第16話 魔王の不思議なダンジョン
「このあたりのはずですが……」
白猫の道案内に従い、不気味な森を進む。生い茂る樹木のせいで、なんだか薄暗くて気持ち悪い。時々フクロウやカラスの鳴き声が聞こえて来る。
こんな場所を延々と移動するぐらいなら、まだなにもない荒野のほうがマシだったかもしれない。
だが進むしかない。例のごとく、長々と競歩で進んだ先に、ようやくその目的地は見つかった。
『魔王の不思議なダンジョン』と書かれた看板が立てられている。
その奥に、地下に続く階段がある。
相変わらずベタである。なんのひねりもない。手抜きにもほどがある。
とはいえ、とりあえずここが最後の目的地であることは間違いなさそうだ。
ふと階段から数メートルほど離れた場所に、木の陰に隠れるように箱っぽいものが置かれていることに気づいた。近づいてみると、人の背丈より少し大きい箱は、なんだか見覚えがあるような形をしている。
箱の上には『1F』『魔王の部屋』と書かれている。扉の端には上向きと下向きの三角のボタンが二つ並んでいる。ボタンを押してみるが反応はない。
なんだこの世界観をぶっこわすような装置は。
いい加減にしろよ、創造神のやろう。なにをやっても作る側の自由とはいえ、雑にもほどがある。
そう思った瞬間、チーンという音とともに、その箱の扉が開いた。
「あっ」
箱の中で小さな声をあげたのは、小さなドラゴンだった。
手足が赤く、腹の部分だけ黒い。全身から棘のようなギザギザが突き出している。
だが、頭の部分だけは人だった。いわゆる着ぐるみの頭の部分だけ脱いでいるような状態だ。
「ど、どうして君がここに?」
そのドラゴンの着ぐるみを着ていたのは、あの隣の部屋に住んでいた少女だった。
僕が声をかけるより早く、着ぐるみを着た少女は、慌てて扉を閉めて姿を消した。
「どういうこと?」
僕の問いかけに、白猫が首をすくめる。
「彼女が、本日の魔王様です」
「え? あの子が?」
「はい」
なるほど。そういうことだったのか。
わざわざあちこち遠回りしなくても、あんなそばに魔王はいたのか。まるで某国民的RPGの出発地点からラスダンが見えていた的なやつか。
なんたる回り道。その疲労感たるやハンパない。
旅というものは、得てしてそういうものなのかもしれない。
はたから見たら間抜けな回り道をしているようにしか見てなくても、本人にとっては苦労したからこそ、目的を達成したあとに感動が訪れるものなのだ。
そうであってほしいと切に願う。その願いが届かない予感がプンプンしているが。今は考えないようにしよう。
「で、これはなに?」
箱を指差して白猫に質問する。
「エレベーターですね」
「見ればわかるよ。だからどうしてこんなところに」
「昔、本日の魔王様となった方が、たぐい稀なる方向音痴だったらしく、ダンジョンで迷ったまま行方不明になりまして……しばらくしてから白骨死体で発見されるという痛ましい事件がありました」
「それは、確かに……痛ましいね」
本人にとっては悪夢だが、魔王が道に迷ってのたれ死ぬという状況を考えると、あまりに間抜けすぎる。
その日に冒険したプレイヤーは、せっかく神器を全部集めて魔王のフロアに降り立ったとしても、魔王が不在だったというありえない状態になったかと思うと、別の意味でも悪夢だ。
終わらないRPG、いや正確には終われないRPG。怖すぎる。
「その事件をきっかけにこのエレベーターが設置されたようです。毎日入れ替わる魔王様は、地上から最奧部まで勇者様より先に移動しなければなりません。もちろん最近は閑古鳥が鳴いている状態で、冒険者がほとんどいませんから、何もしないまま本日のお役目が終了になる魔王様も大勢いらっしゃいます。ですが、もし一組でもダンジョンに到達しそうになったら出勤を命じられるシステムとなっています。その際にいちいちダンジョンを潜ってられないのでこれを利用するのです」
それまでの魔王は、どれだけ早起きをしてダンジョンに潜っていたのだろうと思うと倒すべき敵とはいえ、ちょっと同情したくなる。
もちろん自力でダンジョン再奥部まで移動していたとしたら、うっかり罠などにかかって命を落とした者もいたのではないだろうか。
魔王がきちんと魔王でいられるのは案外難しいことなのかもしれない。自分たちが知らないだけでRPGの裏の世界では、いろいろ大変なのかもしれないなと思った。
「あれ? でも、もしかしてこれを使えば、僕たちも一瞬で魔王のいるフロアまで行けるんじゃないの?」
白猫に睨まれた。
獲物を見る眼だ。やばい。殺される。
「本日の魔王様しか使えません。ほかの人がボタンを押しても反応しないようになってますから」
「で、ですよねー」
ズルはだめらしい。
こういうところにこそバグを仕込んでおいてくれたらいいのに。
まったく使えない創造神だ。
仕方なく真面目に普通どおりに、ダンジョンの地下へと続く階段を降りていくことにした。




