第17話 最後の晩餐
地下一階のフロアは、コンクリートの打ちっぱなしのような壁と床で出来ていた。
ところどころに現代美術風な像や壺といったオブジェも置かれている。
足元に配置された間接照明が、ほのかに道を照らしている。なんだかアーバンでオシャレな作りだ。とても最奧部に魔王が控えているダンジョンとは思えない。
ラスダンがこんな内装でいいのだろうか。創造神のセンスがよくわからない。
BGMもクラッシックがかかっていて、優雅な気持ちになる。
ふいにエンカウントして、バトルフィールドが展開された。
だがバトルが始まってもBGMはそのままなので、緊張感というものがまったくない。
出てきたモンスターも、なぜか蝶ネクタイをしていたり、オシャレな帽子をかぶっていたりする。倒した後に手に入るゴールドもやたらと多い。リッチなのだろうか。
だが、今更わざわざ町に戻るわけにもいかないので、お金をたくさん手に入れてもあまり意味がない気がする。こういう金目になりそうな敵は、店がある町の周辺に配置すべきだろう。そういう意味でも、相変わらずチグハグな作りになっているようだ。さすが仕事が雑な創造神め。
気がついたら白猫の姿が見つからない。
周りを見渡すと、さきほど通り過ぎた通路に配置されていた壺から、白いもふもふの足と尻尾だけが見えている。
いわゆる八つ墓村……ではなく犬神家の一族的なあのアレだ。
「こんなところでなにをしてるの?」
「あの、その、穴があるとつい……」
どうやら白猫は、細長い壺に入った後に、出られなくなってしまったようだ。
このダンジョンを設計した創造神は、まさかオブジェのつもりで設置した壺が、侵入者を捕獲できる罠に早変わりするとは思いもしなかったに違いない。
実家で飼っていたシロも、同じような細い壺に潜り込んで、出られなくなったことがあった気がする。
どうして猫ってこういう狭い場所が好きなんだろう。可愛い奴め。
あまりにも滑稽な姿に、僕は思わず、プフッと吹き出してしまった。
「あの、その、笑ってないで、た、助けていただけませんでしょうか」
「しょーがないなーもー」
白猫の後ろ足を持って、壺から引き抜いてやる。
スポンっと奇妙な音を立てて、なんとか壺から抜くことができた。
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしいのか、まったく目を合わせようとしない。なのに僕がちょっとだけ思い出し笑いをしたら、ギラーンと睨まれた。これ以上笑うと狩られてしまいそうだ。
あれだけ僕が恥ずかしい格好をした時は、散々人のことを笑い者にしたくせに、まったくもって猫というやつは自分勝手な生き物だ。仕方がないので、さきほどの恥ずかしい姿は見なかったことにして先に進む。
しばらくすると通路の行き止まりに宝箱を見つけた。『公式』と書かれている。どうやらほかのプレイヤーが勝手に配置した偽物ではなさそうだ。
ちゃんと神器が入っていればいいのだが。そう願いながら宝箱を開けてみる。
「神器1を手にいれた!」
「神器2を手にいれた!」
「神器3を手にいれた!」
「神器4を手にいれた!」
「神器5を手にいれた!」
「神器6を手にいれた!」
「神器7を手にいれた!」
「神器8を手にいれた!」
「神器9を手にいれた!」
「神器10を手にいれた!」
「神器11を手にいれた!」
「神器12を手にいれた!」
「神器13を手にいれた!」
「神器14を手にいれた!」
「神器15を手にいれた!」
「神器16を手にいれた!」
「神器17を手にいれた!」
「神器18を手にいれた!」
「神器19を手にいれた!」
「神器20を手にいれた!」
あっけにとられて、しばらく声が出なかった。
もしかしたらバグか何かかもしれないと思って持ち物を確認してみるが、確かに神器1〜20の二十個分が増えている。
あまりにも処理が雑すぎる。
呆れたようにため息をついてから白猫に質問した。
「えーっと、これはどういう……?」
「宝箱の中身もランダムなのです。通常は一個ずつ入っていますが、一度に複数個が手に入ることもあるようです。でも本当に二十個も一度に手にいれたのは今回初めて見ました。ラッキーですね」
「そ、そうなんだ」
なんだか解せぬという気持ちでいっぱいだったが、なるべく早くすべての神器が揃うに越したことはないので良しとしよう。
