第2161話 エルヴィス家はいつでも門戸を開いていますよ。(何事も予算ありきです。)
「でも、キタミザト様、あの男は『望んだ職業に付けるようにしなければならない』と言っていました。」
女性が聞いてくる。
「言ってましたね。
でも・・・アズパール王国では職業の選択の自由がありますよ?
農家の子は農家にならないといけないとは言っていません。
農家の子でも大工の子でも商店の子でも・・・必要とされる記憶力と根気さえあれば、文官も出来ますし、兵士にだってなれます。
もちろん、商店をしても良いし、酒場をしても良い。
誰もしてはいけないとはいっていないのです。」
「ですが、実際は出来ません。
特に費用面で。」
「そうですね。
実際には新しい事を始めるには色々と必要な事があります・・・知識だけでなく、資金力も必要になりますからね。
最難関なのは王都の文官でしょうか。
王立学院に入るのに必要な記憶力を持っていても年に金貨30枚は家計への負担が大きいですね。
3年通うとして金貨90枚ですか。
さらに寮での生活費や学院での費用等々もっとかかりますね。」
「はい、確かに王立学院は裕福な家庭でないと・・・」
「ふむ・・・これはここだけの話ですけどね。
今、王都の王立学院では、各地方貴族から1名を推薦して貰い、王都側で費用の半分を肩代わりしてみようかという案があるのです。」
「本当ですか?」
「ええ・・・まだ案ですけどね。
要は国家も優秀な人材を求めているという事です。
今のままでは王都と貴族の者しか来ないですからね、地方からも来て欲しいと思っているのです。
まぁ、入学する為の試験は厳しい物になるとは思いますが、卒業すれば王都の文官の道が開けます。
アズパール王国も何とか子供達に将来の夢を与えたいという事ですね。
まぁ・・・それでもまだまだ地方からすれば行き辛くはありますね。
もちろん、エルヴィス家も文官も兵士もいつでも募集はしておりますよ。
種族、性別関係なく、本人の能力のみで応募できます。
まずはエルヴィス家に就職を考えてはどうでしょう。
やりがいはありますよ。
というわけで、我が国では職業を自由に選んで構わないのです。」
「なるほど・・・なろうと思えばなんにでもなれるのですね?」
「ええ、ただし、必要な能力が備わっているのならば・・・です。
決して『望んだ職業に就ける』訳ではありません。
手先が不器用なのに小箱を作って売るというのは商売としては現実的ではないし、味覚が他の人と違った場合、酒場をやっても上手く行かないでしょう。
やりたい事をするのに必要な能力があって、初めて望んだ職業に就けるのです。
そこがわからなければ望んだ職業に就いても大成はしないでしょうね。
楽しいだけ、好きなだけでは仕事は出来ませんよ。」
「「確かに。」」
皆が頷く。
「さてと・・・今日はこれまでにしましょうか。
皆さんも用事があるでしょうし、私も仕事をしないとね。」
「「今日はありがとうございました。」」
皆が武雄に言う。
「私の方こそありがとうございました。
また、機会があれば話しましょうね。
あ、店員さん、椅子とかありがとうございました。」
「いーえ、構いませんよ、片付けもしておきますからお気になさらずに。
またお越しください。」
店員が出てきて言う。
「はい、では、また。」
武雄が皆の下を去っていくのだった。
・・
・
「はぁ・・・楽しかった。」
「この街の人達は真面目で伯爵が慕われているのがわかりましたね。」
武雄は満足しながら、チビパナは頷きながら歩いている。
「キタミザト様、お疲れ様でした。
少しは領民達も溜飲が下がったかもしれませんね。
あとは彼らが街中に良い感じにキタミザト様の話を触れ回ってくれれば良いのですが。」
武雄が歩いていると隣に並走してそう言ってくる男性が居た。
「良い噂になれば良いのですが・・・噂程怖い物はありませんけどね・・・伝わるのも早いし、払拭するのに時間がかかります。
確か、貴方は・・・総監部でしたか?」
武雄が聞く。
「はい、領民へのご説明、ありがとうございました。
それと事情聴取は私達も立ち会う事になりました。
もしかしたら王都に報告が必要かもしれませんので。」
「どういった指示があったのか、もしくは誑し込まれたか・・・そこを聞き出せたのなら王都行きですね。
まぁ・・・それがわかるようにはしていないでしょうけどね。
2重、3重に人を挟めば、どこからの指示かなんて霞んでしまうでしょうからね。」
武雄が遠くを見ながら言う。
「はい・・・それにしても教育の考えは私でも考えさせられる内容でした。」
「それは・・・教育の普及のような事を言っていた所でしょうかね。
最低限の計算力と読み書きを平等にどう教えるか。
そしてそこからの文官もしくは望む職種への斡旋ですね。」
武雄が腕を組んで言う。
「はい、初期の教育は各家庭に任せているのが現状です。
あの者が言う所を総合すると子供達皆に教育の機会を与えないと国家としての将来がないという考えがあったのだろうと思います。
そうする事で望む職業に就ける可能性を高めようという事だと認識しました。」
「彼の言っている事は一部には賛同出来ますが・・・予算を考えていないのですよね。
私としてはそれが貴族や上位文官の廃止で出来ると言っている辺りで、考えが浅いと断ずるしかなくなってしまいましたけどね。
理想だけで領内運営が上手く行くのならもっとこの地は発展しています。
実際は限られた予算内で優先順位が付けられ、それを粛々と実施しているのですけどね。」
武雄が言う。
「そうですね・・・まずは皆の生活を豊かにする事が大事ですので・・・税を高くは出来ません。
限られた予算内ですら、農業と酪農、商業、工房でやりたい事が多々ある現状では教育に回せる費用はないですね。」
「ただ建物を用意して教師を置けば良いという物ではありませんからね。
教師をまず育成し、子供に均一に物を教える方法を身につけて貰わないといけない。
教師も人ですからね、気に入る、気に食わないは絶対にありますが、教師という立場はそれを許しません。
全員を平等に扱い、目的の水準まで物事を教え、個人の能力を発揮させるのだという強靭な意思が必要ですからね。
まぁ・・・教育については、まだまだ個人にお願いする事になるでしょう。
私達の代はその為の下地、予算を多く用意する方策を考え、実施する事にしましょう。」
武雄が言う。
「はい・・・まずはキタミザト様がフレデリック様方に言った国内自給率を高め、領外からの外貨獲得をして行かないといけませんね。」
「ええ・・・まずは領内でお金を回し始めないといけないでしょうね。」
武雄と文官が軽く議論をしながらベッドフォードの店を目指すのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。




