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第20話 変えられる未来

 あの日、両親もシロも死んだ。

 それも僕のせいで。


 だからあの日からずっと僕はひきこもって、すべての過去を否定した。


 未来をアバターの僕に無責任に転化して、本物の桜井真さくらい まことはずっと過去に閉じ込められていた。


「確かに変えられない未来もあります。それは仕方のないことです」


 白いお姉さんが支えている大きな盾は、ドラゴンの炎や棘を何度も防いだせいでボロボロになってきている。あと何回耐えられるかわからない。シロクマ店員のやつ、なにが『最強』だ。適当なことを言いやがって。


「ですが、今あなたの目の前にある未来は、変えられる未来なのではありませんか」


 盾に亀裂が入りだした。破壊されるのは時間の問題だった。それでも必死に白いお姉さんは僕を守り続けている。


 変えられる未来……。

 そうだ。

 まだ終わりじゃない。


「この世界のルールを変えるのは……僕だ!」


 白いお姉さんが背負っている宝箱を開け、手を突っ込む。

 どうかお願いだ。倉庫番の白い兄弟たちよ。バナナはいらない。アレをくれ。


 願いが通じたのか、僕の手にはノートPCが収まっていた。あちらの世界と有線でつながったままだ。これならいける。


「よし。待ってろ、今すぐ世界を変えてやる!」

 未だかつてないぐらいの速度で、データを書き換えていった。


 本来機能しているはずのコードがコメント処理されているところがいくつも目に付いた。ついでにそれもすべて元どおりにする。


 ふと前に白猫が口にしていた、宝箱にバックドアみたいなものが設定されているという噂を思い出す。


 一応、宝箱関連の記述を一通り確認してみた。バックドアらしき記述がいくつか見つかった。その中に、ネット上にデータを保存しておけるオンラインストレージサービスのアカウントとアドレスが隠されていた。


 ログインして、中のデータを見る。何もない。だがよく見ると、ゴミ箱に大量にデータが捨てられているのを発見した。すべてのデータをサルベージして中身を確認する。


 ほとんどが両親やシロに関するデータや画像、動画だった。子猫だったシロや、両親が子供だったころの写真やデータもある。中には本物の桜井真が記憶から消そうとした、あの事故があった日の記録や、両親が最後にメールした画像のデータもある。


 偽物のアバターである僕が見たことのなかったものばかりだ。今まで見ていたSNSのデータは全部これらが一度削除されたあとに捏造された嘘のデータだったということなのだろう。


 悲しい思い出をすべてなかったことにしようとして、データ自体も消そうとしたけれど、どうしても消すことができずに、外部のオンラインストレージサービスのデータとしてかろうじて残されていたということかもしれない。


