第1536話 試験小隊からと所長からの依頼。4(週休制の意義。)
研究所の3階 所長室。
「うん、内容はこれで良いでしょう。
ヴィクター、すみませんがすぐに皆の分を作って配布してください。」
「畏まりました。」
ヴィクターが作った休暇の通達を武雄が見て了承する。
「武雄さん・・・ちょっと良いですか?」
「ん?どうかしましたか?鈴音。」
「いえ、そういえばさっき3人に週休制の話をしていましたけど・・・
働き過ぎると死んじゃったりするから週休制を導入するのではないですか?
さっきの話だと疲れを取る事も大事と言っていましたが、どちらかと言うと気分転換や家族と過ごす事の方が重要だと言っていたように思うのですが。」
「・・・ふむ、パナ。
過労死は・・・どう定義しますか?」
「はい、タケオ。
重い作業負荷と長時間労働を原因とする体調不良とストレスフルな労働環境に起因する精神疾患と自殺ですね。」
「自殺・・・倒れちゃってとかではないんですか?」
鈴音が少し驚いている。
「まぁ・・・そういうのも多々ある・・・らしいですよ。
ちなみにこの街では大体実質8時間労働、1週間6日働くとなっています。
週48時間労働ですね。
この労働時間は多いかもしれませんが過労死ラインかと問われるとちょっと弱いんですよ。
まぁこれに残業だとかが加味されると危険ですが・・・
ちなみに私達が居た日本では簡単に言うと『労働時間は週に40時間を基本とし、週に1日は休ませる事』という原則によって守られていました。」
「そうなのですか?」
「ええ、正社員は。」
「ん?」
鈴音が首を傾げる。
「まぁそこはいろいろあるんですよ。
鈴音はあまり気にしなくて平気です。
その辺は幹部達で管理しますからね。
で、40時間以上の仕事をさせる場合は、月給を時給に換算し、それに割り増しした費用を払う事という規則があるのです、これが残業代と呼ばれるものですね。
これは国的には経営者に社員に労働を追加させるには費用を多くかけるんだよという足かせを用意したはずなんですよ。」
「ふむふむ。」
「なのに・・・まぁ結局ね、残業時間150時間とか200時間とか働かせられた人達が過労死してしまいましてね。
国が残業時間を抑制するようにという指示が出されるのです。」
「へぇ~。」
「過労死注意報がでるのが残業60時間以上とされました。」
「注意報って・・・」
「呼び方は別に良いじゃないですか。
要は体調を気にする目安ですよ。
鈴音、国が定めた過労死注意報は残業60時間からですが、危険水位も規定されました。
さて何時間でしょうか?」
「え~・・・注意が60時間だから・・・1.5倍の90時間ではどうですか?」
「うん、良い線をいっていますね。
過労死の可能性は月100時間の残業時間が基準となります。」
武雄がスズネの言葉に頷く。
「えーっと・・・まとめるとこの世界は週48時間勤務・・・日本の基準でいうと毎週8時間残業をしていて月5週だから月の残業が40時間なんですよね。
あ~・・・時間だけ見た場合はこの世界で普通に生活していると過労死の注意報がまだ発令されないという事ですね。」
「時間だけならね、日本に照らし合わせて考えるなら休日は設けないといけないのですけどね。
それにここの人々は『それが当たり前の生活』ですからね。
もちろん実際問題としては個々にはあると思っています。
最近徹夜が続くとか不規則な生活が続くというのが危険な兆候でしょう。
ですが、極端に言えば、彼らは疲れが溜まったから休みを取るといった生活なのですよ。」
「あ~・・・確かに言われてみればそうですね。」
鈴音が思い出しながら頷く。
「なので過労死の話は今は話したとしてもあまり実感はわかないのではと思っています。
事実、先ほどのマイヤーさん達はいまいち乗り気ではなかったでしょう?
それに実際に研究所の試験小隊の面々は私との王都への移動や戦争参加義務がありますからね。
多分、拘束時間だけでも軽く100時間は超えるんですよ。
通常の業務ではなるべく拘束時間を短くしてあげたいと思っての行動ですし、私は週休制の生活をしていた社会人ですよ?
今さら毎勤は出来ませんよ。」
武雄がやれやれと手を挙げて言ってくる。
「週休制は根付きますかね?」
「どうですかねぇ・・・一貴族の小所帯での採用ですからね。
休むのは疲れてからという文化の中で週休制はなかなか認められないでしょう。」
「そうですかね?」
「そういう物ですよ。
さっき言ったでしょう?この世界の基本は『休んだら利益が減る』と、私に近い研究所の人員でさえ、難色を示すのに商売をしている者達からは理解しがたい方針と捉えられると思います。
あまり表立って言うような事ではないでしょう。」
「そうなんですね。」
「それに私達の社会でも全ての業種が週休制を採用していたわけではありませんよ。
ベルテさん達のような農業一家や畜産一家は生き物相手で休みはほぼなく24時間何かあれば対応する職業です。」
「あ、そうですね。」
鈴音が頷く。
「職種や地域によって労働条件は違います。
私や鈴音が正しいと思っていてもその地域では違う正しさがある事が多々あります。
だから自分の意見を通したい時はまずは周りの様子を伺った方が良いですね。
もしかしたら私達の常識は、ここでは非常識なのかもしれませんからね。」
「武雄さんに言われるとしっくりきます。」
「私は非常識ではないですよ?
周りを見ながら私がしたいように動いていたらここに居るだけです。
強引にしたいなんて言った事ないですよ。」
武雄が床を指す。
「本当ですか?」
「ええ、私がしたいと言った事なんて・・・なんて・・・あ~・・・ちょっとあるかな?」
武雄が斜め上を見ながら言う。
「ん~・・・私ももう少し周りを見ながら意見を言えるようにしないといけませんね。
武雄さんみたいになる前に。」
「鈴音のその納得の仕方は腑に落ちませんが・・・まぁとりあえず好きに動きなさい。」
武雄が頷くのだった。
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