第7話 コンティニューは続くよ、どこまでも
見覚えのある場所に僕と白猫は倒れていた。
ここに来るのは十三回目だった。
勇者の家にたどり着く前に、先ほどから何度となくエンカウントした敵は『レア敵』という名前だったらしい。またいつもの雑なアレだ。
やたらと強くて出会い頭に瞬殺されていたが、ようやく相手の名前がわかるところまで攻撃に耐えることができたので、やっと敵の存在が正体不明ではなくなった。
だがその直後にやられてしまったので、結果は一緒だ。こうしてここに舞い戻る羽目になっていた。
そもそも初めて勇者の家まで移動した時は、一度も雑魚戦すら発生しなかったというのに、二回目以降はレア敵に必ずといっていいほど出会うこと自体もおかしい。
それに序盤に出会い頭に瞬殺されるような強敵を配置するのも、バトルバランス的にいろいろ間違っているとしか言いようがない。なにもかもがおかしい。
そのほかにも、道端に落ちている宝箱を開けたら毒ガスが出てきて死んだり、別の宝箱を開けたらなんの脈略もなく突然地面が陥没して即死したり、さらに別の宝箱を開けたら骸骨が入っていて一瞬で呪われてミイラになって死んだり、ありとあらゆる宝箱トラップにもかかりまくった。
僕が宝箱が大好きで、見つけたら開けずにいられない習性があるを知っていて、わざとトラップが仕掛けられているとしかいいようがない。
罠を解除するスキルすら用意されていないのに、こんな仕様はあんまりだ。ひどすぎる。
上の方から、ちゃりーん、ちゃりーんと金額が目減りするようなSEが聞こえてくる。
コンティニューしたせいで大幅に報酬が減らされたようだ。
これ以上死にまくっていると、下手をしたらマイナスになるのではないかと不安になってくる。
もう死ぬわけにはいかないかもしれない。
気を引き締める。
「で、ここから再スタートなわけですね」
「そうなりますね」
「また勇者の家まで競歩ですか」
「そうなりますね」
「っていうかさ、ここに落ちてくるまでって、あっちの世界から宝箱の中を通って来るわけじゃん」
「そうなりますね」
「だったら、最初に宝箱から落ちるときに、到着地点を勇者の家の前にしておけば、わざわざ競歩しなくて良かったんじゃありませんかね」
「そうなりますね」
「さっきから、『そうなりますね』以外言わないのはバグですか?」
「いいえ、近年稀に見るしくじりっぷりだったものですから、ちょっと放心状態になっていただけです」
白猫は目を合わせてくれない。
そういえば、実家で飼っていたシロもこんな顔をしていたときがあったなと思い出す。
たまたま手に入ったゴージャスご飯をあげた翌日に、いつものお安いご飯を出したら、きまってこんな顔をされた。全身で「不愉快である」とアピールしているときの、あの表情と同じだ。
「怒っているということでしょうか」
「そうなりますね。こんなに序盤でコンティニューを繰り返す人は初めてです。これほどまでに弱い方だと知っていたら、連れてきませんでした。運のなさ、潜在能力の低さ、いろいろ見誤っていたようです。道端に落ちている宝箱にしても、開けたらすべてのトラップに引っかかるとかありえません。運が良かったのは最初だけでしたね。あの会心の一撃ですべての運を使い果たしたのかもしれません。まったくもーってぐらい残念です」
白猫は相当怒っているようだ。言葉の端々に棘がありまくる。
心がえぐられる。精神的なダメージでHPが減らないか心配になるレベルだ。
「すみませんね。こちらはなんの心の準備もなく、勝手にこんな世界に連れてこられたもんですから。初心者なんだから慣れるまでミスぐらいするだろ。っていうか、常識的に考えてあのバランスがおかしいだろうがよ。初見で必ず死ぬみたいなのおかしいだろ。エンカウントしたら終わりとかいう不可抗力はありえなさすぎだよ。それに宝箱の中身が全部トラップっておかしすぎるだろ」
