第14話 僕がこの世界のルールを変える
勇者のアジトとなっているあの隣人の部屋前に、僕と白猫は立っていた。
もういちいちチャイムは鳴らさない。
勝手にドアを開けて、中にズカズカと入っていく。
「勇者様ー、いるのはわかってるんですよー」
前に来た時と同じように、ハムスター勇者はゲーム機のコントローラーを操作しているところだった。
テレビにはラスボスらしき、仰々しい姿をしたモンスターと戦っている画面が映っていた。
「ゲームで倒すんじゃなくて、あっちの世界でちゃんと魔王を倒しましょうよ」
ハムスター勇者は首を横に振った。
「あの子と戦いたくないよ」
「あの子って?」
「ぼく、初めて戦ったとき、スライムにやられたって話は知ってる? そのときみんながぼくのこと笑いものにしたんだ。そりゃそうだよね。勇者なのに。格好悪いもんね。情けないもんね」
ハムスターの目には涙が浮かんでいた。
「でもそのときパーティを組んでた女の子が、唯一ぼくのことをかばってくれて、ぼくが悪いんじゃないって、この世界がおかしいんだって、そう言ってくれた女の子が『本日の魔王』なんだ」
ハムスター勇者の言葉に、僕はなにも言えなくなった。
「だから、ぼくは魔王と戦いたくないよ。ぼくのことをかばってくれた人を倒したくなんかないよっ」
この世界の勝手なルールで勝手に勇者と魔王にされて、大事な人を倒さないといけない使命を勝手に負わされるなんて、確かにとても残酷な話だった。
「あの子に聞いたんだ。君が本日の魔王なら、ぼくは勇者だから戦わないといけないけど、どうしたらいいのかなって。そしたらあの子は言ったんだ」
いいよ、君に倒されるんだったら。
ほかのわけのわからない旅人に倒されるぐらいなら、君に殺してもらいたいな。
「彼女はそう言って笑ったんだ。そんなの嫌だよ。どうしてぼくが、あの子を殺さなくちゃいけないの?」
ハムスター勇者の涙は止まらない。
「ぼくの言ってることは、なにか間違ってる? ぼくおかしいこと言ってる?」
「いや、間違ってない。おかしくなんかない」
そうだ。こんな間違った世界は変えなくてはならない。僕は決心した。
「僕が変えてやるよ、こんな間違った世界は。僕がこの世界のルールを変える」
「ルールを変えるって、どうやって」
白猫が不安げにこちらを見ている。
「お前言ったよな。あの世界は0と1で成り立ってるって。つまりあっちの世界はプログラムで作られているってことだ。だったらいくらでも変更できるはずだ」
僕は自分の部屋に戻り、パソコンを立ち上げる。
だが、大事なことを聞くのを忘れていた。白猫に尋ねる。
「あのゲームの名前は?」
「猫の宝箱です」
ネットで検索すると、公開されているサイトが見つかった。
どうやらこのゲームはRPG製作用の無料ツールを使って作られているようだ。
対応するツールを探して、自作ソフトのデータと一緒にダウンロードする。
僕も高校生のころ、似たようなツールを使って自作ゲームを作ったことがあるので、なんとなく使い方はわかる。
データの中身をチェックしていく。
index.htmlをテキストエディタで開いて、だいたいのつながりと使われているファイル名を把握する。
データフォルダの中から、イベントやシナリオフラグに関係しそうなところを探す。
人の作ったソースコードを読むのは本来は難しいことのはずなのに、どこに何が書いているのかが、なぜだかとてもわかりやすいのは気のせいだろうか。
このスクリプトを書いている人と、コードの書き方の癖が似ているようだ。おかげでこれなら修正もなんとかなりそうだ。
あった。
勇者がラスボスの魔王と戦い、とどめを刺すシーンのメッセージ用データとスクリプトを発見した。
思いつくままに、データを書き換えていく。
久しぶりにコードを書いた。なんだか楽しい。