 入手した本当のデータをSNSにアップデートする。その瞬間、僕の中にデータが流れ込む。真実のデータで上書きされたことによって、僕の記憶もクリアになる。


 すべての真実の記憶を取り戻した今の僕なら全部わかる。

 何を変えればいいのか。

 どうすればこの世界の未来を変えれるのか。


 キーボードを凄まじい勢いで叩きつける。みるみるうちにコードが修正されていく。


「これでどうだ、こんちくしょー」

 僕はデータを更新した。


 その瞬間、世界中がブラックアウトする。

 十秒ぐらいの間、無の世界が訪れた。


 自分の心臓の鼓動が聞こえて来る。

 本当に僕はこの世界を変えられたのか。


 だがその心配は無駄に終わった。

 光が戻ってきたとき、ドラゴンの炎と棘は消えていた。


 炎と棘のエフェクトを無効にし、ダメージをゼロに書き換えておいたからだ。


 ずっと攻撃を耐え続けていた白いお姉さんは、ボロボロの盾を手放した。地面に落ちた盾は砕け散った。ギリギリだったようだ。


「間に合っ……た……みたい……ですね」


 白いお姉さんは、疲労と安堵のあまりその場に倒れそうになる。

 僕は必死に駆け寄り、彼女を抱きとめる。

 それと同時に、彼女は白猫の姿に戻った。


 エプロンの布を少し引きちぎり、白猫の前腕の傷に巻きつけ止血する。

 あの雪の日、本物の桜井真が初めてシロを拾ったときのように、白猫を優しく抱きしめて、頭を撫でてやる。


「大丈夫か。痛くないか」

「平気です、このぐらい。そうだ、ごめんなさい。せっかくいただいた緑の衣装を台無しにしてしまいました」


「そんなこと心配しなくていいよ。洗濯してシミ抜きして、破れたところを縫い合わせたら、また今まで通り使えるよ」


 僕は苦笑して、ぎゅっと白猫を抱きしめる。


「ありがとう。ずっと守ってくれて。おかげでなんとか世界を変えられた」

「よかったです、飼い主様。あなたならきっと大丈夫だと信じていました」


 白猫はとても幸せそうに微笑んだ。ふと背後からドラゴン魔王が叫んでいるのが聞こえてきた。


「どういうことだ」

 ドラゴン魔王は、何度も炎や棘の攻撃をしようとするがなにも起こらない。


「攻撃できない、なぜだ」

 状況の変化についていけず、苛立ち困惑しているようだ。


 今なら説得できる。

 白猫を抱いたまま、魔王にゆっくりと近づいて語りかける。


「もう戦わなくていいんだ。僕が世界を書き換えたから」

「何を言ってる? 意味不明だ」


 ドラゴン魔王は、僕から逃れようと退こうとする。

 だがすぐ後ろには壁が立ちはだかっていた。逃げ場はない。


 ずっと部屋の隅っこの岩陰に隠れていたハムスター勇者が、ドラゴン魔王の前に駆け出していく。


「ほんとなんだよ。この魔法使いさんはすごいんだよ。本当にこの世界を変える魔法が使えるんだっ! 最初は、ちょっと失敗しちゃったけど。でも戦いをやめたら、きっとちゃんと話が進むはずだから。君を殺さなくても、このRPGをきちんとクリアできるように、この魔法使いさんが直してくれたんだよ」


「嘘だ」

 ドラゴン魔王は首を横に振る。


「嘘じゃないよ。本当なんだ」

「信じられない」


 ハムスター勇者の声を聞かないように、ドラゴン魔王は耳をふさごうとする。だがドラゴンの姿では耳まで両手がうまく届かないようだ。


「信じてよ。君がぼくをかばってくれたあのときみたいに、君が無条件でぼくのことを信じてくれたように。もう一度、ぼくの言葉を信じてよ」


 ハムスター勇者は、ドラゴン魔王の体に飛びついた。


「やめろっ。私の体に触れるな。棘で怪我をするから」


 ドラゴン魔王は、体を大きく左右に振り、ハムスター勇者を振り落とそうとする。


「大丈夫。全部それも魔法使いさんがダメージを無効にしてくれてるから、全然痛くないよ」


 ハムスター勇者は、振り落とされないように食らいついている。


「もうその衣装はいらないんだよ。だから顔を見せて。いつもの君の顔が見たいんだ。ぼくが大好きないつもの君が見たいんだ。君のおかげであの時のぼくは救われた。今度は、ぼくが君を救う番だ!」


 そのハムスター勇者の言葉で、ドラゴン魔王の動きは止まった。


「ほんとに……ほんとに、もう戦わなくていいの?」

「ほんとだよ」


 ハムスター勇者が頷くと、ドラゴン魔王の肩が小刻みに揺れ始めた。


「怖かった……自分ではなにもしていないのに、この着ぐるみを身につけた途端に、勝手にみんなを攻撃し出して。止められなかった。ごめんね。いっぱい傷つけちゃって、本当にごめんね」


