第1012話 エルヴィス家の午後。2(2人の魔眼。)
「はぁ!」
「くっ!」
ジーナが燕飛でくり出した下からの突き上げをアリスは下がるのではなく1歩踏み込み、顔の左横に通して躱す。
「なっ!」
「このぉ!」
お返しとばかりにアリスは右から横殴りに剣を振るうが、ジーナは無理矢理とも言える強引な瞬発力を発揮し、後ろに飛び距離を取る。
ジーナ自身も強引過ぎたのか地面に膝を付いて息を整える。
アリスの横殴りは空振りに終わるがジーナに対し左半身を前に構えて右手は木剣を持ちながらも力を抜いて下げていた。
「むぅ・・・」
アリスは不満顔だ。
「くっ・・・せやぁ!」
ジーナが今度は下段に剣を構えながら走り込みアリスに斬りかかるのだった。
「ジーナもよくやるわね。」
「チュン。」
「きゅ。」
その様子を少し離れた所からコノハとスーとクゥが見守っている。
3人ともお茶と細目のかりんとうを食べながら観戦をしている。
「・・・ニオ。私は速く動かなくて良いのですか?」
パラスはニオと槍の突きを練習していた。
「うむ。
パラスはその段階は終わっているな。今は体の使い方を再確認する必要がある。」
「・・・1/5程度で動くのは疲れます。」
「まぁ。疲れるだろうな。
呼吸も動きに合わせるから特にキツいだろう。」
「ニオ。これの効果はなんなのです?」
「体の使い方を思い出す事と自分が苦手な箇所を認識する意味合いがある。」
「苦手な箇所?」
「そうだ。
どんな動きにも得手不得手というのが個人にはある。
我ら精霊は少ないがな、ないわけではない。
それに得てして苦手な箇所は無意識に速く動かしてしまう物でな。
その場所を自ら確認するのだ。」
「なるほど。」
「一呼吸の間にどんな事をしているのか。
改良の余地はあるのか。いろいろ自ら考えてしていく必要があるな。
ん?今日も終わりみたいだな。」
ニオがアリスとジーナの方を見ながら言う。
「そうですね。
2人とも魔眼を発動させましたね。」
パラスも手を休めて2人を見るのだった。
アリスは左足を前にし、木剣を握る両手を顔の右に持っていく。タイ捨流の独特の構えをする。
ジーナは右の腰辺りで後ろ側に水平に剣を構えて対峙している。
「・・・」
「・・・」
アリスとジーナは共に魔眼を発動させていた。
ここ数日の2人の組手は魔眼を使わなければ拮抗しているが魔眼を発動してからはアリスが必ず勝っていた。
ジーナは考えていた。
「アリス様は両手用、こちらは片手用の違いはあるが魔眼を使わなければアリス様と同等に打ち合え拮抗出来ているはず。」
だが、この魔眼を発動しての組手はことごとく負けている。
「身体能力や反応速度は互角なのに・・・なぜ?・・・魔眼を発動すると何かあるのか?・・・」
自分とアリスの差がわからないのだった。
アリスはというと。
「ジーナちゃん。困惑しているなぁ」とジーナを見ていた。
魔眼を使わないでの組手はジーナに若さの分だけ・・・種族による身体機能の差で速さという事では負けているのだというのは自覚している。
だが、こと魔眼を発動しての組手は自分が勝っていた。
アリスにとっては理由は簡単なのだが・・・ジーナは魔眼の効力を正確に理解出来ていないようだ。
いや。そもそも効力が本当に同じと決まっている訳もなく。
各々で魔眼の使い方を見つけるしかないか。
「はぁ・・・王都に行くまでに自分に合った戦い方がわかれば良いのですが・・・」
アリスはそう呟くのだった。
アリスとジーナは威圧の魔眼の持ち主、同じ系統の魔眼の持ち主が出会う方が稀なのかもしれない。
いや。そもそも魔眼持ちがほぼいないのだ。
この2人が出会ったのは奇跡なのかもしれない。
さて。威圧の魔眼の効力とは、威圧と身体強化と武器強化のみをする。
つまるところ相手を怯ませ、剣を速く振れて、当たれば威力がとても高いという事なのだ。
ゴブリンや一般兵なら何の問題もなくただ剣を振るい、体に当てれば倒せる。
王都の第2騎士団のような専門職達なら動きに少し気を止めておけば対処は容易だし、そもそも剣が当たれば倒せないまでもそれなりに大きな傷を与えられる。
アリスとしては普通に剣を振るっただけで通常の倍・・・いや数倍の威力を発揮するという状態になっていた。
魔眼を発動させなくても他の兵士達よりも速さも威力もあるというのは余談に過ぎないだろう。
さて・・・実は厄介な事が付随されていた。
それは周りが遅く感じるのだ。
遅くと言っても走っている人が歩いているように感じる程の遅さではない。
本気で走っている人が、少し手を抜いた感じの走りに見える程度。
コンマ数秒遅くなるのだ。
だが、普通ならいざ知らず戦闘中にコンマ数秒遅くなるのは致命的な遅さになる。
そこにアリスの思いっきりの良さが加わり人間種最上位と言わしめる域に達していた。
そしてここからが問題なのだが、アリスの感覚では体の動きと自身の感覚が若干ズレると感じていた。
周りが遅く感じる事と同じ感覚で体の動きを止めるまでに時間がかかっているのか、もしくは自分が考えるよりも剣を振るう速度が速く、いつものように止めようとしても止めきれていないのだ。
剣を横殴りに振り払うだけなら気にもしないが、しっかりと相手を見定めて剣を振るった時に大振りをしている感じがするのだ。
最初に感じたのは武雄との模擬戦。
その時は武器の所為かと思い、王都でバスタードソードに取り替えて少し改善が図られた。
だが、その後のリザードドラゴンでも若干の違和感があった。
そして今マリの下で剣術を稽古していると如実に感じてしまっていた。
ここでアリスは「武器ではなくて私の問題か」と気が付く。
アリスがなぜジーナに勝てるかと言うと・・・全力で振るっていないからという事になる。
アリス的には「ズレるのは思いっきり振るから・・・じゃあ思いっきり振らないで体の動きを意識していれば良いのでは?」となって今に至る。
事実、組手の際は魔眼を発動しないならば全力で、魔眼発動時は全力ではなく8割方の力で振るっていて剣の軌道や剣を止める位置を強く意識していた。
魔眼発動時の剣の威力ではジーナに劣るかも知れないが正確に思った通りの場所に打ち込む事の方が重要と考えるようになっていた。
対するジーナは魔眼を発動していてもしなくても思いっきり型通りに剣を振っている。
はっきり言ってアリスから見たら大振りなのだ。
なので魔眼を発動しない方が剣術としては上だったりする。
「「・・・」」
両者は振りだす時を見極めている。
ジーナは今心から思う事がある。「ご主人様。どうやってこのアリス様に勝てたのですか?」
ジーナは武雄の評価を高めるのだった。
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