「しーっ。あからさまな批判はやめてください。ミッションに挑戦できなくなりますよ。それにこの世界では宝箱に『公式』と描かれていないものは、ほかのプレイヤーが勝手に配置した偽物の宝箱なんです。だからトラップだらけなのは当たり前です」
「そんな大事なことは最初に言ってくれよ」
「聞かれなかったから、ご説明しませんでした。だいたい二、三回罠にかかった時点で、普通の方でしたらおかしいと考えてご質問されるものなので。てっきりわかっていてわざと罠にかかっているのかと思っていました。まさか本気で罠にかかっているとは見抜けずに大変申し訳ございませんでした」
こんなに丁重に謝られているのに、どう考えても罵倒されているようにしか思えないのは気のせいではあるまい。
白猫は相当怒っているようである。これ以上文句をいうと、どんな反撃を食らうかわかったものではない。
んぐぐぐと、言いたいことを必死に我慢する。言いたいことも言えないなんて、どんだけ不自由な世界なんだ。
よりによって宝箱が他人を陥れるための道具に成り下がっているのも理不尽すぎる。宝箱はご褒美であるべきだ。
ドキドキするための罠なら意味があるが、トラップがほぼ100%の宝箱なんて、もはや宝箱ではない。ただの罠だ。
ゲームの中の世界のくせに、現実以上に殺伐としていて窮屈で楽しくないとはどういうことだ。楽しくないなんてゲームとして許されない。
とにかくクリアしないことには直接文句も言えないらしいので、溢れ出る苛立ちをなんとか飲み込んでやり過ごす。
クリアする目的が、だんだん莫大な報酬よりメッセージで文句を言うことのほうに傾いている気もするが、深く考えないようにする。今は先に進むしかない。
「と、とりあえず、今度は強そうな敵にエンカウントしたらすぐに逃げる、むやみやたらに怪しい宝箱を開けない、それでいいんだろ」
「そうなりますね」
白猫はまだ怒っているようだ。
怒っている顔も可愛らしいからやっかいだ。あんまりジロジロ見ていたせいで白猫に睨まれた。慌てて目をそらす。
「それとタンスのあの技は見切った。というか、タンスに魔法は使えない。きっとあの扉部分を破壊するまで、魔法以外で攻撃しないとダメって攻略方法なんだろ。だとしたら、もっと打撃系の攻撃ができるパーティキャラがいないと無理だよねこれ。バトル設計が間違ってるよ、絶対に」
「打撃系ですね。こんなのはダメでしょうか」
白猫が宝箱に前足を突っ込んで中から出してきたのは、バナナだった。
「え?」
「え?」
一瞬だけ空気が固まった。
真面目につっこんでいいものだろうか。悩みながら一応聞いてみる。
「こ、凍らせたら確かに釘とか打てるかもだけど、そのままを武器として使うのはちょっとどうかと……」
「これは非常食です」
白猫はバナナを宝箱に戻して、涼しい顔をしている。
テーブルや棚に飛び移ろうとして着地に失敗した猫が、まるでなにもなかったかのように振る舞うときのあの顔だ。
どうやら、さきほどのミスはなかったことにされたようだ。ばれてないとでも思っているのだろうか。こういうときに、猫が賢いのかバカなのかよくわからなくなる。
「こちらで」
白猫はそう答えながら、宝箱に前足を突っ込んで中から出してきたのは、チェーンソーだった。
なるほどねーって、いやいやいや。
「え? ちょ、えぇ? こ、こんなのありなの?」
「宝箱から出てきたということは、創造神的にはアリみたいです」
そういえば昔レトロゲームが好きな父親から、強いボスがチェーンソーでサクッと倒せるみたいな小粋なRPGがあったと聞いた覚えがある。
案内人の白猫がアリというなら信じるしかない。小さくため息をついた。
「じゃーそれで」
「はい」
問い正したいことが山ほどあったが、これからまだ体力が必要なので黙っておくことにした。真面目にすべてにつっこんでいたら体が持たない。
何かがいろいろおかしいなと思いつつも、なにもかも諦めるしかないようなモヤモヤとした気持ちのまま、勇者の家まで競歩で向かった。