第4話 START&DASH
「聞いてくれるんですか?!」
「話くらい聞いてこいって友達に言われたんで…。」
素直に伝えるのは少しだけ恥ずかしくて、そりゃ嘘ついているわけではないけど心の中で思ったことは口にしないことにした。
「…図々しいお願いなんですけど……。」
彼女が次に発する言葉をその時はドキドキしながら待っていた。
あれ?
なんでかな?
なんか……楽しい。
「僕に出来ることでお願いしますよ?」
「もちろんですっ!先生にしかできないお願いです。」
「……はい。」
「私に小説を教えてください。」
一瞬頭が真っ白になった。
怪我のせいかと思ったけど、……どうやら違うみたい。
「あの……、もう一度言ってもらえますか?」
「……私に小説を教えてください!!!!」
えーっと、
こういうのってどうすればいいのかな?
まあ簡単なことじゃないことくらい予想はしていたけどこれはあまりにも唐突すぎないか?
「その……具体的にどうすれば?」
「私が書いた物語に感想をくださるだけでいいんです……。
やっぱりどうしても尊敬する先生に感想をいただきたくて……。」
「……。」
僕は小説を学んで書き始めたわけじゃない。
物心がつき始めた頃から物語を考えるのが好きで、大きなっていくうちにそれを言葉にしてたまたま作家になれただけであって、そっち系のプロではない。
「僕で本当にいいんですか?」
「先生以外にはお願いしたくないんです。」
初めてあった時に見た、決心の固まった力強い目がまた僕を見つめた。
そうだ、この目。
この目を信じて僕は彼女の頼みを聞くって決めたじゃないか……。
「家には持ち帰りたくないので昼休みの時間ならずっと図書室にいます。来月からは新連載も始まるので1ヶ月間だけ……でよければ。」
「ホントですか?!
それで大丈夫です!
ありがとうございます!!!!」
力強く見つめていた目は、ぱっと明るくなって整った顔の目尻が優しく下がった。
こんなにも綺麗なのに、どうしてみんな……。
「理由は聞かないでおきますね。
あまり質問して欲しくないみたいなので。」
「ありがとうございます。
1ヶ月間、ということなのでその期間が終わったらお話しますね。今は……。」
表情がくるくる変わる人だな。
明るかった顔は少しだけ困ったようになって、まるで今にも泣いてしまいそうだった。
この人はきっと繊細なんだろう。
どういう理由があって冷徹女と呼ばれるようになったのか年下の僕にはわからなかったけど、その話もいつかは彼女の口から聞けるのだろうか…。
〜キーンコーンカーンコーン〜♪
授業の終了を告げるチャイムが校内に響き渡って、廊下からは生徒の笑い声が聞こえ始めた。
「じゃあ私はそろそろクラスに戻りますね。
手当してくださってありがとうございました。」
「あ、いいえ。」
優しい笑顔をつくって笑いかけた。
まったくこれじゃどっちが先輩かわからないじゃないか。
「先生っ!
また明日っ!」
飛び切りの笑顔で保健室を出ていく彼女。
誰も知らない、僕だけが知る彼女の笑顔。
迷惑な話だけど、なぜか僕にはこれが幸せなことであるような気がした。