第1054話 マイヤーの悩み。(職人を目指す息子へ。)
マイヤーが家族会議をしていた。
参加者はマイヤー。妻。娘。そして長男のルーク。
マイヤーが真面目にルークと話し合っていた。
「本当に良いんだな?」
「うん。俺は王立学院に行くよ。」
「そうか・・・
卒業後、どんな職業に就くかは・・・うちの家名を著しく落とすような職業と法に触れない限り私は何も言わないと言っておく。」
「そう・・・」
「アズパール王国はこれから多くの産業が産声を上げて行くだろう。」
「それはキタミザト卿が?」
「所長は各王家の土地に多種多様な種を蒔いている。
それのいずれも産業として成り立つ可能性があるな。
だが、芽が出ただけで育たない可能性もある。」
「王家がするのに?」
「ああ。王家でも育てられないかもしれない。」
「例えば?」
「例えばか・・何が始まるのかは言えないな。」
「なぜ?」
「正直な所、各地で何が始まるかの内容は俺も知っている。
だが、俺がお前に言ったらそれが先入観として残ってしまう可能性がある。
お前は職人を目指すと言った。
これから何が始まるのか・・・違うな。何が変わるのか、
それを見極める力があるのか試した方が良いだろう。
既存の事に注力していくのか。新しい事をして行くのか。
どちらを目指すのか。
そして、どちらが未来に繋がるのかの情報を手に入られるのか。
まぁ王立学院に居る中では情報は少ないかもしれない。
だが、今後、世の中がどう変わっていくのかすらわからない者が、職人になった所で先は見えている。
お前は、未来を掴むのか。先細りになって消滅する職人になるのか。
それはお前が王立学院の中で探せば良い。」
「親父は・・・新しい事に就けとは言わないのか?」
「必ずしも新しい事が未来に繋がるという事ではない。
古くからある事の方が結果、新しい事よりも素晴らしく未来に繋がるという事もあり得る。」
「わからない・・・」
「未来がわかる者など居ない。
その時その時で未来に繋がる行動をした者にのみ、未来が拓けるんだ。
・・・行動を起こす前に情報を集めろ。そして、その情報を元に選択肢を作りどれかを選べ。
人生の先立としてはそれしか言えないな。」
「・・・情報の取り方・・・そして選択。」
「選択肢は情報がなければ現れない。
情報がないのに選択したとは言わないんだ。
俺や母さんは、兵士としての選択をしてきたからこそここに居る。
正直に言えば、職人への選択肢は知らない。
だから、こちらから余計な事は言いたくない。自分で探せ。」
「うん。わかった。」
ルークが頷くのだった。
「あっ、あとお前が王立学院に入るという事は、うちの所長には報告するからな。」
「うん。それはしょうがないよね。」
「ああ。だが、それでだが・・・エルヴィス家の次期当主が今年入学し、お付はキタミザト家の配下が付くことになっている。」
「そう言えば言っていたような・・・
・・・俺にも何かあるかな?」
「所長側から表立っての依頼は無いとは思うが・・・寄宿舎内での噂は拾っておいてくれ。
何かあった際に活用されるかもしれない。
それと貴族側から接触が無いなら、お前はエルヴィス家に付く必要はない。
常に傍観者でいた方が良いだろう。」
「わかった。」
「あと・・・勧誘には十分に注意して欲しい。
これは俺の仕事に関係してくる可能性がある。」
「えーっと・・・研究所?」
「あぁ。それなりの秘密事項が研究される。
その情報を欲しがる連中が内外からお前に接触してくる可能性がある。
友達付き合いをするなという訳ではないが・・・何か誘われた時はそれなりに裏があるだろうとは心積もりをしておいて欲しい。」
「・・・そんなに危険な事を研究するの?」
「いや国家が左右されるような研究はされない。
だが、戦場で兵士達を生きながらえさせる為の研究がなされる。
兵士の一員として命が長らえさせられる可能性があるなら、適切な時期まで秘匿させておきたいと思っている。」
「そうかぁ・・・わかった。注意するよ。」
ルークが頷くのだった。
「さて。貴方。話は終わった?」
妻が話に入って来る。
「あぁ。とりあえずはな。」
「そぉ。じゃあ今度は家族の事です。
時期が時期なので、貴方は寄宿舎に行ってルークの受付を済ませてください。
それと、今向こうに行ってもすぐに王都に出立しないといけない可能性があります。
部屋が空いているなら、もう寄宿舎に入れないか確認してくれませんか?」
「そうだな・・・確認する。」
マイヤーが頷く。
「そして、貴方。これがエルヴィス家で見繕って貰った部屋の契約書です。」
妻がマイヤーの前に出してくる。
「・・・何も問題はないと思ったんだが・・・」
マイヤーがもう一度書面の中身を見始める。
「・・・問題がなさ過ぎです。
いや!好待遇過ぎます!
貴方。研究所での地位はどうなっているのですか?」
「第二研究所の総監・・・早く言えば副所長です。
所長はエルヴィス家の事もするので、不在時は俺が指揮を執ります。」
「・・・わかりました。
ならキタミザト家の家令兼執事の方と相応な部屋なのですね。」
「いや。ヴィクター殿達より上だぞ。」
マイヤーが現実を教える。
「・・・え?」
「少なくとも部屋数はうちの方が上だったと思うな。
向こうは父親と娘さんの2人暮らしだし、娘さんも一緒にキタミザト家の執事兼メイドとして働いているから日中は居ないしな。
寝に帰っているのが現実だな。」
「・・・その・・・良いの?」
妻が恐る恐る聞いて来る。
「あぁ。所長達は何も言ってこない・・・問題ないと思うぞ。
そもそも所長は主家のエルヴィス家の部屋住みだからなぁ。
邸宅は無いし、何か相談があればエルヴィス伯爵も含めて2貴族との話し合いになるからな。」
「・・・普通の貴族ではないのね?」
「常識に囚われない貴族だな。」
「・・・んー・・・・どうやって接すれば・・・」
「奥方は奥方同士でやってくれ。」
「キタミザト卿の奥方って鮮紅なのでしょう?」
「エルヴィス伯爵家3女のアリス殿だな。
普通の貴族令嬢だぞ・・・キレなければ。」
「そこが私達一番の試練なのよ。」
妻が妻達会議で何か話されているようで困り始める。
「いや・・・普通の貴族令嬢だ。問題ない。」
マイヤーは「どうやって説明すればわかってくれるんだ?」とアリスの前評判の高さを思い知るのだった。
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