑戦し、より良い物を作りたいという欲求は正しい。
職人とは良く言えば専門知識の量と確かな腕の持ち主だが、悪く言えば専門知識以外はわからず、世間を知らない。
ただただ自分の腕を振るって良い物を作りたいと願っている人達だ。
武雄はここに来る前は普通に会社で働いていた。
技術職として入社し、営業職も経験している。
なので職人の気持ちも何となくわかる・・・が、武雄的にはステノ工房が取った売り込み方にため息を吐きたくなる。
良い物を作れば作っただけ売れる訳ではない。
物を売りたいのなら売れる先に売り込みをかけないと売れないのだ。
この世界の工房や商店は基本的に「待ち」をする。
自らが何かを作り出して売り込みをかけるというよりもお客様のオーダーを聞いて作るのがほとんどだと武雄は考えている。
その中で、ラルフの仕立て屋、ローの酒屋にウォルトの酒蔵。
彼らは「待ち」の姿勢を変えようとしているのを武雄が後押ししている。
彼らが思った時に武雄と出会ったのか、武雄が来たから彼らが思ったのかは大した問題ではない。
武雄からすれば当たり前だが、この世界の住人達からすれば異質な考えなのだろう。
「異質な考えは駆逐される」それはどんな時代でもだ。ただし、いくつかの事柄は駆逐されないで継承をされる。
駆逐されないのには理由がある。追随を許さない技術、財力、売り方、地理的に有利な場所、施政者とのコネ・・・最低この条件がクリア出来ていないと駆逐されると武雄は考えている。
先の3店主達にはこれがあった。
しかし、この3工房は何かが足りていなかったのだ。
「そもそも何で魔法師組合の研究所に売り込んだのかなぁ。」
売れない理由の中で武雄は売り方が一番の問題なのだと思っている。
小銃の売り込み先に選んだのが、商売敵になる可能性が高い魔法師組合のそれもガチガチの魔法に傾倒しているであろう研究所・・・売れる訳がない。
小銃を普及させたいなら国境の関か大部隊指揮官か国政の重鎮に売り込みをかけるのが無難だろうと武雄は思う。
また懐中時計を売りたいなら最初は料理人が良いだろう。
その点でステノ工房は、言い方は悪いが所詮は職人集団なのだ。
ステノ工房的には売れる最短の道を選んだのだろうが・・・その道は崖だったのかもしれない。
武雄的には「勿体ない」とは思うが、エルヴィス邸がある街に来てくれることになっているからあまりその辺を考えないようにしようと思う。
「これは良い人材が来てくれたし、面白い事になるかな?」と期待をしていたりする。
武雄が一番気になるのは鈴音だ。
鈴音は簡単に知識を披露している。
武雄も知識を披露はしているがその後の変化もある程度見込んで地域の活性化を軸に国家体制に影響が出にくい方法を取っているつもりだ。
だが、鈴音は国家体制や戦争形態が変わる可能性が高い小銃を発案・復活させた。
これは一地域や一国家の変革ではなくこの世界のあり方も変えかねない。
だが、鈴音がした事を咎める気にはならなかった。
武雄は拾ってもらった先がたまたま施政者側だったから国やこの世界について考えられた側面がある。
対して鈴音は武器の生産者に拾われたのだ。
国や世界に及ぼす影響まで考えが及ばなくても仕方がないと思っていた。
一応、鈴音もエルヴィス邸がある街には来るので最悪ある程度の監視は出来るだろう・・・・出来れば研究所の研究員になって貰い、街の発展の為と自身の趣味を充実させたいと思っている。
今ならまだ剣と魔法の世界観を残したまま発展が出来るのだろうから。
「ふふ、つくづく私はわがままですね。」
武雄は自嘲するのだった。
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