だが、そもそも九十九個も集めろと指定しておいて、この『神器1』という雑な名前のつけ方はどうなのか。名前をきちんと考えるのがそんなに面倒臭いなら、初めから五個ぐらいにしておけばいいのに。
いろいろとつっこみたいことは山ほどあったが、ぐっとこらえて次のフロアに進むことにして階段を下りていく。
第二のフロアは、また雰囲気がガラリと変わって、白黒のドット絵のような壁と床が広がっていた。
流れているBGMも、ピコピコ系のいかにもな感じの音源を使っている。
「なんか古いゲームみたいなフロアだね」
「創造神様が好きだったレトロゲームをモチーフにしているみたいですよ」
「へーそうなんだ。うちの父さんも、こういうゲームをよくやってたなー」
エンカウントで出現する敵も、白黒のドット絵だ。
どこかで見たことがあるようなデザインをしているが、微妙に違うという姑息さがひしひしと伝わってくる。パクリではなくオマージュだということにしたいのだろう。
少なくともお手本より劣化している時点で、オマージュでもなんでもない。ただの失敗パクリだったりするわけだが。
「危ないっ、敵です!」
前を歩いていた白猫が、突然飛び跳ねた。
何事かと思って身構えるが、バトルフィールドは展開されない。
いくら待っても、バトルは発生しない。
「どこに敵がいるの?」
周りをキョロキョロするが、とくにモンスターっぽいものはいない。
「いるじゃないですかっ、そこに!」
白猫が前足で指し示しているのは、壁に埋め込まれていた鏡に映った白猫自身の姿だった。
「それ、自分の姿だよ」
僕は必死に笑うのをこらえつつ、ありのままの事実を教えてあげることにした。
「え?」
白猫は、なにを言っているのかわからないという表情をしている。
「自分の姿ですよ」
「えぇ?」
頭の上に何個も『?』が出まくっているような顔だ。
「右足あげてから、左足あげてみて。ほら、そこにいる相手も同じような動きをするでしょ?」
「ぎゃー、なんですかこいつは! 真似をするモンスターですよ。私たちを惑わす気です。強敵ですよっ」
どうやらこの白猫に、鏡の中の自分という概念を理解させるのは、高度すぎる注文だったようだ。いくら説明しても、敵ではないということをわかってもらえそうにない。
僕は諦めて、白猫を抱きかかえて鏡の前から引き剥がす。
「あら? 先ほどの敵がいなくなりましたね。よかった。先に進みましょう」
「……そうですね」
なぜ解決したのかもわかってないようだが、猫だから仕方ない。下僕は従うまでだ。
もし猫がプレイヤーとして遊ぶRPGがあったら、ダンジョンに壺や鏡を置くだけで簡単にトラップに引っかかってくれるので、作るのが簡単そうだなーなどと思ったが、僕は気にせず先に進むことにした。
分かれ道の先に、また宝箱があった。二つ並んでいる。左側の宝箱にだけ『公式』と書かれている。
両方開けたくなる気持ちをなんとか抑えつつ、左にある宝箱を開けた。
「神器21を手にいれた!」
「神器22を手にいれた!」
「神器23を手にいれた!」
「神器24を手にいれた!」
「神器25を手にいれた!」
「神器26を手にいれた!」
「神器27を手にいれた!」
「神器28を手にいれた!」
「神器29を手にいれた!」
「神器30を手にいれた!」
「神器31を手にいれた!」
「神器32を手にいれた!」
「神器33を手にいれた!」
「神器34を手にいれた!」
「神器35を手にいれた!」
「神器36を手にいれた!」
「神器37を手にいれた!」
「神器38を手にいれた!」
「神器39を手にいれた!」
「神器40を手にいれた!」
「神器41を手にいれた!」
「神器42を手にいれた!」
「神器43を手にいれた!」
「神器44を手にいれた!」
「神器45を手にいれた!」
「神器46を手にいれた!」
「神器47を手にいれた!」
「神器48を手にいれた!」
「神器49を手にいれた!」
「神器50を手にいれた!」
もう慣れた。慣れたけど言わせてくれ。
なげぇよっ。
一応、持ち物を確認してみるが、神器21〜50の三十個分が増えている。
早くも半分の神器が揃ったぞー。
うはははははー。ってやけくそだこんちくしょー。
白猫とハムスター勇者が無表情で拍手をしている。お情けでしといてやるか的なオーラが出まくっている。
よけい悲しくなるので、やめてください。
確かにこれだけ一気に手に入れば楽ではあるが、まったく楽しくない。
創造神マジふざけんな、である。
