第1226話 その頃の寄宿舎では。9(つまりはね。)
「キタミザト殿については、王立学院はジーナ殿の社会勉強用の場程度にしか考えていません。
エルヴィス殿のお付は滞在中の仕事という感覚です。
なので、キタミザト殿はジーナ殿に何かをしなさいと言った指示はしないと予想しています。
それにキタミザト殿は陛下や王家、各局長、各貴族会議の面々と普通に話をするので、何か問題があれば上の方で話し合いがされるでしょう。
私達は万が一の際の被疑者の救護とジーナ殿への対応と報告書の提出のみで十分かと考えています。」
フォレットが説明する。
「つまり王城の幹部達は既にジーナ殿が武力行使をするだろうというのが前提で動いているんだ。
そして王立学院の先輩達の懸念は上の幹部達で打ち合わせ済みなんだよ。
キタミザト家は相手の命は取らないとして、王都側は腕を折られるくらいは文句は言わないとね。
そしてジーナ殿が動くとしたらさっきも言った両貴族家への中傷時となる。
その際は第一報がキタミザト殿に行き、王都に向かわれるだろうが、着くまでに事実確認をし報告書をまとめて王都に着いたキタミザト殿と戦後処理をするという話なんだよ。
あ、ちなみに精霊魔法師についてはまだ公表していないからな。
貴族会議と担当局で議論の真っ最中だから公になるまで公言はしないでくれ。」
ラックがにこやかに言う。
「父さん・・・それ先輩達に言った方が良い?」
「言わない方が良いんじゃないか?
向こうも『父親からの依頼』と言ったんだろう?
この情報は彼らの父親の上司である局長達がキタミザト殿と直接している事だ。
向こうも組織としての注文を出ているし、どんな意図があるか分かった物ではない。
下の人間同士が情報を交換するのはままあるが、今回はあまりお勧めはしないな。
王都守備隊や二研のように所帯が小さいなら報告も指示もすぐに出来るから対処はしやすいんだが、各局は人数が多くて時間もかかるからな。
余計な情報が下から上がったら中堅辺りが大変になるだろう。」
「あの・・・僕達はどうしたら?」
「ん~・・・特にないな。」
ラックが考えながら言う。
「父さん、本当に無いの?
私も『接触に気を付けろ』と『宿舎の様子を報告するだけで良い』としか言われてないんだけど。」
「ん?その辺の情報はお願いしているが、実際に動く必要はこれっぽっちもない。
動くのは大人の役目だ。
お前はお前の好きなように宿舎を楽しめば良い。
ルーク君はお父さんに何か言われたかい?」
「特には・・・『万が一の際はキタミザト卿から事情聴取はされるかもしれないから噂は拾っておけ』というのと『率先して貴族側の勢力に付く必要もないから傍観者でいろ』と。
あとは『研究所関係で接触してくるかもしれないから勧誘には気を付けろ』と言われています。」
ルークがマイヤーに言われた事を説明する。
「うん、その通りだと思う。
大人の事情で交友関係を狭める必要はないな。
『交友関係は広く持て』、『自分の立ち位置を見誤るな』という所だろう。
相手が貴族だからとか獣人だからとか気にせずに友達付き合いをすれば良い。
その過程で君達がエルヴィス殿達と親交が深まったと言うなら良い話だ。」
ラックがウンウン頷く。
「それはそうなんだけど、ルーク君、君は職人になりたいんだって?」
フォレットが聞いて来る。
「はい・・・誰に聞きましたか?」
「私達王都守備隊は耳が良いんだよ。
と言いたいけど、ルーク君のお母様が引っ越される前に第八兵舎に来られてね。
マイヤー殿の離任に対して茶菓子の詰め合わせを頂いたの。
その時にルーク君の話になってね。」
「そうですか。」
「そ、でね。
職人がどうやれば成れるかはわからないけど、エルヴィス殿やジーナ殿と親交を深めるのは良い事になるわよ。
あそこはキタミザト家御用達の職人集団が控えているから頼めば最新の衣服とか武器とか届けて貰えるかもしれないからね。」
「あ、そうだ、エルヴィス領のトレンチコート、第1騎士団も幹部会で採用の運びになったよ。
一気に600名分だって。」
他の女性が思い出したかのように言う。
「そうそう、で、色が変更できないか問い合わせするらしいね。
今、隊員に色の意見集約しているらしいよ。」
「おーい、話が逸れてるぞ。」
「「はーい、お父さん。」」
大人の女性陣が笑いながら姿勢を正す。
「えーっと・・・父さん、大丈夫?」
「娘に心配されることはしてないが・・・
大丈夫だ、分隊長級で何かする事はないし、あっても指示が出るだけだ。
総長は胃を悪くしそうだが・・・まぁ王立学院は人事局の管轄だからな。
何かあれば向こうの人員が動くだろう。
俺達は傍観で良いんだよ。」
「ん~・・・良いのかなぁ?」
コートニーが腕を組んで悩む。
「あ、コートニーちゃん、封書持ってきている?」
「はい、持ってきています。
ルーク、はいこれ。」
コートニーがルークの前に封書を置く。
「あの・・・これは?」
「本当はコートニーちゃんが入学してルーク君と知り合ったら渡して貰おうと思っていたんだけどね。
今日来たから直接渡そうと思ってね。
中を見ても良いわよ。」
「はい・・・失礼します。」
ルークが封書を開けて中を取り出すと地図と書類とカードだった。
「それはね。
うち御用達の魔法具商店への地図と魔法量等を調べる調査と簡易魔法具譲渡依頼書。
あと王都守備隊の訓練場に入る際の許可証よ。」
「つまり・・・魔法を習えと?」
「うん、魔法師になりたくないという意思を持っているのかもしれないけど、こればっかりはね・・・
最低限のケアとシールドを覚えておいて欲しいのよ。」
「ケアとシールド。」
「そう、万が一、ジーナ殿が武力行使する際に無関係の生徒を守って貰わないといけないからね。
いくら何でも無関係な犠牲者を出す訳にはいかないのよね。
最低限、第1騎士団が着くまで守り切る力が必要なのよ。」
「それは・・・ジーナ殿に対せよと?」
ルークが書類を見つめながら呟く。
「え?違うわよ?
コートニーちゃんとルーク君はジーナ殿が巻き上げる壁や床の破片から生徒を守るのよ。
それ以外はする必要ないわ。」
フォレットがキョトンとした顔で説明する。
「え?」
「ん?」
ルークとフォレットがお互いの顔を見て「はて?」という顔をさせている。
「あ~・・・ルーク君、君にシールドとケアを教えはするが、戦えと言っていない。
上手に避難してくれと言っているだけだ。
済まないが受けてくれ、週2回の授業後で良いからな。
ちなみにコートニーは出来ている。」
「うん、私は初級魔法なら出来るようになっているからね。
まぁ入学式まで暇だからルーク、明日店と訓練場に行ってみようよ。」
「まぁ・・・初級魔法は出来た方が便利ですよね。」
ルークが悩みながら言う。
「あぁ、兵士になれと言っていないよ。
あくまで身を守る手立てを持っておいてくれという事だ。
じゃあ、よろしくな。」
ラックが席を立つ。
「さてと・・・ルーク、私達も帰ろうか。」
「そうだな・・・とりあえず、帰って今日の事を復習するよ。」
コートニーとルークも席を立つのだった。
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