第1354話 昼過ぎのとある東町にて。6(強引に治してあげよう。)
冒険者組合の奥の個室にて。
武雄とイグノトが机を挟んで対面で座っている。
「これが金貨200枚だ。
あと謝礼金で金貨15枚も置いてある。
孤児院の院長達に詫びといてくれ。」
机の上に先ほど下の受付で降ろした金貨が乗せられていた。
「ええ。
・・・とりあえず数えますか・・・」
武雄が数を数え始める。
・・
・
「丁度ですね。
では、こちらを。」
金貨の横に先ほどの小瓶を出しイグノトの前に置く。
「あ・・・ちょっと待ってくださいね。
可能性を高める縁起の良い文字が・・・えーっと・・・これだったね。
背中に書くのが良いんだっけかな?
書きますよ。」
武雄がメモを見ながら言う。
「・・・拒否権はなさそうだな。
良いだろう、あんたの言うとおりにする。」
「ええ。」
と武雄がイグノトの後ろに回り、服をめくり背中に速乾性のペンキで長方形を書き内側に「福祉」と縦書きで書く。
武雄の胸ポケットからミアとパナが顔を出しているが何も言わない。
「書きましたよ。
さて・・・凄いですね、もう乾いています。
この文字を押さえていますから、どうぞ飲んでください。」
武雄が手を添える。
チビパナが伸ばせば触れる距離を保つ。
「・・・」
イグノトが小瓶を持ち上げようとするが力も入らずに指先が震えている。
「・・・」
武雄はその様子を黙って見ている。
「すまないが・・・介助をお願いしたい。」
イグノトが小瓶を机から持ち上げるのを諦め武雄達に言ってくる。
ベイノンが武雄を見て武雄が頷くとベイノンが小瓶を持ち上げてイグノトの口許に持っていく。
「介助はしますけどね・・・この手の飲み物は一気に飲むのが良いでしょう。
数回に分けて飲んで効能が発揮されなくても困ります。
・・・やれ!」
「はっ!」
ベイノンがイグノトの口に小瓶を当てながら片手でイグノトの鼻を摘み後ろに引くとともに口を開けさせ中に小瓶の中身を入れると鼻を離し小瓶をその場で落とし、両手で口を塞ぐ。
「飲み込むまで吐かせるな!」
「了解!」
「ふっ!ふぅ!!ぐぅ!?」
異常な事態と小瓶の中身の刺激でイグノトが涙目で首を振ろうとするがベイノンが阻止している。
「飲め!吐かせるわけにはいかないんだ!
体を動かしたいんだろう!治したいんだろう!飲むんだ!」
「ぐぅ!・・・っ!!」
イグノトの喉が動くのを確認するとパナがそっとイグノトの背に手を這わせてケアをかける。
ベイノンが手を退ける。
「な!なにをす・・・る?」
イグノトが右手でベイノンを振り退けるそぶりをして腕を上げたまま固まる。
「・・・効能に問題はなかったようですね。
動きに問題は?」
武雄がイグノトの前に座りながら聞く。
ベイノンも武雄の後ろに立つ。
「あ・・・ああ・・・動く・・・動く!ふぐっ・・・うぅ・・・」
イグノトが腕や腰を回しながら確認し、泣き始める。
「・・・」
武雄は何も言わずに机の上にある金貨215枚をリュックに流し込む。
「!?」
イグノトが音で顔を上げる。
「あぁ、体が動いた貴方の前に金貨があるのは私達の安全の為によろしくないので回収しました。
あ、ちなみにこれ魔法具の大袋ですから貴方では取り出せませんよ。」
「・・・いや、体だけでも治してくれてありがたい。
これが金貨200枚・・・ふむ。」
「400枚ですよ、その後に200枚で依頼したのですけどね。
さて・・・貴方はどうしますか?」
「輸送業はもう廃業だ。
信用がない者に良い奴隷の運送は任せて貰えない。今からまた一からやるのも・・・ちょっとな。
なら、ウィリプ連合国に行き、旅をしながらあんたの依頼をこなす事にする。」
「そうですか・・・手持ちが金貨535枚程度ですが・・・まぁ豪勢な旅にしなければ何とでもなりますか。」
武雄が頷きながら話す。
「それに向こうに行けば行ったなりに仕事があるだろう。
一応冒険者登録はしてあるのだしそれなりに過ごすさ。」
「・・・この小瓶をくれた方は先ほども言いましたが、ウィリプ連合国のドローレス国でのんびりと旅をしている方だったのですが、私の部下にケアをして貰った時に頂きました。」
「料金は・・・高そうだな。」
「ケアと小瓶合わせて夕飯代と金貨3枚。」
「はっ!?」
イグノトが呆気にとられる。
「いや~・・・高く買っていただきありがとうございます。」
武雄が満面の笑みをさせて答える。
「・・・だから値段の吊り上げもしなかったのか・・・」
イグノトががっくりとする。
「商売は安く仕入れて高く売る・・・でしょう?」
「その通りだ。
・・・原価がその値段という事は・・・」
「金に無頓着なのか、そもそも持っているですかね。」
「そうなるな。
他に特徴はあるか?」
「私が見たのは初老で小柄な女性、フードを被っていはいましたが、少し見える顔は端整な顔立ちでした。
ただ、部下にケアをかける際に見た腕と手首の肌質が若かったようにも見えます。
まぁそもそもこのクラスの小瓶をポンとくれる方なのですから・・・」
「その外見も当てには出来ないという事か。」
「ただ、確実に言える事は『少量の旅の金を稼ぐために気ままにケアをしている』という事です。
あ、もしかしたら回復ポーションを作って売っているのかも・・・」
「その過程でこの小瓶を・・・だが、市場に出すと身辺が危うくなると・・・確かにそれは言えるか。
旅人、ケア、ポーション・・・まぁとりあえずデムーロ国に戻って向こうに渡ろうと思う。」
「そうですか・・・ここからだと魔王国経由になりますよ?」
「あ~・・・うん、運送業の越境許可書はあるから問題ないだろう。」
イグノトが荷物を確認する。
「小瓶の入手が出来たならアズパール王国 ゴドウィン伯爵領 東町冒険者組合事務所 気付 ジョン・ドウ宛でお願いします。
そこから転送するように手配しておきます。」
「・・気付・・・ジョン・ドウ・・・
わかった、そうしよう。
買取価格はどうする?」
「1個金貨150枚で。
お互いに原価はわかっているのです。
成功報酬としてこの金額でしましょう、ちなみに私は金貨400枚程度で売る気でいます。
貴方もせいぜい命が狙われない程度で売りさばくことですね。
そして、見つけたのなら最低2個は送ってください。
それで貸し借りなしという事で。」
「わかった。
じゃ、俺は行かせて貰う。」
「ええ、とりあえず越境してデムーロ国に向かうのですか。
まぁ気長に待っていますよ。」
「あぁ、そうしてくれ。
じゃあな。」
イグノトが退出していく。
・・
・
「・・・さて・・・ベイノンさん、今から言う事を手紙に書いてください。
用紙は何でも構いませんよ。」
「了解です。
宛名はどうしますか?」
「魔王国陛下宛伝言書、差出人不明としてください。」
「了解しました。
・・・どうぞ、続きを。」
ベイノンが紙を取り出し武雄の言葉を紙に書くのだった。
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