宝箱ってのは、こういうもんじゃねーんだよ。小一時間と言わず二十四時間ぐらいは説教したい気分だ。
僕は大きなため息をついた。
こんな茶番に真面目に付き合っていられない。とっとと神器を集めて、このゲームを終わらせてやる。
僕はムカムカしながら、次のフロアを目指して階段に向かった。
第三のフロアは、お菓子をモチーフにした作りになっていた。
壁はキャラメルやマシュマロ、床はチョコレートやビスケットでできている。
「こら、そこ勝手に食べないっ!」
目を離した隙に、白猫とハムスター勇者が、壁やら床やらを食べまくっている。
こちらの世界の食べ物だから、人間になったりはしないが、ただでさえ食いしん坊な二匹がフロアを食べ尽くして、うっかり次のフロアへの階段までなくなったら目も当てられない。
つまみ食いを注意された白猫とハムスター勇者は、じとーっとした目で睨んでいる。不服そうである。
これだから食いしん坊なケモノは困る。
「そういえばお腹が空きましたね」
あまりに白々しい白猫の言葉に、僕は間髪入れずにツッコミをいれた。
「今まさに壁だの床だの食べてただろ」
「食べても消化してしまえば、お腹は空きます。ここはひとつ最後の晩餐をしましょう。というかしてください、お願いします。一緒に冒険できるのも、あと少しかもしれないんですから」
あれだけ大量におにぎりを食べた時にぽっこりしていたお腹も、猫の姿になったとはいえ今はスリムな状態に戻っている。代謝がいいのだろうか。
「わかったよ。じゃあ、時間がないから手短にな」
「やったー」
白猫は謎の舞をしている。嬉しさを表現する踊りだろうか。
腰に前足を当てて、きゅっ、きゅっと振りながら、最後はキャッという感じで右の前足をあげる。
あれ? なんだかどこかで見た覚えがあるような……。
そうか。あの白猫団48の映像で見た踊りと一緒なのか。でもなんかほかの踊りにも似ている気もするが、気のせいかもしれない。よくわからないがなんだか可愛いので良しとする。
一通り歓喜の舞を終えた白猫は、宝箱に前足をつっこむとホットプレートを取り出した。電源コードはあちらの世界から引っ張ってきているのか、宝箱の中につながったままだ。
「またお隣さんのところから持ってきたのか」
「そうですけど、なにか問題でも」
涼しい顔をしたまま白猫は、ホットプレートの蓋を開ける。
中に入っていたのは、すき焼きだった。
甘い割り下と、煮込まれた肉の匂いがふわりとただよう。
もう匂いだけで間違いなく美味しい。
こちらの世界に来る前に半分食べ損ねたのは、コンビニで買ったすき焼き弁当だったが、これは本物のすき焼きだ。
むしろ本当に食べたかったのはこれだ。
白猫グッジョブ。まじリスペクト。
実に、最後の晩餐にふさわしい。
あ、いや、最後の晩餐と言うと、なんだかこれから死ぬみたいで縁起が悪いかなと一瞬思ったけど、まぁいいか。このメンツで食べるのが最後になるかもしれないのだから、そういう意味では最後の晩餐には違いない。
白猫が小さな器やお箸、生卵を宝箱から取り出す。
器用に卵を割って、ほどよくといてから僕に手渡してくれる。
「どうぞ、召し上がれ。作ってくれたのは本日の魔王様です。感謝していただきましょう」
これから倒しに行く予定の魔王からご馳走を提供してもらって、最後の晩餐をする勇者ご一行様というシチュエーションは、いろいろとおかしい気がするが深く考えないようにして僕は両手を合わせる。
「いただきます」
割り下に馴染んだ霜降り肉を、黄色い卵にくぐらせる。
たぷんと絡みついた黄身と白身を垂らしながら、肉を口に運ぶ。
口の中に入れた瞬間に、旨みが舌全体に広がっていく。
「うまっ」
うますぎる。
舌の上でとろけるとはこのことか。
あんなに口いっぱいに頬張った肉が、もうなくなってしまった。
僕が食べている様子を見て、よだれを垂らしていた白猫は、卵の温度に馴染んでほどよく冷めた肉を口にかき込んだ。やっぱり猫だけに猫舌のようだ。
こちらが注意する前にジャージを用意していたらしく、すんなり白いお姉さんに変身したようだ。
しまった。猫のくせに学習してやがる。
いや、まぁそれでいいんだけども。ちょっとだけ残念だ。
「はふーん」
あまりの美味しさに白いお姉さんは、よくわからない声をあげて身悶えている。
なんだかとても幸せそうだ。
その表情を見ていると僕も心がホクホクする。
ハムスター勇者にも、小さくちぎった肉を卵にくぐらせて食べさせてあげる。
