第15話 雨の日の猫はよく眠る
白い森に入った途端に、霧のような雨が降り出した。
文字通り真っ白な木ばかりが生えている森に、しとやかに雨が降る。神秘的な風景だった。
乗り物は実装する余裕がないくせに、こんなところには凝っているのか。相変わらず力を入れる場所がいろいろおかしいなと僕は苦笑いする。
「この世界でも雨は降るんだな」
そう話しかけながら足元の白猫を見ると、なんだかふらふらしているような変な歩き方をしている。やたらと生あくびまでしている。
そういえば、雨の日の猫はよく眠るものだと聞いたことがある。
天気に関係なく、猫はいつでもよく寝ているイメージがあるのでその違いがよくわからないが、猫の体だけが感じるそれなりの理屈があるのだろう。
「大丈夫? どこかで雨宿りがてら休憩したほうがいいんじゃない?」
「そうですね。すみませんがあそこでしばらく休みましょう」
僕たちは、大きな木の中にできたうろで休むことにした。
宝箱を置くと、白猫はうつらうつらと船を漕ぎ出した。
「雨がやむまで、しばらく寝てれば」
「でも……制限時間……が……」
「そんなふらふらな状態で移動しても、ちゃんと戦えないだろ」
「わかりました……ではお言葉に甘えて……少しだけ」
白猫はその場に丸くなると、すぐに寝息を立てて眠りだした。
そっと抱っこして、膝の上にのせてやった。
もふもふの毛に覆われた白猫の体温が、じんわりと僕の体に伝わってくる。
小さな雨粒が、森の木々に静かに降り注ぐ。
かすかに聞こえてくる、不規則な雨音が心を鎮めてくれる。
前にもこんなことがあったような気がする。
よく思い出せない。
でもなんだかとても幸せだったことは覚えている。
どうしてそんなに幸せだった記憶が、こんなに曖昧なのだろう。よくわからない。
「うにゃうにゃ……飼い主様……」
白猫が前足をぐーぱーをしながら、寝言を言っているようだ。
どこかにいる飼い主に甘える夢でも見ているのだろうか。白猫の見ている夢もなんだか幸せそうだ。
しばらくすると雨が止み、森にも陽の光が差し始めた。
じっとしているのが退屈だったのか、ハムスター勇者が森の中をうろうろし出した。木の実を拾っては頬袋に溜め込んで、パンパンになった顔でこちらを見た瞬間、エンカウントした。
やばい。
白猫がまだ寝ているのに。
ハムスター勇者だけでは、全滅してしまう。僕は白猫をその場に寝かせたまま、仕方なくバトルに参戦する。
出現した敵は、ゆらゆら揺れる霧のようなエレメント風の敵だった。
よりによって魔法が効かないタイプのモンスターだ。
とりあえず杖で殴ろうとするも、回避能力が高いらしく擦りもしない。
ハムスター勇者は、木陰に隠れて縮み上がっている。
まずい。これは実にまずい。
白猫はまだ眠っている。
チェーンソーは宝箱に入れたままだ。
とっさに僕は、ギリギリなんとかバトルフィールドに収まっていた木の根元にあるうろまで戻り、宝箱を開けて手を突っ込む。
たのむ。チェーンソーを出してくれ。
だが倉庫の向こう側から手渡されたのは、バナナだった。
「ほしいのはバナナじゃねーよ」
もう一度、手を突っ込む。次に出てきたのは、おにぎりが入っていたうさぎ模様のタッパーだった。
「いや、これじゃねーし」
倉庫の向こう側にいる、白猫の兄弟たちと意思の疎通がまったく出来ていない。
もしかしたら、あちらの兄弟たちも、白猫と同じように雨のせいでちょうどおネムの時間だったのかもしれないが、これではいつになったら目的の品が出てくるかわかったもんじゃない。
もしこのまま永遠にチェーンソーが出てこなければ、攻撃もできずにHPを削られてゲームオーバーだ。
ここまで来て、また最初からか。嫌すぎる。それだけは勘弁してほしい。
そう思った瞬間、天から粒のようなものが大量に降ってきた。
上空に『ゴールデン・ハムハムスター』という文字が表示されている。
よく見ると、さっきまで木に隠れて怯えていたハムスター勇者の体が黄金のオーラで光っている。
空から降ってきているのは、どうやらひまわりの種や木の実などで、勇者ならではの必殺技ということらしい。
ひまわりの種や木の実で体を穴だらけにされた霧状の敵は消え去った。
無事にバトルは終了した。
「すごいじゃん。勇者の必殺技は、結構強いんだな」
僕の言葉にハムスター勇者は照れたように笑った。
「気がついたら勝手に必殺技が発動してたんだ。こんなのが使えるなんてぼくも初めて知ったよ」
白猫がようやく起きて、うろから出てきた。まだ寝ぼけたような顔をしている。
「なにか……ありましたか?」
「いや、なんでもないよ。なぁ勇者」
「うん」
僕とハムスター勇者は目配せする。白猫がいないだけで大ピンチだったなんてあまり言いたくない。
男同士の秘密だ。
「そうですか。ではこれはいったい、どういうことでしょうか?」
白猫は、バナナとうさぎ柄のタッパーを前足で抱きしめている。
「あ、いや、まぁ、なんでもないよ」
僕は慌ててバナナとタッパーを奪い取り、宝箱に投げ込む。
もし倉庫の兄弟猫に当たったらごめんなさい。
白猫は訝しげに見ている。
だが食べ物を抱きしめていた余韻なのか、ちょっとだけ口からよだれが出ていた。
「よだれ、出てるよ」
指差して指摘すると、白猫は慌てて前足でよだれをぬぐい、顔を洗った。
「じゃあ、もう雨も上がったし、出発しますか」
僕とハムスター勇者は、森の中を歩き始めた。
白猫も宝箱を背負ってから後ろについてくる。
「お二人とも、なぜかパラメーターがアップしているような気が……」
「気のせい、気のせい。寝ぼけてるから勘違いしてるだけだよ、きっと」
まだ疑っている白猫をやんわりとスルーしながら、僕たちは魔王の不思議なダンジョンを目指して競歩で歩き出した。




