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第4話 魔法使いになったようです

 目覚めた場所は荒野だった。


 体を起こしてみると、遥か遠くの山がうっすらと見える。それ以外は少し草が生えている程度の荒れ果てた土地が広がっているだけだった。


「えーっと、ここは……どこ? っていうか、僕はなに?」


 僕はいつのまにか金色の細かい刺繍が施された深紅のローブを着ていて、手には大きな宝石が埋め込まれた杖を持っていた。


 それはまるでRPGの世界で着るような衣装と装備だった。


 自分の左下あたりの空間に目をやると、自分の名前である『まこと』という文字のほかに、HP、MP、Lv1と表示されている。


 これはどう考えてもアレだ。ゲームの中の世界っぽい。


 流行りのVRMMOというやつなのだろうか。それともあの宝箱の中で白いお姉さんに撲殺されて、別の異世界に転生でもしてしまったのだろうか。よくわからない。


 でもそのどちらでもないような予感がする。純粋にゲームの中に組み込まれてしまったという感じがしていた。うまく説明できないけれど、なんとなくそんな気がしたのだ。


「ここは『再会の地』という場所です。こちらの世界では、あなたは魔法使い様なのです。だからお呼びしたのですよ」


 そう言ったのは、さきほどまで手をつないでいたはずの白いお姉さんではなく、猫の姿に戻った白猫だった。


 綺麗なお姉さんではなくなってしまったことにちょっとがっかりした反面、僕はほっとしている部分もあったりする。


 僕は女性と付き合ったことがない。

 中学、高校時代は男子校だったし、大学も男子がやたらと多い学部だった。ある意味サラブレット的に女性と縁がない生活をしてきた。


 ここ数ヶ月のうちに女性と話をしたことなんて、コンビニやスーパーのレジでポイントカードのやりとりをしたときぐらいだ。


 だから、遠巻きに見ている分には白いお姉さんは素晴らしいけれど、いきなり二人きりというシチュエーションは、やっぱり無理があった。


 今目の前にいる白猫はシロに似てるし、とりあえず可愛いからそれでいいや。僕は猫が大好きだし、と自分を納得させることにした。


「君の衣装は、そんなジャージのままでいいの?」


 白猫は、さっきまで着ていたはずの緑のジャージをマントのように羽織っていた。背中にはあの宝箱に紐をつけてリュックのように背負っている。


「はい。私はただの案内人ですので。それにもともと普段からなにも身につけていませんし。この緑の服は気に入ったから飾りとして付けているだけです」


 そうか、猫って基本裸なんだよな。

 ふと、さきほど自分の部屋でちらりと見た、白いお姉さんのありのままの姿が脳裏に浮かんだ。


 って、いや、ち、違う。そうじゃない。

 今目の前にいるのは、可愛い白い毛玉だ。そうだ白いもふもふ毛玉だ。


「こちらの世界では、人間界からやってきた方しか服を着ていないのが普通なのです」


 なるほど、人間以外はみんな裸かー。

 むふふ……って、いやいやいや。

 それはそれ、これはこれだ。


 変なことを考えていたことを悟られないように、平静を装って白猫の話を真面目に聞いているふりをする。


「私の一族は、あちらの人間界で食べ物を食べてしまった時だけ、人間の姿になってしまうという呪いがかけられているので、そのときだけはさすがにちょっと恥ずかしいので服を着ますが」


 人間の姿だと恥ずかしいと感じるのに、猫の姿のときはどうして大丈夫なのだろうとふと思ったが、とりあえず深く考えないことにした。


 これ以上考えると変態の森っぽい謎の扉を開いてしまいそうだからやめておこう。


「その呪いって治らないものなの」

「残念ながら治し方はわかってません。実は大昔に人間と恋に落ちて追放されたご先祖様がいたらしく、自分が死ぬ間際に恨みを果たすために、一族に呪いをかけたのではないかと言う説が濃厚ですが、今のところはまだ原因がよくわかってないので治しようがない、という設定になっています」


 どこかで聞いたような話だ。泡になってしまった魚っぽい人の亜流みたいなものなのか。

 じゃあこの一族は人魚姫ならぬ、人猫姫の末裔なのだろうか。


「もしかしたら、単純に異世界のアイテムを使うことによるバグのようなものかもしれません。とりあえず、現状はあまりきちんと検証されていない状態ですが、あちらの世界の食べ物を食べることさえ我慢すれば問題ないので大丈夫かと」


