第1620話 小銃講義開始。4(講師終了。)
試験小隊の面々が会議室を去って。
武雄とマイヤー、鈴音は所長室でお茶を飲んでいる。
ヴィクターとアスセナは会議室の椅子と机を整理している。
「あ゛ぁ゛・・・疲れだぁ・・・」
鈴音がソファに体重を預けてだらけていた。
「なんていう声を出しているんですか・・・」
武雄が鈴音を見ながら言う。
「いやぁ、スズネ殿は今日は頑張りましたよ。
講義もしっかりと出来ていましたし、皆の質問にも答えていました。」
マイヤーが優しい顔で言う。
「マイヤーさん達の事前講義での質問のお陰ですよ。
はぁ昨日は遅くまで質疑集を作って覚えてきて正解でした。」
鈴音が体を起こして言う。
「あの用意していなかった際の逃げの口上も問題ありません。
十分でしたね。」
武雄が頷く。
「あの感じで良かったんですか?」
「ええ、問題ないですよ。
基本的に出来ない事、わからない事なんかは無理に答えず、次回以降に用意するとして良いんですよ。
堂々としながら答えていたのも高評価です。
あれならもう少し対外交渉もしても大丈夫そうですね。」
「高評価はありがたいのですが・・・保留はしても良いものなんですかね?」
鈴音が腕を組んで考える。
「社会人なんてそんな物ですよ。
私達は組織の一員なのです。
無理に何でもその場で答えたり、出来るかどうかわからない事を出来ると答えるのは一見頼もしく見えますけど。
組織の方針と合っていたら良いのですが、万が一、違っていた場合は問題になりますからね。
一旦持ち帰って検討させて欲しいと相手に要請するのが正しい交渉ですよ。
わからないならわからないと正直に言うべきです。
それでもその場で答えを出すように言ってくるのなら・・・まぁ何とかするしかないのですけど。
私からすれば『そこまで脅さなくても』という感じに受け取って心の中で愚痴りますけどね。
もちろん顔には出してはいけません。
対外的には『すみません、早めに答えを出しますから時間をください』と謝るしかないですよ。」
「そこまで即決を求める人は居るんですか?」
「ええ、結構いますよ。
そういった時は大体『打ち合わせに来たのに答えられないのか!』なんて恫喝は普通にされます。」
武雄が呆れ顔をさせながら言う。
「ええええ・・・社会人って大変なんですね。
職人の工房に入って良かった。」
鈴音が心底嫌そうな顔をさせる。
「まぁ相手からすれば『場を設けたのに何しに来た?』という感覚なんでしょうけどね。
そういう方に限って『打ち合わせ=言う事を聞かせる場』と捉えている事がほとんどなので面倒だったりします。
まぁ・・・そういう相手であるかもしれないから事前に交渉に出されるであろう内容は頭に入れておき、対処できるようにしておく事が重要なんですけどね。
まぁいろいろ想定して資料も出来るだけ用意しても実際は2割も使わなかったりとかして徒労感を得てしまう事がありますが、交渉が決裂したり相手を怒らせて物事が停滞する事に比べればこっちの労力だけで済むのです、安い物ですよ。」
武雄が苦笑しながら言う。
「・・・面倒ですね。
それにしても『打ち合わせ=言う事を聞かせる場』というのは武雄さんみたいです。」
「ん~・・・私は基本的には言う事を聞かせるとは思ってはいませんよ。
結果的にそうなっている感はありますが、私の場合は『こうしたいんだけど、やれない?』と提案しているだけですよ。
実施する、しないの判断権は相手が持っています。」
「実施しないと言われたら・・・」
「やってくれる所を探すまでです。」
「ですよね。
だから皆さんが必死なんですけど。
でもその方法って危ういと思うんですけど。」
「・・・危うくはないですよ。
ただ元手がかかるだけです。」
「そうなのですか?」
「例えば・・・斬ったらファイアが付属されていて炎が出る剣が欲しいという依頼をする時に『100本作って』と『1本作って』と言った場合の1本当たりの単価は違いますよね?」
「当然です。」
「私は基本的にはこの『1本』を作って欲しい依頼をして、『100本』は各お店に考えさせているんですよ。
なので最初の初期投資が割高なのです。」
「・・・なぜですか?」
「はっきり言えば私がこの流れが商流として正しいと思っているからです。
私と鈴音にとっては当たり前の物・・・モニカさんの所の鉛筆だってそうですけど。
試作品を作って貰って体験して、向こうが売れると思ったから事業化まで行ったんです。
これは売れるからという理由だけで事業化からする人が居ると思いますか?
変な話、鈴音に街の人が『サンダーの魔法の指輪は絶対売れるんで職人100人体制で事業化してください』と言われて『じゃあ!しよう!』ってなります?」
「・・・なりません。
だから最初に試供品を作るのに費用が掛かるのですね。」
「その物が売れるのかどうかは私達が判断しない方が良いのかもしれません。
この街の、この国の人が買ってみようと思わないといけないのです。
なら商売人達に判断させた方が良いと思いませんか?」
「まぁ・・・そうですね。
じゃあ輸送船は?」
「卸売市場とか人工湖とか理由はありますけど、半分趣味ですね。」
「ですよね。
おかげでミシンや唐箕が出来たのですけど。
実用化に向けてはまだまだ時間がかかります。」
「ええ、それで良いです。
まぁダメなら王都には足踏み駆動式のスワンボートでも発表しておきましょう。」
「それ、なんの用途ですか?」
「レジャー?」
「まだ時代が追いつかないんじゃないですかね?」
武雄の言い草に鈴音が呆れている。
マイヤーは「何を作るにしても奇想天外なんですけど」と茶々を入れずに大人しく2人の会話を聞いているのだった。
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