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第9話 ひきこもり勇者の正体はアレだった

 こちらの世界に戻ってきた僕と白猫は、住んでいるアパートの前に立っていた。


「ここです」

 白猫が『ここ』と示したのは、自宅の右隣の部屋だった。


「ほんとに、ここ?」

「ほんとに、ここです」


 僕の問いかけに、白猫は涼しい顔をして答える。


 白猫と出会った日に、宝箱を押し付けてきた少女が隣の部屋に戻って行ったのを思い出していた。彼女の住んでいる部屋が、勇者の逃亡先だというのか。


 どういうことなんだ。わけがわからない。


 困惑している僕にチャイムを鳴らせと、白猫が前足で指示を出してくる。


 彼女の背丈では、よっぽど神がかり的なジャンプをしないとチャイムを押せないからだ。人間をうまく利用するのも猫の特権だ。下僕は従うしかない。


 ピンポーン。

 一度鳴らしても返事はない。二度、三度と鳴らしても無駄だった。


 あの日、自分がされたように十五連打してやろうかと一瞬思ったがやめておいた。

 試しにドアノブを回してみると、鍵がかかっていないのか普通に扉が開いた。


「開いてるみたいだけど、どうしよう」

「入っちゃいましょう」


 白猫が前足で入れというサインを出す。いずれ特殊部隊が使うハンドサインとかも繰り出してきそうだ。下僕は従うしかない。


「あのー、すみませんー、勇者がこちらに来てませんかー?」


 間抜けな呼びかけに、誰も答えない。


 部屋の中に、小さな隣人の姿は見えないようだ。

 鍵もかけずに出かけたのだろうか。


 テレビはついたままだ。ゲームでもしていたのか、RPGのバトルシーンのようなものが画面に映されている。


 白猫はなぜか冷蔵庫を開けて中身をチェックしていた。まさか、人間界の物を食べて、また人間の姿になるつもりなのか。


「人の家のものを勝手に食べたらダメだぞ」

「食べません。勇者様を探してるだけです」


 白猫は振り返り、いたずらしているところを見つかった猫のような顔をする。


「勇者がそんなところにいるわけないだろう」

「いえ、彼も私に負けないぐらい食いしん坊なんです」


 話が噛み合っていないし、言っている意味がよくわからなかったが、気にせずにそのまま部屋の探索をする。


 廊下とキッチンを抜けて、奥の部屋に入ったときに、最初は気がつかなかった。

 それはあまりにも、そこにあってはおかしいものだったからだ。


 足元に放置されていると思っていたゲーム用のコントローラーがもそもそと動いている。


 コントローラーだけが勝手に振動して動いているのかと思ったら違った。

 それを動かしているものがいたのだ。


 だが、脳は自分の視覚がまちがっていると判断して、本当は見えているのになかったことにしてしまったのかもしれない。そのせいで気づくまでしばらく時間がかかってしまった。


 それを動かしていたのは、黄金色のもふもふな小さな毛玉だった。

 あの少女の肩に乗っていたハムスターだ。数ミリのちいさな前足で、コントローラーのボタンを操作している。


「え?」

 と僕が思わず声をあげた。


「え?」

 と言ったハムスターが振り返り、驚いたのかその場で数センチ飛び上がった。


 お互い声にならない声を発しながら、それぞれの目線が交わる。

 もこもこで、まるっとしたフォルム。


 びっくりして飛び上がったときに、ちらりと見えた小さなしっぽ。

 びっくりして見開いていてもつぶらな瞳。なにもかもが可愛らしい。


「勇者様、帰りますよ」

 白猫が勇者様と呼んだのは、そのハムスターだった。


 まだゲームで遊ぼうとしていたハムスターをコントローラーから引き剥がし、逃げ出さないように抱っこする。


 白猫がハムスターを抱っこしている。


 小さいもふもふが、さらに小さいもふもふを抱っこ。

 もふもふが、もふもふを、もふもふ。


 なにこれ、すげー可愛い。

 ひとしきりデレデレとしまりのない顔で、その光景を眺めていた。


 そうだ、デジカメを部屋から取ってきて二人の可愛い姿を写真におさめよう。そう思った僕に対して、白猫が止まれというハンドサインを出して動きを封じた。


 なにそれ、すげーカッコイイ。

 可愛いとカッコイイが同時に成立するなんて、卑怯すぎる。


 恐ろしき白い毛玉なり。僕は今、毛玉地獄に囚われているようだ。こんな地獄ならずっと囚われていたい。


「さぁ、勇者様は捕獲しました。時間がありません。急いで帰りましょう」

「あ、はい」


 僕は恍惚とした表情のまま、白猫に促されて宝箱に吸い込まれると、あちらの世界に落ちていった。






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