第1356話 昼過ぎのとある東町にて。8(正体を教えるには条件があるようです。)
孤児院にて。
「こちらが慰謝料として預かった金貨15枚です。
今回部下がお世話になったので衣料品を物納いたします。」
「はぁ・・・その・・・ありがとうございます。」
院長は武雄の説明に頷くだけになっていた。
数名の大人も同席しているが圧倒されている。
まぁなぜかと言えば院長達の前には山のように積まれた衣服があったからなのだが。
「その・・・先ほど戻ってこられた際に、持っておられた量より多いのですが?」
「ええ、7割方はリュックに入れてました。
何も持たずに男2人が孤児院に入っていくのは不自然でしょうからね。
寄付に来たという体にしたまでですよ。
院長は気になさらなくても良いのです。」
「はい・・・それで・・・あの・・・」
院長が何か言いたそうな顔をさせる。
「・・・私の素性ですか?」
武雄がにこやかに言う。
「はい!ここまで私共の事をして頂いて感謝は致しますが・・・どのような方なのか。」
「あぁ・・・言っても良いのですが・・・うん、院長のみ教えておきますか。」
「え・・・それはどういう?」
「あ、安心してください裏稼業とかではありませんからね。
でも知っている人は少ない方が良いでしょうね。
だから今は院長のみにお教えします。
で、院長が知り、院長の判断で皆に教えるのなら私は別に何も言いませんよ。」
「貴方様がそう言うのでしたら・・・皆さん一旦退出をしてください。
お聞きして問題ないと思ったら伝えます。
もし伝えないのであれば大人の事情です、察してください。」
「「はい。」」
室内にいた大人達が退出していく。
「・・・よろしいでしょうか?」
院長が聞いてくる。
「結構です。
まずは謝罪を、面倒をかけてすみません。」
「いえ・・・それでどうしてこのような?」
「今回の事は公にするにはちょっと面倒なんですよね。
もちろん私の方で然るべき対応はしますけど、孤児院が対応するには些か面倒です。
そして私の身分もね。
私の方の勝手な事情で申し訳ないですが、あまりこの地で活躍する訳にもいかないという判断です。」
「面倒事・・・奴隷の・・・先ほど説明された奴隷契約条項でしたか。」
「ええ。
本来なら文官か武官をすぐに呼び対応をお願いするのが正しい行動だったでしょう。
ですが、この国で奴隷と奴隷契約を結ぶことを認めないという条項に引っかかっている為、この件は公にはできません。
この事を一孤児院が対応するのはたぶん不可能です。
そして露見すれば法に背いたとなり、孤児院の閉鎖をされてもおかしくはない。
違いますか?」
「・・・はい、その通りです。」
「ですが、この国の者として院長の匿った判断は良識ある物だったと私は支持します。
これを見過ごすような事を私もしたくありませんでした。
なので、院長には旅人を泊めただけ、治療しただけで連れていた子達は奴隷とは知らなかったとし、そしてたまたま訪問した旅人である私が彼らを連れて退去したという話にして貰います。
これはお願いではなく強要にまで格上げします。
関係した全ての者達にもそう言い聞かせて貰います。
よろしいですね?」
「はい・・・ですが、それでは貴方に全責任が行ってしまわれるのでは?」
「望む所です。
さて・・・では私の素性ですが、タケオ・エルヴィス・キタミザトと言います。」
「タケオ・エルヴィス・キタミザト・・・」
「エルヴィス伯爵領にて王立研究所を任される予定の者です。
この度新しく子爵の爵位を叙勲して貴族になりました。」
「し・・・子爵様!
こ・・・これはとんだご無礼を!!!」
院長が机に額を擦り付けるくらいに礼をしてくる。
「あはは、気になさらないでください。
そして顔を上げてください。話を進めましょう。」
「はい・・・申し訳ありません・・・」
院長がゆっくりと顔を上げるが顔色が悪い。
「さて、今回の奴隷の事について私が全責任を持って引き取っていきます。
これについてはこちらの問題ですので以後、口外もする必要は特にありません。
先ほど言った内容をそのまま繰り返してくれれば終わるように伯爵と話をしておきます。」
「・・・大丈夫でしょうか?」
「平気です。
そうなりますからね。
さて、ここからですけどね。
私の身分をあまり言いたくないのはここがゴドウィン伯爵領であるという事です。
施政をしている者とは別系統の貴族が施しをしたというのは・・・まぁはっきり言って外聞が悪いのです。
院長にとっては緊急を要していたという事情を知っているので私が手を出したという所に不満はないでしょう。」
「当たり前です。
結果、あの男性も助かり国に戻った、子供達も助かった・・・これ以上の解決策はありません。」
「はい、ですが、これが他の街、他領、王都に話が行きつく時には『ゴドウィン伯爵は孤児院に満足のいく資金を与えず、他貴族が支援するような状況だ』というあらぬ噂が広がる可能性があります。」
「まさか・・そのような事は・・・」
「残念ながらあり得ます。
世の中悪い噂は一気に広まるものです、それも面白おかしく。
私はゴドウィン伯爵家の評判を落したいとは思っていませんし、する気もありません。
なので、私はあくまで旅人のまま対応したという事でよろしいですか?」
「はい・・・ですが、お名前が・・・」
「偽名はジョン・ドウで結構です。」
「旅人のドウ様ですね。」
「ええ、それで結構です。
それと寄付をした見返りと言っては何ですが・・・今日泊めて貰えますか?」
「それは構いませんが、貴族様をこのような・・・料理も・・・」
「今の私は旅人ですよ。
それにここの料理も食べておきたいですからね。」
「何もありませんが・・・」
「構いません。
どんな食事を取っているか、なんの食材を使っているのか、町の子達が食べている物や味を知っておけば何が足らないのかがわかって私の為にもなります。
まぁそもそもの資金が足らないというのは私からは言えませんので、文官と調整してくださいね。」
「は・・・伯爵様にはしっかりとお願いした資金を頂いて私共は運営させて貰っております。」
「それは良かった。
なら、この件は以上です。
えーっと・・・私や部下達の部屋を用意して貰えますか?
あと、後から1人合流しますのでその者の寝る所も用意してください。」
「はい、畏まりました。」
「念の為に言いますが、あくまで私達は旅人ですからね。
特別待遇は必要ありません。」
「はい、準備させます。」
院長が頷くのだった。
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