第6話 タンスLv100が手強い
勇者の家に入った時、僕たちを待ち構えていたのは、テーブル、椅子、タンスの姿をした敵だった。
もちろん、例のごとく有無を言わせずオートイベントが始まってしまう。
心の準備もへったくれもない。
「扉の野郎は、無様な死に方をしたらしいな」
「俺たちはそんなヘマはしねーぜ」
いかにもな悪者っぽいちゃっちぃセリフを吐いているのは木製の家具たちだ。
それぞれの家具には細かい模様が彫り込まれており、なんだか高級そうな作りをしている。だが、いわゆる顔のようなものがあるわけでもない。本当に普通の家具そのものだ。なのにセリフはしゃべってくる。
どうやらここにも当たり前のことをごく当たり前に創造できるまともな神様とやらは宿ってくれなかったようだ。シュールの神様だけが降臨している。
それぞれの家具の頭上には、『テーブル Lv10』『椅子 Lv15』『タンス Lv100』と書かれている。
レベルが10、15、100……?
「いや、その、ひとつだけバランスおかしいだろ」
僕のツッコミも虚しく、バトルは始まってしまった。
最初の段階でいろいろと雑だなーとは思っていたが、どうやら嫌な予感は当たってしまったらしい。やっぱりこの世界の創造神とやらは、バトルバランスをまったく考えてないようだ。
雑な仕事をしておいて創造神とか笑わせるな。
大声で叫びたい気持ちでいっぱいだった。だが、それを言うと強制排除されてしまうらしいので、仕方なくなんとか心の中だけで責め立ててはみるが、もちろん何の意味もない。
「果たして倒せるかな?」
一番強そうなタンスがニヤニヤとこちらを見て笑っているような気がするが、顔はないので本当のところはどうなのかわからない。
木製家具のくせにLv100なんて、まったくもって生意気だ。
必死に先ほどと同じように炎を念じながら、敵に向かって杖を向ける。少しはレベルアップしたはずだから、今度こそちゃんと魔法が使えるはずだ。
そう信じて、杖から炎を放った。
「くらえっ!」
思った以上に大きな炎が敵に向かって飛んでいく。
これなら倒せるかもしれない。
そう思った瞬間だった。
「愚か者っ!」
相手に放ったはずの炎が、何倍にも大きくなってこちらに向かってくる。
どどどどういうことだっ!
よく見るとタンスが変形していた。いつのまにか上部の観音開きの扉が開いている。扉の裏に隠されていた大きな鏡で、その炎を反射させていたのだ。
そんな馬鹿な。
気づいたときには、もうすべてが遅かった。
威力が倍増した炎に焼かれ、僕と白猫はその場に倒れた。いい感じに丸焦げだ。
コンティニューしますか?
はい
いいえ
僕はぐったりしながら、『はい』を選んだ。
※
見覚えのある場所に僕と白猫は倒れていた。
この世界に初めて訪れたときと同じ荒野だった。
「なるほど。コンティニューすると、ここから再スタートなわけですか」
遠い目をしながら白猫に尋ねた。レベルも1に戻っている。すべてリセットされているようだ。
「そうなりますね」
白猫は真顔で答えた。
「また競歩からですか」
「はい」
ふと思った。勇者の家についた時点でセーブをしておけばよかった。
そうすれば、あそこからやり直せたのに。
「この世界にはセーブという便利機能というか、最低限の機能はないのかな」
「セーブ自体はできるらしいのですが、保存データを変なところに上書きしてしまうというバグがあるようです。そのためシステムデータのロードすらできなくなり、ゲームを再開することも不可能になります。再現率100%のバグなので、こちらでは回避のしようがありません」
「は?」
「つまり、このミッションをクリアするためにはセーブをしてはいけないということなのです。ですから、魔王を倒すまではノーミスでクリアしなくてはならないということになります」
「えぇぇぇーっ?!」
マジでありえない。
一度でも失敗したら最初からやり直しなんて、いつの時代のゲームだよ。
ファミコンですら、ちゃんとセーブできたって父さんから聞いたよ。呪文を間違えて泣いたりしたらしいけど。
何十年も前のゲームよりも退化してるってどういうことだよ。わけがわからないよ。
「大変でしょうが、まぁ、その、頑張って下さい」
「あ、う、はい」
白猫は「重々承知している、みなまで言うな」といいたげな表情をしている。
確かに、あくまで案内役でしかない白猫に文句を言ったところで仕方がない。
恨むべきは創造神だ。
もしクリアしたら「バグだらけのまま公開すんじゃねー」とぶちまけてやりたい。そのためには、とっととクリアしなくては。
深く息を吸って心を落ち着かせる。
よし、今度は、タンスの観音開きに騙されないぞ。
気合を入れた僕は、白猫とともに、再び勇者の家に向かって出発した。
だが二、三歩進んだときに突然エンカウントし、バトルフィールドが展開された。
どんな敵かなーと確認する間もなく、気が付いたら負けていた。
コンティニューしますか?
はい
いいえ
呆然としながら、『はい』を選んだ。