 顔は見えないが泣いているのかもしれない。


「……後ろのジッパー、一度閉めたら、日付が変わるまで自分では下ろせないの」

 ぼそりとドラゴン魔王が言う。


「わかった。魔法使いさん、お願い手伝って」


 ハムスター勇者が僕を呼ぶ。

 ドラゴン魔王が戦意を喪失したおかげで、バトルフィールドが消えていく。


 僕は、ドラゴンの着ぐるみに付けられた背中のジッパーを下ろして、本日の魔王だった少女を中から出した。


「おかえり、いつもの君」


 ハムスター勇者が少女に飛びついた。

 少女は涙をぬぐうと、いつものようにハムスターを肩に乗せて微笑む。


「うわ、なんか汗くさいよ」

 ハムスター勇者が体をのけぞらせる。


「うん、この着ぐるみくさいの。だからもう着たくない」

「大丈夫だよ。もう二度と着なくていいから」

「よかったー」


 ハムスター勇者と少女はクスクス笑っている。

「ありがと、勇者」


 少女はハムスター勇者のほっぺにキスをした。そのタイミングに合わせて、エンディング曲らしき音楽が流れ始めた。


 その直後に一瞬だけブラックアウトしたかと思うと、ハムスター勇者は中年男性の姿になっていた。それは父にそっくりだった。


「戻れた。俺もとの姿に戻れたよ、母さん」

 父さんは、子供のように飛び跳ねて喜んでいる。


「父さん、はずかしいから、服着て」

 そう言った少女も中年女性の姿になった。

 母さんにそっくりだ。頬を赤らめながら母さんが目を背ける。


「あ、ご、ごめん。って母さんも服がちっちゃいよ」


 僕は慌てて、父さんにエプロンとふんどしを、母さんにローブを渡す。

 両親は装備を受け取り装着する。


「久しぶりだね。ちゃんとこうやって顔を見るの」


 二人はじっと見つめあってから、照れくさそうに手をつないで、何度も確かめ合うようにハグをした。

 母さんが僕のほうを見た。


「ありがとう。あなたがプログラムを直してくれたの? すごいよ。格好よかったよ」

「それほどでも……」


 僕は初めて親という存在に、偽データのSNS経由ではなく直接褒められて、少しこそばゆかった。


「あ、でも実はわかってて直したわけじゃないんだ。不自然にいじられてた場所のコメントをついでに外しただけで、たまたまなんだけどね。きっと真のエンディングを迎えたときに、二人とも本来の姿になるように設定されていたんだと思う」


 僕の頭を父さんがわしゃわしゃっと豪快に撫でる。


「でかした。さすが俺の息子の分身だけあるな」

「もう、そんな子供みたいな撫で方しないでよ。僕はもう大学生なんだから」


 そう言った僕の顔を、父さんがニヤニヤと笑いながら見ている。


「いくつになったって、親にとっては子供は子供なんだよ。諦めろ。シロだって大事な子供だ。なーシロ」


 父さんは僕が抱っこしている白猫の頭を撫でる。


「ニャー、あ、すみませんつい、いつもの癖で。それにしてもお父様も、お母様も、元どおりになってよかったです。本当によかったです」


 白猫が目を細めている。


「うん、よかったよ、本当に」

 僕は頷いた。

 これでこのゲームは終わりだ。


 あちらの世界でも、今頃スタッフロールが流れ始めているはずだ。


 画面の上のほうから落ちてくる名前を眺めてみる。


 シナリオ、プログラム、グラフィック、音楽、すべての項目に『桜井真さくらい まこと』と書かれている。


 散々いままで創造神のことをバカにしてきたが、その残念な創造主が僕自身だったということに、僕は苦笑いをするしかなかった。


 これがブーメランというやつか。

 なかなかいい具合にグサグサ刺さっている。


 だがそのおかげでプログラムを修正できたのだから、結果オーライということにしておこう。


 ふと登場人物の配役を見てみると、勇者には父さんの名前が、本日の魔王には母さんの名前が書かれていた。


 この世界の勇者がいじめられてひきこもりになるというエピソードは、もともと幼馴染だった父さんと母さんの出会いの話を聞いていたからできたものだったのかもしれない。


 小学生のころから、へんな実験の真似事のようなことをして失敗ばかりしていた父さんを、両親も教師もみんな危ないからやめなさいと禁止させたり、怒ったりしていたらしい。


 同級生にも失敗ばかりしてるから、バカ博士と揶揄されていじめられていたそうだ。しばらく学校にも行けなくなり、ひきこもりになっていたこともあるようだ。


 だがそんな中、母さんだけがわざわざ家に通って、実験も手伝ってくれて、ずっと両親や教師、同級生を説得してくれたらしい。


 そのおかげで父さんは、なんとか学校にも行けるようになったそうだ。


「君は絶対に成功する。いつかすごいものを作るよ」


 それが母の口癖だったらしい。その予言通り、父は大人になってすごいものを作った。

 さらに研究が進めば、多くの人の命を救うことになるかもしれない素晴らしい研究だった。


 でもそれが実現する前に、あの日事故で亡くなり、その研究は頓挫したままなのは皮肉としか言いようがないけれど。


 小さなころからずっと一緒だった父さんと母さんは、いつも仲良しだった。

 前に一度、喧嘩をしたことはないのか、父さんに聞いたことがある。


「するわけないよ。だって自分のことを一番信じてくれてるのは母さんだから」


 父さんはそう言って笑っていた。

 その時のことを本物の僕が覚えていたから、この勇者と魔王のエピソードに反映されているのかもしれない。


 一通りすべてのスタッフロールが流れると、目の前にメッセージの入力画面が表示された。

 偽物アバターの僕、父さん、母さん、白猫のシロがそれぞれメッセージを書き込む。


「ちゃんと伝わるかな」

 僕は白猫を見る。


「だといいですね。これが最後のチャンスかもしれません。今度こそ、きっと気づいてほしいです。終わらないRPGを遊び続ける飼い主様は、もう見たくありません」

 白猫は困ったような顔をする。


「大丈夫。いい加減に目を覚ますよ。ひきこもりは血筋だから仕方ないけど、母さんのおかげで立ち直った父さんの血を引いてるんだから、きっと大丈夫」

 僕は笑顔で答えた。


「これが終わったらお別れですね。お別れの前に伝えておきたいことがあります」


 白猫は僕の目をまっすぐに見ながらそう言った。







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