第18話 本日の魔王との戦い
最後のフロアに降りると、ドラゴンの姿をした魔王がいた。
だがその姿を見たのと同時に、突然バトルフィールドが展開された。
ドラゴンの姿をした魔王が、炎の塊のようなものを口元に集めだしている。どんどんその炎の玉は大きくなっていく。
どどどどうなってるんだ。
やばい。これはマズイ。
「なんで戦いが始まっちゃうの? ちゃんと書き換えたんじゃなかったの?」
ハムスター勇者が涙目で僕を見る。
「直したんだ。ちゃんと直したはずなんだ」
僕だって泣きたい。
「でも、もしかしたら、書き換えたところよりもっと上のルーチンで、強制的にボス戦が発生する記述があったのを見落としていたのかもしれない。だから完全にラストバトルを止めきれてなかったのかもしれない。本当にごめん」
僕は土下座をした。
そんなことをしても意味がないのはわかっていたが、やらずにはいられなかった。
その瞬間、ドラゴンの姿をした魔王が、とてつもなく大きな炎の玉を僕に向かって投げてきた。
もう終わりだ。
覚悟を決めた瞬間、白いお姉さんが僕の前に立ちはだかり、飛んできた炎の玉を大きな盾で防いだ。
「土下座なんてしている場合ではありません。迂闊に隙を見せると、こちらがやられてしまいますよ」
あの『最強』と書かれた防具屋のシロクマにもらった盾だ。ただのおまけがこんなところで役に立つとは。
それに引き換え僕は……。
「やっぱり僕は役立たずだな。大事な場面でヘマをやらかすんだ。ほんと情けない」
盾に当たって炎が弾け飛ぶ。
なんとか炎は防げたが、間髪入れずに新たな攻撃が繰り出されてくる。
ドラゴン魔王が放った棘が変則的な動きを見せ、盾を回り込むように弓なりに飛んできた。その棘は、とっさのことで避けきれなかった白いお姉さんの二の腕を切り裂いた。
緑色のジャージが破れ、血が流れている。
「だ、大丈夫かっ」
「大丈夫です。危ないから下がっていてください。勇者様も隠れていてください」
僕は盾の陰に隠れるように、後方へ退いた。ハムスター勇者はフロアの隅っこにある小さな岩の陰に逃げ込んだ。
そのあとも、次から次へととどまることを知らない炎と棘の理不尽な攻撃に対して、白いお姉さんは的確に盾を合わせて回避する。
二度と失敗はしないという強い意志が背中から感じられる。
「あなたのことは私が守ります」
彼女は二の腕から流れ落ちる血を拭う暇すらない状態だった。
その滴り落ちる血を見ながら、思い出していた。
あぁ、あの日もこんな真っ赤な血を見たんだ。
どんどん流れ出る血を、ただ眺めていることしかできなかったんだ。
「いつも何もできない。だから僕はあのときも……」
赤い血がトリガーとなって、記憶の奥にしまいこんで封印されていたデータが一気に解凍されていく。
一度削除されかけていたまま、完全に消去されてなかったデータがどんどん蘇ってくるのを感じていた。
「思い出されたのですね、でもあなたは何も悪くありません。あの日に起こったことは不運な事故だったのです」
必死に僕を守り続けている白いお姉さんは言った。僕は何度も首を横に振る。
「僕があの日、ご褒美にすき焼きが食べたいなんて言わなければ、父さんも、母さんも、シロ、お前だって交通事故で死んだりしなくてすんだのに。僕が……僕が全部悪いんだっ!」
僕は桜井真であって、桜井真ではない。
ここにいる僕は、ただの偽物だ。
本当の桜井真が、そうであってほしいと思う希望と、嘘っぱちの幻想が詰め込まれたアバターのデータだったんだ。