 白猫はドヤ顔でそう言った。どのツラを下げて問題ないと言い切れるのだろうか。


「大丈夫っていうけど、明らかにさっき我慢できずに食べて、人間になってたよね……」

「いけませんか」


 白猫は鋭い目つきで、僕を睨みつけた。


「い、いけなくはないけど」

「人間界のご飯って、おいしいものが多すぎると思いませんか。あのすき焼き弁当を食べて確信しました。人間界の料理はマジでやばいと」


 白猫は、がぶり寄りでもするつもりなのかというぐらいの勢いで僕のローブをぐいぐい引っ張りながら力説してくる。


「あ、うん、まぁ、そ、そうかな……」

「我慢するなんて、おいしいご飯に失礼だと思うんですよ」


 白猫の鼻息が荒い。顔が近いです。ローブに爪を立てないでください。


「そ、そうですね」

「だから、私はガンガン食べることにしました。なので突然呪いが発動しても、あまり気にしないでくださいね」


 気にしないでと言われても、ところ構わずに素っ裸になるのはどうかと思うよと注意したかったが、心の中だけでとどめておいた。


 有無を言わせず『人間は猫に従うべきだ』的な思考回路は、猫だから仕方がないのかもしれない。下僕の人間は猫様に逆らっても無駄だから諦めることにした。

 まぁ、べ、べつにたまになら人間になってもいいけどね、などと思っていたのはここだけの秘密だ。


 白猫は人間界の食べ物が大好きだという主張が聞き入れられたことで満足したのか、僕の体から飛び降りて遠くの山を見つめた。


 首に巻いている緑のジャージをまるでヒーローのマントのようにひるがえす。キリッとした表情は、ちょっと格好いい。


「あなたにお願いしたいのは、勇者の手助けです。最終的に魔王を倒していただきたいのです」

「なるほど、ベタな設定ですね」


「ありがとうございます」

「いや、褒めてないです」


 なんだか話がかみ合わないようだが、白猫は気にしていないようだ。やっぱり猫だからそこらへんはおバカさんなのかもしれない。


「急ぎましょう。このミッションには時間制限があるのです」

「いきなりですか」


 白猫が上のほうを見る。それにつられて僕も上を見る。

 なにもない空間に『23:59:22』と表示されている。


「二十四時間以内にクリアできなかった場合は、最初からやり直しとなります。コンティニューするたびに、ミッションクリア時にもらえる報酬が目減りしますので、ご注意ください」

「二十四時間で解決しろって、ジャック・バウアーかよっ」


「はい?」

「いや、なんでもないです、ごめんなさい」


 母が好きだった海外ドラマに出てくる登場人物のことだったのだが、ちょっと古かっただろうか。軽くすべったようだ。

 いやそもそもこちらの世界であちらの世界の常識は通用しないのかもしれない。言わなければよかった。


「ここはRPGの法律が支配する世界なのです。だれも逆らえません。急いで目的地に向かいましょう」


 いろいろ考えるのも反論するのも、もう諦めた。

 どうせ目的を達成するまでこのミッションとやらに付き合わされるのだろう。ちゃっちゃと終わらせて帰らないと。そちらに集中しよう。ちゃんと帰れるのかどうかも謎だけど。


「わかったよ。で、どこに行けばいいの」

「マップを見てください」


 白猫が背負っていた宝箱を下ろして前足を突っ込むと、羊皮紙っぽいカバーがついた謎の装置を出してきた。

 タブレット風に操作すると、中に世界地図らしきものが表示される。島の形がなんだか日本地図っぽいのは気のせいだろうか。


「ここです」


 白猫が指差したというか肉球で指し示した場所には、『勇者の家』と書かれていた。いかにもRPGの世界らしいベタなネーミングである。工夫もくそもない。ど真ん中にもほどがある。


「まずはこちらで、勇者を仲間にしてください」

「え? そこからですか?」


「詳しくはまたのちほどご説明しますが、九十九個の神器も集める必要があります」

「九十九個って、ちょ、ちょっと、数を間違ってないのそれ」


「本当は九千九百九十九個という設定だったようなので、まだマシになったレベルみたいです」

「そ、そう……ですか」


 ゲーム開始から、勇者を仲間にして、九十九個の神器を集め、魔王討伐するまでを二十四時間で? どんな無理ゲーなんだ。


 だが、世の中には三十秒ぐらいで世界を救う勇者というのもいたらしいので、それに比べればまだまだ甘いということなのだろうか。


「で、その勇者の家まで、どうやって行けばいいの」

「もちろん徒歩です」


「徒歩? 乗り物とかないの? 馬車とか、空飛ぶ絨毯とか、そういうのあるでしょ普通」

「ないんです。この世界を設計した人が面倒臭がりだったので、徒歩の処理しか用意されてないのです」


 一瞬ぽかーんと口を開けてしまった。

 酷すぎる。


 目的地の勇者の家は、日本っぽい地図でいうところの東京っぽい場所にあるが、僕たちが今いるところは北海道っぽい場所だ。


 あまりに遠い。この距離を徒歩ってどういうことだ。アレすぎる予感しかしない。


「で、でもこの海は? さすがに海の上を徒歩っていうのは無理だよね」

「海の上も歩けます」


「は? なんだよそれ。いい加減な作りだな」

「しっ。創造神を批判する言葉を発すると、強制的にログアウトされる危険性があります。絶対に口にしないように」


「なにそのルール。普通バグとか問題があったら問い合わせでバグ報告するとか、そういう機能があるもんじゃないの」


「残念ながら問い合わせ機能もバグってるようで、送信してもエラーになってしまうみたいです。もしどうしても、創造神になにかおっしゃりたいことがあるのでしたら、クリア時にメッセージを送れる機能が付いているらしいという噂がありますので、そちらで思いの丈をぶつけていただけると助かります」


「クリア時にメッセージって……わかったよ。もういいよ。黙ってやればいいんだろ」


 僕は大きなため息をついた。白猫は少し困ったような顔をしている。


「では行きましょう、競歩で」

「きょ、競歩? 普通の徒歩じゃないのかよ」


「モーション的には歩きしか用意されてないんですけど、実際には走るような速さで移動するというバグ技です。この世界の住人はみんな使っています」


 白猫がすちゃすちゃと競歩の動きを目の前で見せてくれる。歩きモーションのまま滑るように地面を移動する様は、なかなかシュールだ。


「バグ技放置とか、どんだけ適当な仕事をして……」

「しーっ」


 彼女に注意されて、んがぐぐとなりながら、僕は白猫と一緒に、勇者の家まで競歩で向かうことにした。






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