第1584話 研究所に戻って。(酒の流通量。)
研究所の3階 所長室。
試験小隊の面々は詰め所で感想等を書いているし、マイヤーは王都向けの報告書を作成中。
ヴィクターとアスセナは事務仕事をしていた。
トレーシーは試験小隊の面々と反省文を書いている。
鈴音は城門上でエリカが「ペイトーがスズネと話したいらしいので借りて良いですか?」と言っていたので貸出中。
で、武雄は書類を処理しているのだが。
「ん~・・・」
武雄が書面を見ながら唸っていた。
「失礼します。
所長、お呼びと伺いましたが。」
ベイノンが入ってくる。
「ええ、お呼びしてすみません。
マイヤーさんに聞いたらベイノンさんが適任だろうと言われたのでね。」
「何を聞かれたのかわかりませんが・・・ご用件は?」
ベイノンが机の前に立つ。
「うん、これを。」
武雄が見ていた書類をベイノンの前に置く。
「・・・これは・・・酒ですね。」
ベイノンが書類を見ながら言う。
「城門の上で酒屋のローさんに渡されました。
仲間内で販売している酒の種類と販売量の比較をしたとの事です。
ローさんの仲間内と言えばこの領内最大の販売網を持っています。
なので、その数値が概ね領内の流通量となるでしょうが・・・すみません、私あまり銘柄がわからなくてですね。
どう見れば良いのですか?」
武雄が聞いてくる。
「あ・・・そういう事でしたか。
どこかに潜入して来いとか言われるかと思っていました。」
ベイノンがホッとする。
「そんな事言う訳ないでしょう。
大事な部下をどこかの店に潜入させるぐらいなら私が行った方が良いですしね。」
「うん、やめてください。」
「まぁそんな事をする時は個別には言いませんよ。
もっと仰々しくもっと威圧的にしますしね。」
武雄がにこやかに言う。
「・・・さて、酒ですね。
私もこの地に来てまだ日が浅い為、すべての酒を飲んではいませんが・・・
購入した銘柄や王都で見た銘柄もありますのでそこから推察すると、リストの上から高級酒、下に行くほど飲みやすい物となっていると考えられます。」
「ふむふむ。」
武雄がベイノンが来るまでに書き写したリスト名の羅列を見ながら頷く。
「販売量の比較という事はこちらが近々の量となると・・・中ぐらいの売れ行きが伸びているという数値ですね。
中ぐらいの物は家庭でも飲まれる風潮があります。
飲みやすい銘柄は少し落ち込んでいるか、同程度で推移と見るべきでしょう。
高級なのはあまり数値の変化は無いようです。」
「場末の酒場はそのままで家庭での消費が伸びたか・・・」
武雄がそう呟く。
「なんていう言い方をされるのですか・・・ですが、まぁ、その通りです。
この数値から家庭での消費が増えたという資料になります。」
「・・・どこかが増えればどこかが減り総量というのは変化が少ないという考えが普通です。
ですが、この資料からはそもそもの総量が増え、その中でも家庭での消費が伸びたと普通なら考えられない結果が示されたという事ですね。」
「そう言われるとそうですね。」
「家庭の方はウスターソースの効果で家飲みが増えたとして、酒場の方はウォルトウィスキーの効果で消費量が増えた・・・そう見えなくもないですが、これは引き続き報告を貰って推移を確認しないといけませんか。」
「そうですね。
この資料が来たという事は・・・どういう事なのでしょうか?」
「安易に考えるならウォルトウィスキーの善戦の報告です。
目論見通り消費の下支えをしたと捉えられるでしょう。」
「裏を読むと?」
「ワイン投資の誘いかなぁ。」
「投資・・・ですか?」
「中間層が手を出している酒が一般になれば特別な時等に高級酒の需要も高まるでしょう。
今後の領内の景気が良くなれば、それも高級酒や中間の売上が伸びる、延いては価格の上昇が見込める。
『安い内に大量に購入しておいて値が上がったら売って、利益を手にしては?』
そう言っているようにも思えます。」
「価格が上がる・・・そういう物なのでしょうか?」
「良くも悪くも民間はそういう物です。
まぁ意図的に大幅な値を上げる行為をするのは色々と違法性が高い気がしますが、良識の範囲内で売買する分には文句は言われないでしょう。」
「そう上手く上がるのでしょうか?」
「そこは投資なのです。
もちろん値が下がる事もあります。
値が上がれば利益に、値が下がれば減収に。
そのリスクを承知でしなくてはいけませんよ。」
「所長はそのワイン投資をされるので?」
「する気はありませんね。」
武雄が即答する。
「所長なら利益が出そうな銘柄を買い付けそうですが。」
「娯楽の一環程度の金額ならね・・・ですが、相応な金額を投資しないと利益は見込めないでしょう。
一過性なのか継続的なのかわからない資料を元に投資は出来ませんよ。
なのでワイン投資にはまだリスクが大きいと感じます。
それにするのであれば、私はウォルトウィスキーには売れれば売れるだけ実入りがある政策を取っている関係上、確実に利益を得られるワイナリーへの投資を最優先で行いたいですしね。」
「あ~、そうでした。
所長は大元へ口利きが出来るのでしたね。」
「ええ、卸す数量もそうですが、実は少数の長期熟成の5年物と10年物といった年代物も作る気で居ますしね。
・・・ここに良い儲け話がありますよ。」
「甘美な響きですね。」
ベイノンが苦笑するのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。




