第8話 十三度目の正直
チェーンソーは強かった。
まったくもーってぐらい強い。
雑魚敵なんて先っちょで、チュンって触るぐらいで即死だ。
強すぎる。
道中で出会って何度となく撃沈されてきたレア敵ですら、チェーンソーで瞬殺だった。
もはや僕が魔法使いである必然性がまったくない気がするのだが、本当にこれでいいのだろうか。
そんなこんなでようやく汗だくになりながらも、なんとか勇者の家まで到着した。
十三度目の正直だ。今度こそ叩き潰してやる。
「愚か者めが、また戻ってきたのか」
偉そうな口を聞いている木製軍団に向かって、チェーンソーで切りつける。
「うぼあー」
扉、テーブル、椅子、タンスが一瞬で粉々になって消滅した。
あっけなかった。瞬殺だった。
チェーンソー、まじリスペクト。
「そりゃーまぁ木製の家具なんだから、チェーンソーならイチコロですわな」
乾いた笑みを浮かべると、足元にいる白猫が突然短く唸った。
ハンターの目になっている。
白猫の瞳孔が開き、全身の毛が逆立っていた。
実家で飼っていたシロも窓辺で外にいる獲物を見つけると、カカカカカカッという謎の声を出しながら、こんな目をしていた気がする。
「ど、どうしたの?」
「なにかいます!」
白猫は空中を見つめたまま唸り声をあげた。
「なにかって、なに」
「わかりません。なにかです」
怪しい雰囲気のSEとエフェクトが発生した直後、今まで何もなかったところに突然、白い文鳥が現れた。
「よく見破ったな、きさまっ!」
バトルフィールドが展開した。
だが相手は白い文鳥だ。真っ白でふわふわっとした毛に、桜色の艶やかなくちばし。
Lv9999とか書かれている。
でも全然強そうじゃない。
さっきから何度もくちばしでつつかれているが、全然痛くない。
むしろこそばゆい。
攻撃されてるというより、じゃれてるようにしか思えない。
なにこれ。
可愛すぎるんですけど。
これを倒せとかどういうことだよ。
「無理っ」
チェーンソーを地面に投げ捨て、両手を挙げて降参した。
こんな可愛らしい生物を攻撃なんかできるわけがない。
またコンティニューか。
っていうか、どうやっても倒せないなら、ここでゲームオーバーじゃないのか。
そう思ったとき、それまでかかっていたイケイケな感じのロック調のバトル曲が、急に繊細なピアノ曲に切り替わって、バトルフィールドが消えていった。
「そなたに勇者に会う資格を与えよう」
白い文鳥がくるりとその場でとんぼ返りをすると、部屋の一番奥にある扉が自動で開いた。
「え? 資格?」
「さぁ、奥の部屋で勇者を仲間にするのだ」
白い文鳥にそう言われて困惑している僕に、白猫が飛びついてくる。
「すごいです。このトラップに引っ掛からなかった人は初めてです。素晴らしいです。心が美しい証拠です」
「え、そ、そうなの? えへへ」
うれションでもしそうなほどに喜んでいる白猫を見ると、僕もなんだか嬉しくなり、デレデレしながら奥の扉に向かった。
「勇者様、お迎えに来ましたよー。一緒に魔王を倒しに行きましょうー」
部屋の中に入って声をかけたが、そこには誰もいなかった。
「誰もいねーじゃねーかよっ」
人の気配すらない空間に向かって、わかりきったツッコミをした。
もちろん返事はない。
白猫が部屋のあちこちを念入りに探しまわるが、勇者の姿は発見できなかったようだ。
「どうやらタイミングが悪かったみたいですね。あちらの世界に逃げ出してる最中みたいです」
「逃げ出してるって、どういうことだよ」
彼女が肩をすくめる。猫のなで肩をどうすくめるのかと聞かれると困るが、すくめているように見えるのだから仕方がない。
「実はこの世界の勇者様は、ずっとひきこもりをされてまして」
「は? 勇者が、ひきこもり?」
「そうなんです。勇者が初めて戦闘をしたときに、スライム相手に会心の一撃を喰らって、バトル開始二秒で死亡するという、勇者の歴史が始まって以来のワースト記録を更新しまして、そこで心が折れてしまったらしくて」
「そりゃー折れるだろうね、ぽっきりと」
レア敵に瞬殺されたときを思い出して、その勇者に同情せざるを得なかった。
勇者は悪くない。こんな無茶苦茶なバトルバランスを放置している創造神がすべて悪いのだ。
「なので、それからLv1のままずっとひきこもった状態でして。その心が折れた勇者を守るために、家の家具がやたらと強くなってしまって、それで新たにこのような回りくどいミッションが設定されているという次第です」
白猫はなんとも気まずそうにしている。
勇者がひきこもりって、どういうシナリオなんだよ。
しかもこっちの世界ではひきこもりのくせに、あっちの世界に逃亡って、どういうことだ。いろんな意味で酷すぎるだろ。
「仕方ないので、じゃあ戻りますか」
「は?」
勇者の部屋をいろいろチェックしていた白猫が僕を見た。
「あちらの世界です。だいたいのメドはついてますから」
「え?」
ここに来た時と同じように、僕と彼女は宝箱の中に吸い込まれて、元の世界に落ちていった。