第17話 笑っていて
「……翠乃は今どこにいるんですか?」
動揺は隠せず、震えた声に伴って僕の目からは涙が流れていた。
喧嘩別れしたはずだった……
僕のことを嫌いだと言ったはずなのに、翠乃はずっと僕のことを変わらずに思ってくれていた。
その想いがこうして僕と詩羽先輩を出会わせてくれたんだ……。
「母と父に頼んで遺骨はうちのお墓に入れました。
翠乃ちゃんのご両親は特に気にもしてなかったので……」
僕が知っていた彼女の両親は優しくて面白くていつも明るい感じだった。
翠乃の家で大変な事が起きて、変わってしまったことに僕が気づいて彼女を、翠乃をあの時に助けてあげなくちゃいけなかった……
「詩羽先輩……、お願いします。
僕を、僕を翠乃のところに連れていってくださいっ」
情けなかった。
1番近くにいた。
どうしようもない状況にいる翠乃のそばにいたのに……
「謝らなくちゃ……会って謝りたいんです。
翠乃に会いたい……」
あの温もりに触れることもあの微笑みを見ることももう二度とできない。
翠乃はこの世にいない……
それでもいい。
もう一度そばにいたい。
「行きましょう……翠乃ちゃんのところへ」
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中途半端な時間。
夕日が沈んで夜になる少し前の空白の時間。
僕と詩羽先輩はいくつもの街を越えて彼女達の思い出が溢れる小さな街を目指した。
駅ビルもキオスクすらもない駅に停まって少しの人が出入りする。
その光景を詩羽先輩と手を繋ぎながら眺めていた。
僕の知らない翠乃が通った道。
僕の知らない翠乃が生きていた世界。
いつの間にか電車の外では少し早い雪が降り始めていて辺りを白く染めていた。
『間もなく〇✕駅〜〇✕駅〜』
「次の駅です」
東京を出て2時間と少し。
僕の見たことのない景色には見渡す限りの自然と優しい明かりを灯す家々が並んでいる。
降り立ったホームで東京では感じることのなかった寂しい風が頬を撫でて、まるで自分が未知の世界に取り残されたような気持ちになった。
「お墓までは少し距離があるので母が迎えに来てます。
車で向かいましょう?」
「はい、ありがとうございます」
人もまばらな小さな駅、改札は2つしかなくて翠乃が過ごし、詩羽先輩が生まれ育ったこの田舎が僕を出迎えてくれた。
「なんかとても和なところですね……」
僕が抱いたのは感動という感情。
こんな所に遠足でも来ることはなかった。
「今心の中ではド田舎って思いましたね?」
そんな僕におどけながら冗談を言ってくる詩羽先輩がとても愛おしい……
自然と繋いだ手に力がこもった。
「大丈夫、そんなに力まなくても翠乃ちゃんは彗悟くんに会ったら喜んでくれますって!」
「でも僕は……翠乃のために何もしてあげることができなかった」
「翠乃ちゃんにとって、彗悟くんの活躍は生きる糧だった。
彗悟くんの頑張りがいつも翠乃ちゃんを支えていたんです。
だから……そんな顔しないでください」
駅の外で詩羽先輩のお母さんが来るのを待っていた。
寒くて赤くなった僕の頬に彼女の細い手が触れる。
泣きそうな顔で僕を見つめる。
「お願い、翠乃ちゃんのために笑っていて……」
そうだ……
翠乃は僕の落ち込んだ顔が大嫌いだった。
泣き虫な僕が大嫌いだった。
夢を語る僕のことが好きだった。
笑顔の僕が好きだった。
僕は……喜ぶ翠乃が大好きだった。
翠乃のことが大好きだった。
これは過去との決別……
未来を生きるための選択。
だから僕は前に進むしかない。
翠乃のために……
詩羽先輩のために




