第5話 勇者の家で初めてのバトル
あまりの疲労で意識が遠のきそうになったとき、ようやく勇者の家とやらに到着した。
家の前で膝から崩れ落ちた僕は、ぜーぜー、はーはー言っていた。
ここに到達するまで長かった。
荒野を滑るように歩き、海の上を歩いた。
山を越え、谷を越え、川の上も歩き、僕たちは延々と競歩で移動し続けた。
未だかつてこんなに走ったことはあっただろうか。
いや、ない。
正確には走ったのではなく、倍速で歩くという謎の競歩だったが。
やっと勇者の家に到着したときには、ありえないぐらいに全身が筋肉痛になっていた。
小さな体をしているとはいえ、白猫はこの世界の住人だからか、ぜーぜーも、はーはーも言ってない。
羨ましい。
この世界は間違いなく人間に優しくない。
全然優しくない。
最初からこの調子だと先が思いやられるなとため息をつく。
創造神とやらは、自分で作った世界を生身で冒険するべきだと思う。そうすればこんな無理ゲーみたいなものはできないはずだ。
わざわざ魔法使いの衣装を用意するぐらいなら、乗り物を実装してほしい。
製作者の都合とか、大人の都合とかいろいろあるんだろうけど、最低限のシステムは用意してほしいものだ。
目の前に立っている勇者の家だって、木製のログハウスっぽいつくりになっていて、北欧風というのだろうか、淡い色合いの壁や窓枠など、やたらとデザインに凝っている。
細部に神が宿るのは大変結構だが、全般的な最低限必要なシステムを実装するほうの神様も宿ってほしいところだ。
「では入りましょうか」
白猫に促されて、扉を開けようとした瞬間、何者かが立ちはだかった。
「果たして入れるかな?!」
突然周りの風景が切り替わり、閉じられた空間のようなバリアが展開された。
フィールドの中央には、扉の形をした謎の物体というか、普通の木製扉が微妙な感じで動いている。
上のほうに『扉 Lv5』と書かれている。
「え? なに? どういうこと?」
「勇者を守っている者たちとのバトルです。戦いますよっ」
慌てふためいていたら、白猫が宝箱からアイテムを取り出して、敵に向かって投げつけた。
粉のような膜が一斉に広がる。敵が攻撃をしてきたが、ミスと表示される。目くらましの効果があったようだ。
「私はアイテム師なのです。あなたを援護しますから、魔法でやっつけてください」
「魔法? どうやって使うの」
「杖を相手に向けて念じてください。炎だとか、氷だとか、雷だとか」
「わ、わかったよ」
言われた通りにやってみる。いつも自分が遊んでいるゲームなら、ボタンを押したら勝手に魔法を使ってくれるけれど、この世界ではそういうわけにはいかないようだ。
敵が扉ということは、きっと燃えやすいだろうから使うなら炎かな。
必死に炎を頭の中で浮かべて、相手に杖を向ける。
「えいっ!」
だが出てきたのは、しょぼいライターみたいな炎だった。
「……」
白猫はなにも言わないけれど、心底がっかりしたような顔をしていた。
僕だって自分にがっかりだ。
「えーっと、じゃあ、まずは殴りましょう。杖で殴っちゃいましょう」
白猫の投げやりな言葉に、本当にそれでいいのかよと心の中でつっこみながら、扉の敵に殴りかかった。
杖が敵にヒットした瞬間ものすごい音がして、衝撃波の反動で尻餅をついた。
派手なエフェクトが目の前で瞬いた後、扉は砕け散った。
「すごいです。会心の一撃が出たんですね」
なんだかよくわからないが、ラッキーだったようだ。
レベルアップした風なSEが鳴り響く。バリアのようになっていたバトルフィールドも解除された。
一気にレベルが22にアップした。いろいろと成長バランス的におかしい気がする。
「あの扉、あんがい経験値が高かったみたいです。よかったですね」
白猫が喜んで小躍りしている。なんだか可愛い。
初めて敵を倒した手応えのような達成感はまったくなかったが、彼女が喜んでいるならそれでいいか。
起き上がってローブについた土ほこりを払い、ぎこちない笑顔で頷く。
「じゃあ中に入りましょう」
そう白猫に促されると、僕は家の中に入った。
すんなり中には入れたが、そこからまた面倒臭いことになりそうだった。