高校を卒業するぐらいまでは受験勉強の息抜きがわりに、毎日のように書いていた気がする。あんなに受験勉強が大変だったのに、それでも毎日書いていたコードをいつの間にか書かなくなったのはなぜだろう。いまいちよく思い出せない。
「これで大丈夫なはず」
モニターから顔をあげ、ハムスター勇者を見る。
「本当に? ぼくは魔王を倒さなくていいの?」
ハムスター勇者は、僕のことをキラキラした瞳で見つめている。
その期待に答えるように大きく頷いてから、サーバーにデータを送信する。
「倒さなくても大丈夫なように、いろいろメッセージとスクリプトをいじってみた。今上書きしてるところだ」
頼む。ちゃんと直ってくれ。どうかバグが発生しませんように。
そう願う気持ちとは裏腹に、モニターにはエラーメッセージが表示されている。
製作者としてログインするようにサイトから要求されているようだ。
だよな。そりゃそうだ。
ため息をついてから、白猫に聞いてみる。
「登録IDとパスワードとかわかったりしないよね?」
白猫は宝箱から羊皮紙カバーのついた装置を出して、いろいろ検索をした。
「たぶん、これだと思います」
そこには見覚えのある自分の名前をもじった登録IDと、昔飼っていたシロの名前を組み込んだパスワードが表示されていた。
「え? どうして」
「それでログインできると思います」
悩んでいる時間はない。不審に思いながらも、その登録IDとパスワードを打ち込む。ログインに成功した。
データのアップロードを始める。
コピーするバーの残り時間がなかなか減らずに、とてもじれったい。
ようやく上書きが終わった。データのバージョンがきちんと更新されていることを確認する。
これで大丈夫だ。
「できたよ。きちんと変更されたはずだ。魔王は倒さなくてもクリアできるようにした」
ほっとした僕は自然と笑みを浮かべていた。
「信じていいんだよね」
ハムスター勇者は期待と不安が入り混じった表情で見ている。
「信じろ。僕はいつか偉大なクリエイターになる男なんだ。こんなの楽勝だぜ」
親指を立ててビシっと決めポーズを取る。
「ありがとう!」
ハムスター勇者が僕に飛びついてきた。
それを見ていた白猫が泣きそうな顔をしている。
いつもの白猫なら、小躍りをしそうなものなのに、なぜだろう。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
白猫は首を振ってから、背を向けた。かすかに肩が揺れているようだ。
「大丈夫? どこか痛いの? またなんか人の目を盗んで、変なもの食べたんじゃないの?」
からかうような口ぶりで、背後から白猫を抱きすくめると顔を覗き込んだ。
「……なんで、お前」
白猫は泣いていた。ドキリとした。
「なんでもありません」
「なんでもなくないだろ」
「ちょっとあなたに似ている人を思い出しただけです」
前足で涙を拭う。
「同じような言葉を、昔ある人が私に聞かせてくれたことを今思い出して、ちょっと嬉しかったのです。ただそれだけです」
白猫は小さく笑った。
「さぁ、時間制限はどんどん迫っていますよ。早くあちらの世界に戻りましょう」
これ以上は聞くなという白猫の瞳は訴えている気がした。僕は黙って白猫とハムスター勇者の後に続くように、宝箱に吸い込まれていった。
※
町から出てすぐの場所に、僕たちは戻ってきていた。
白いお姉さんにお姫様抱っこをされたあと、彼女が白猫に戻ったタイミングで豪快にリリースされて地面に転がったあの場所だ。
「では行きますか」
「いつものアレですね」
「えぇ、競歩です。しばらくすると白い森が見えてきます。そこを抜ければダンジョンに到着できるはずです」
「今度こそ、変な寄り道なしで行ければいいけどな」
「だといいですね」
勇者ご一行様は、いつものように競歩で、魔王の不思議なダンジョンに向かって移動し始めた。




