第14話 ぐちゃぐちゃな思い
結局、予想通り詩羽先輩は通学路で見かけるものの図書室に来ることは無かった。
僕のことを見つけても避けるように、わざとらしく目をそらした。
待つしかないって思ってはいたけどさすがにそんなふうな態度をされるのはメンタル的にも辛かった。
なんであの時、先生なんか引き受けてしまったんだろう。
なんでこんな人を、好きになってしまったんだろうって。
全部引き受けなければこんな思いせずにすんだのに……
でも先輩の隣にいることに幸せを感じていた思い出がその考えをかき消した。
嘘じゃないもんな……
とりあえず辛くたって、クリスマスまで待つしかないよな。
今はこないだみたいに自分から話しかけることはできない……
そして迎えた翌日の放課後。
僕は巴衛さんの勤める事務所の会議室で出された甘いコーヒーを口に含んで、自分が書いた小説を読み直していた。
Primulaを書いたのは中学二年のことで、その時以来見ていないから読むのは3年ぶりだろうか……
ちょくちょく確認のために見直すことはあったけど、久しぶりの自分の物語は今の僕にプレッシャーと不安を与えた。
今の僕にはこんなに純粋に物語を書くことは出来ない。
昨日、久しぶりにパソコンを開いて設定を考えてみたけど全然考えがまとまらなかった。
先生なんて……
偉そうだな。
結局1人じゃ何も出来ないくせに……
「歌詩さん到着しました。
間もなく入室されまーす」
2人組の人って言ってたな。
こんな時に会うなんてちょっと失礼かな……
何も感づかれないといいけど。
低音のノックが部屋に響いて、巴衛さんが返事をした。
「はい、どうぞー」
『失礼します。
遅くなってすみません。
歌詩の詩と申します』
ドアを開け、可憐な動きをする女性。
澄んだ綺麗な声。
初めてあった日にあの静かな図書室で聞いたあの声と同じ……
「詩羽先輩……」
ドアを開けると同時に声を出しながら、深々とお辞儀していた人が顔を上げた。
毎日見ていた、僕の大好きな人。
「そんな……こちらこそお呼び立てしてしまってすみません。
どうぞおかけになってください。
今、お茶をお出ししますね」
「おかまいなく」
巴衛さんにむけ愛想笑いを浮かべた彼女は、首に巻いていたマフラーを取りコートを脱ぐと僕に名刺を差し出した。
「先生に渡すために急いで作りました。
改めまして、漫画家の詩と申します」
「すみません。あいにく僕はそのようなものは持ち合わせていなくて……
作家の臼杵陸翔と申します」
どんな態度を取っていいのかわからなかった。
頭にあるのは戸惑いだけ。
だって漫画家なら小説を教える理由なんかどこにもないじゃないか。
こんなに僕に踏み込んでくる必要なんて、なかったじゃないか……
「先生と詩さんは同じ高校見たいですね!
顔見知りだったんですか?」
「全然っ!
先輩は僕のことなんて知らないよ、きっと。
僕は先輩のこと……よく知ってたけど」
「そうなんですか!
お綺麗ですもんね〜」
だから咄嗟にそう言ってしまったんだ。
でもきっと、これからのためにはその方が良いんだ。
余計な感情なんか忘れて、知り合う前の関係に戻った方が良いはずなんだ。
「マジ、学校でも有名だから」
笑い声を交えたりして、他愛もない話をできるだけ引き伸ばした。
今日の予定は顔合わせ。
だから少し話せば開放されるから。
もうこんなに苦しまなくていいから。
戸惑いはいつの間にか痛みへと変わって僕の心をジワジワと締め付けた。
「歌詩さんは2人組と聞いたんですけど今日はもう一人の方はこられないんですか?」
「歌は今、療養中で家から出られないんです」
「なるほど、だから今回引き受けてくださったんですね」
「もともと臼杵陸翔先生の大ファンでしたし、描かせていただきたいなって!」
どこまでが嘘でどこまでが本当なんだろう?
僕に見せてた笑顔は全部嘘だったんですか?
「あ、あの……一応顔合わせも、話の確認も済ん だので少し席を外してもよろしいでしょうか?
気分がすぐれなくて……」
「だ、大丈夫です……」
「大丈夫だから……
ちょっと外で休んでる」
会議室を早足で出て、別の階にあるロビーで深いため息をついた。
これは……怒りなのかな?
自分の中にある感情がぐちゃぐちゃしてよく分からなかった。
また、翠乃の時みたいになってるのか……
周りが見えなくなって、何も考えられなくて……でもその中から生まれたPrimula。
僕はまた何かを犠牲に自分の財産を生み出してしまうんだろうか……
時刻は午後4時30分。
20階建てのビルの最上階から見る夕焼けはそれなりに綺麗で、むしろこんな所で自分の中の思いに整理をつけられない僕がより一層惨めに思えた。