目を細めながら、ちっちゃな口で、もぐもぐと噛みしめている。
「こんな美味しいの初めて食べたよー」
ハムスター勇者はジタバタしながら、体全体で喜びを表現している。
可愛い。まったくもって可愛すぎる。
すき焼きはうまいし、毛玉たちも可愛いし、ここは桃源郷か。
お腹いっぱいになるまで、僕たちはすき焼きを食べまくった。体も心も大満足だった。
最後の晩餐は、みんなにとって素晴らしい思い出になったようだ。
「やっぱりいいですね。一人で食べるご飯より、一緒に美味しいねと言い合える誰かと食べるご飯は何倍も美味しいですね」
白猫が食器やホットプレートを宝箱に片付けながら言う。
「こういう鍋っぽい料理は、確かにそうかもな。でもすき焼き弁当を食べるときは、僕はゆっくり一人で食べられるほうが嬉しいかな」
弁当の半分以上を横取りをされたときのことを思い出しながら、僕は苦笑いする。
「もう。そんなこと言わないでください。これからは横取りとかしませんから。また一緒にご飯食べてください」
「そんなに必死にならなくても。別にいつでも食べられるだろ」
とくに深い意味もなく、僕は面倒臭そうに答えた。
「いつでもなんて言ってると、永遠にその日がこなくなって、泣いても知りませんよ」
「心配性だな。別に今まで通り、当たり前に明日は来るんだから、大丈夫だよ」
白いお姉さんが、なんだか一瞬、悲しそうな顔をした。
「そうですね。心配しすぎでしたね」
だが今見ると白いお姉さんは笑っている。気にしすぎかもしれない。
「じゃあ、あと残り半分の神器を集めましょう」
片付けを終えた白いお姉さんは、すき焼きの美味しい匂いが充満するフロアに、先頭を切って歩き出す。僕とハムスター勇者も後ろについていく。
角を曲がると広い部屋につながっていた。色とりどりのマーブルチョコが敷き詰められている。
「そこ、食べないっ」
またしても食いしん坊ペアが、食後のデザートとして床にしゃぶりつこうとしていたようだ。
不服そうにブーイングをしている。油断も隙もないな、あの食いしん坊どもは。
僕は二人をスルーして、部屋の奥に虹色の七つの宝箱が置かれているのを見た。
もしかすると部屋の奥に行くまでに特定の色のマーブルチョコの床を正しく踏めば、本当の宝箱だけが開く仕組みになっているのかもしれない。
床の模様をじっくりと見る。意味がありそうな形になっているのはどれだろう。
だがいくら見ても、それっぽい形が見つからない。
これはどうしたものか。
僕が悩んでいる隙に、白いお姉さんがスタスタと部屋の奥まで行って、真ん中の赤い宝箱を開けようとした。
「ちょ、ちょっと、なんで勝手に開けようとしてるんだよっ」
「ダメですか?」
「ダメだよ。虹色の宝箱が七つあって、それに対応した色の床があるってことは、それを利用したギミックがあるってことだろ? むやみに開けたらダメじゃないか」
「でも、この七つの宝箱のうち、『公式』って書いてあるのは赤い宝箱だけなんですが」
確かに白いお姉さんの言う通りだった。
なんのことはない。ギミックでもなんでもなかったのだ。
創造神がそんな凝ったことをするわけがなかった。まんまとやられてしまった。
深読みのしすぎで敗北するという、一番恥ずかしいパターンのやつだ。
あまりの虚無感のせいで、僕は膝から崩れ落ちてしまった。だがまだやつとの戦いは終わってない。
なんとか残された力を振り絞って再び立ち上がり、赤い宝箱を開けた。
「神器51〜99を手にいれた!」
「え?」
僕はメッセージを二度見した。
てっきり今までのように、バカみたいにずらーっと表示されるものだと思っていた。
持ち物を確認してみると、今までとは違って、『神器51〜99』というアイテムが一つだけ増えている。
なんかもう真面目につっこむことに疲れた。
スルーだスルー。
神器は全部集まったんだから、それでいいんだ。
やっと全部の神器が集まり、最後のフロアへの階段が現れた。
BGMもいかにもラストバトルへの序曲という感じの、重厚なオーケストラとコーラスからなる楽曲に転調していく。
いよいよだ。
もうすぐ終わりだ。
僕たちは最後のフロアへの階段を下りていく。
きっと魔王がいるはずだ。
遭遇してたらそこでゲームクリアになるはず。そうなるように僕がこの世界を塗り替えたんだから。
もうクリアしたも同然だ、そんな風に思いながら長い螺旋階段を下りていった。




